第16話 ミサキの涙

1996年6月20日(木)


昼休みの勉強会が終わった。

ただ今日は、これからのスケジュールと科目の担当を

決めただけで終わってしまったわけだが……。

しかし十分過ぎる内容だったと思う。

そしてみんなが教室に戻ろうとする。


そんな中、俺は

「清水さんちょっといいかな?」

清水さんを呼び止めた。


「あの。もう昼休み終わっちゃいますけど……」


「直ぐ済むから。その。お願い……」


そのやり取りの間に

遠藤と高宮は姿を消していた。

アカリが図書室から二人を外に連れ出しているようにも見えた。


清水さんは今日の勉強会でも、俯いている事が多く、

ほぼ喋らなかった。

どうしても

……気にしてしまう。

どうしても

……気になってしまう。


周囲を見渡し、図書室に残っている人を確認する。

残っている人は2,3名、

その中には図書委員さんもいた。

ただし俺達の近くに人はいない。

その事を再確認してから清水さんに話しかけた。


二人きりで話すのが照れくさい。

頭を書きながら話す。

「あの清水さん。

その。もし違ってたら

いや。違ってた方がいいんだけど……。

何か悩んでる事とか、負担になってる事って……無い?」


「えっ。……そんなの……無いよ」

清水さんは多少驚いた表情を見せてそう答えた。

だが声のトーンはいつもより低く感じる。


何故そうなってしまっているのか、分からないが

話してくれなきゃ分からない。

けど……。

俺には話したくない事なのかもしれない……。


それでもだ……。


スウッと息を吸い込み

俺は俺自身が彼女に伝えるべきだと思っている言葉を

彼女に伝えるのだと心に決めた。

「あのさ。

俺。ちょっと清水さん元気ないなと思っててさ。

そのアカリもなんか元気ないみたいだって言ってたんだよ。

だから。もしかしたら勉強会が負担じゃないかなって思っててさ」


「大丈夫だよ。違う。から……」

原因の否定なのか、それとも元気が無いという状態の否定なのか

分からない。分からないようにしているのかもしれない……。


「あの。まぁ。

そうじゃないとしても。

勉強会ではさ。遠藤も言ってたけど……。

清水さん達に教えてもらってばかりで

清水さんの負担になってるんじゃないかなって思ってたんだ」

勉強は勉強で大切だけど、

みんなで楽しく笑い合うコトがある、そんな会を目指していた。

彼女達の負担になるようなものにはしたくなかった。


「そんなこと……無いから」


「そうだとしてもさ。

多少の負担にはなってるはずだし。

だから……。

得意な教科だけでもみんなに教えられるようにしようって。

遠藤と話しててさ。

それでも……。

迷惑かけちゃうかもしれないけど……」

清水さんの負担を減らして

目指していたものに少しでも近づくように……。

そういう想いが俺にはあった。


「……」


頭を書いていた手を下ろし、

改めて清水さんの目を真っすぐ見据える。

清水さんも俺を見返してくれている。

それを確認して、俺は話した。


「その。何だ……。

何かあったらさ……。

その。勉強会だけじゃないよ。

何か嫌な事とか辛い事があるんだったらさ。

言って欲しいんだ。


その……。

俺に言いづらいならアカリでもいいと思うし、

アイツも心配してたから。


俺も、アカリもそうだと思うけど

俺達に出来る事はしたいし。そう思ってるから。

……違ってるんならいいんだ。


けどホント何か……

もし何かツラいことあるなら……

俺達に出来ることがあるならするからさ」


俺がその言葉を発した、その瞬間、

清水さんの目から一滴の涙が頬を伝った。


「あっ。あの。ごめんなさい……」

清水さんが謝罪する。


「いや。俺、何か傷つけるようなこと言っちゃったかな……」


「違う。違うの。でも……有難う」

清水さんがハンカチで涙をふきながら、

その日初めて見せてくれた笑顔でそう答えてくれた。

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