第17話 どんな世界にも上には上がいる

1996年6月20日(木)


「鬼塚! 愛川さんのアレ。何?」

午後の休み時間に教室前の廊下で俺は遠藤と高宮に質問攻めにされた。

清水さんの事も聞かれたが、元気ないけど大丈夫? って声掛けただけだ

と既に説明していた。


「何って、あいつの記憶能力と計算能力、

それと情報処理能力が半端ないってことだよ」

俺は昼休みの勉強会でアカリが

スケジュールを作成した一件だろうと思い、二人に答えた。


「で。でも。流石に速すぎます!」

高宮が語気を強めて詰めてきた。


「出来るんだよ。アイツには。中学の時もそうだったし」


「中学の時に何やったの? 愛川さん」


「話すと、まぁ長いんだが……」


俺は中2の文化祭の出し物を決めた時のエピソードを二人に説明した。

投票箱にやりたい出し物を書いて投票し、

票が多いものを出し物と決定する、というよくある方式。


ただし投票箱の中身の票40票余りをまとめてさらっと一瞥しただけで、

当時の学級委員であるアカリは集計してみせた。

集計結果を口頭でクラスの皆に伝え、

クラスのほぼ全員があっけに取られた。


「でもそれだと、みんな納得しないんじゃない?」

説明の途中で遠藤が疑問をぶつけてきた。


そう。その通り。

クラスの連中は納得しない。

"そんなに速く集計なんて出来るはずは無い"とアカリを責めた。


クラスの連中の言い分も分かる。

ふつうは票を1枚づつ確認して

黒板に書き出していくものだからだ。

大体、票数を"正"という文字で表現するはずだ。


そんな中で、もう一人の学級委であるトモサカが助け船を出した。

『数え間違いは無いと思うけど、こういうのはしっかり打ち出して、

みんがが分かるようにした方がいいから』

そう言ってトモサカは票を黒板に張り付けていった。

黒板に書き出すのではなくて、

マグネットを用いて張り付けたことがミソだったんだろう。

……。みんな疑ってたからなぁ。


黒板にすべての票が張り付けられた時、クラスにどよめきが走った。

その集計結果はアカリが最初に言った集計結果とピタリと合っていたからだ。


「なんでそんなこと出来るの?」

遠藤が質問してくる。


「わからんが、頭の中に箱が複数あって、

そこに票の結果を順次入れていって、

後から数えてるとか言ってた」

俺は後から聞いたことをオウム返しで答えた。

遠藤と高宮がうなる。

そりゃそうだ。そんなこと常人には出来ん。


「そろばんやってる人って頭の中にそろばんがあるって聞きますけど……」

高宮が付け加えた。

多分それと似たようなもんだとは思う。

アイツらの頭の中にはそろばんと同じように複数の箱があるんだろう。


遠藤や高宮と話している中で、俺はアカリが成長したことに気づいた。

昔、アカリは自分が他人より秀でている事を理解出来ていないことがあった。

それ故の齟齬が周囲とあった。

まぁ。今もあるっちゃあるが……。

だが今回は自分が作ったスケジュールを、俺に確認させた。

しかも自ら言い出した。

あれはおそらく俺達を納得させるために必要だと、アカリ自身が判断したからだ。

中2の時のアカリではトモサカの助け舟が必要だったが……。

今のアカリには不要になったということだろう。

他人の協力は必要だが、自らの力で解決する術をアカリは身に着けたわけだ。


ふと。教室にいるアカリに目をやる。

クラスの女子とお喋りに興ずる姿はどこにでもいる女子高生にみえた。


「でもトモサカ君は流石ですね」

高宮がトモサカを持ち上げる。


「うん。上手くまとめるね。彼は」

遠藤もトモサカの評判を知っているようだ。

だが足りていない。奴の凄さはそれだけでは無いのだ。


「あいつは"まとめる能力"だけじゃないぞ」


「だけじゃないって? まぁ。確か中間の成績も彼は良かったと思うけど……」

確かトモサカは2位だったな。


「あいつはその時、俺にこう言ったんだよ」

俺はあの時にトモサカが言った台詞を繰り返した。


『僕も彼女が集計しているところを横で見て集計してたし、

それが愛川さんが言ってた集計と合ってたからね……』


「それじゃ。つまり。トモサカ君も……」

遠藤が高宮が再度驚きの表情を見せる。


「あぁ。あいつもアカリと同じことが出来る」

その言葉に遠藤が高宮が表情がこわばった。


「しかしあいつらでも中間で2位と3位とはね……。

1位ってどんな奴なんだ?」

俺は疑問に思っていた事を口に出す。

あのトモサカとアカリですら1位を取れていないのだ。


「あっ。僕知ってるよ。2組の司君だよ」


「ふーん。どんな奴?」


「授業中にノート取らないって聞いたよ」


「はっ?」


「黒板の板書ごと全部記憶しちゃうんだって」

聞いてて思わず吹き出しそうになる。


「出来ねーだろ! そんなの!!」


「うーん。それがさ。聞いた話だと、出来てるんだよ」


「どうやって分かったんだよ」


「どのクラスでも黒板にさ、当日の日直の名前書くだろ」


「……そうだな」


「それごと憶えてるんだよ」


「はぁー!?」


「一度、面白半分でやってみたんだって。

学級日誌に日直の名前を記録するでしょ。

だから司君に日付だけ伝えて、その日の日直、誰だったか質問して、

試してみたんだってさ。

それと日誌の記録を照らし合わせてみたら。

……。全部合ってたんだって」



……。

勉強も陸上も変わらん。

どんな世界にも上には上がいる。

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