第13話 高校での学習戦略

1996年6月20日(木)


昼休み。少し早めに図書室に着く。

未だ誰も来ていない。


俺は図書室の出入り口がはっきり見える座席に座った。

やがてポツポツと人が集まりだす。

俺は清水さんの顔を正面から見たかった。

そして清水さんが現れた。

……。いつもより少し視線が下向きで、顔色が曇っているように感じた。


他の面子も揃い、

そしてややあって、トモサカが昼休みの勉強会に現れた。

手には大きめのキングスファイルが2冊ある。

あれが"清水さんの負担を減らすモノ"なのだろうか?


「友坂君も勉強会に参加するの?」

遠藤が友坂に声を掛ける。


「いや。僕は昼休みに色々とやる事があるから遠慮しておくよ」

俺はトモサカもこの勉強会に誘うかどうか迷っていた。

そして結局、誘わなかった。

アカリと別れたという噂もあったし、

俺の目から見てもコイツらは少し距離を置くようになったと感じていたので

誘ってはいなかった。

隣りに座っているアカリをちらりと盗み見る。

……何とも憮然な表情をしていた。


「それじゃ。今日は? どうして?」

続けて高宮が質問した。


「うん。これを貸しに来たんだよ」

そう言ってトモサカはキングスファイルを机の上に開いた。


「去年の授業中の小テスト、それと期末の過去問、その1学期分だよ」


「こんなのどうやって……」

遠藤が驚く。


「主に部活の先輩。後は友人、知人とか伝手を頼って」


「しまったぁ。その手があったか」


「あーでも。陸上部は難しいだろうね。それ」

トモサカが答える。

陸上部の2年の先輩方は3人。

男子に至ってはわずか1人だ。

しかも脳筋な先輩……。

これだから弱小の部活は……。


「この去年の小テストを前もってやっておけば、小テストの点数も上がる。

内申点も上がるし、期末テストにも効果があると思う。

それに期末テスト前には、当然だけど、この過去問をやっておけばいい。

全く同じ問題は出ないだろうけど、

中間でも数字や趣向を少し変えた問題は出ているから」

この高校では小テストを授業前に行っている。

その点数は内申に係るし、当然中間、期末にも同様の問題が出ている。

だから今度の期末テストにも役に立つのだ。


「なるほど。これがトモサカの言ってた”モノ”か」

俺は合点がいった。


「いやこれは結果だよ。

これは高校の勉強に必要な戦略性から生まれた”モノ”だよ」


「戦略?」


「つまりはだね……」


その戦略とは"腹黒イケメン"のトモサカらしいものだった。


つまりトモサカに言わせると

高校の勉強に必要な戦略とは……

①効率優先の学習

②優れた人脈の構築

に集約されるらしい。

ま。これはあくまでトモサカにとってはなのだが……。



『効率優先の学習』

効率優先の具体例は

・小テストや過去問主体の勉強。つまり出やすいところを勉強をするというもの。

・分かりづらい講義をしている先生を見極めて、内職をするというもの。


分かりづらい講義では無いんだが

すぐさま思いつく先生がいる。

"鉛筆ジジイ"だ。

授業として必要な部分まで終わると、脱線してすかさず"鉛筆"の話になる。

あの時に内職すればいいわけだ。



『優れた人脈の構築』

この具体例は

・人脈を通じて、過去問等々を拝借するというもの。

・分からないところを教えてもらう人を作るというもの。

だった。


トモサカに言わせると

この人脈構築に使われるのがテスト結果の公表だそうだ。


「あれは自尊心をくすぐるという目的もあるけど、それが本質では無いよ」

トモサカが宣う。


この学校でもテストの点数や順位が廊下に張り出される。

だが、俺がいた中学と比べ、内容が細かく、掲示される順位の範囲も広い。


一つ目は

・総合点で80位までの名前(上位約5割)


二つ目は

・科目毎に30位までの名前、そして点数


公示されるこの二つに加えて

三つ目として

個人の成績も科目毎ごとに点数、順位、偏差値、度数分布のグラフが

各個人用の資料として配布される。

ただしこれは公にはされない。あくまで個人用だ。


そして、これら三つにより自分がこの学校のどのぐらいの位置にいるかが分かる。

しかも総合点による順位だけではなく、各科目での順位もだ。

また張り出されたテスト結果と合わせると、

自分の上位にいる人の名前と点数も明らかになる。


つまり科目毎に誰に教えを請えば良いかが分かるという事だ。


もともとテスト結果の掲示と個人成績の配布は行われていたが

現在のような"広くて""詳細な"形に落ち着かせたのは

2,3年前の生徒会からの提言が起点だった。


この高校は生徒会が強い。

自分たちで校則やルールを良いものにしていこうという校風がある。




……。だからこそ俺はこの高校を選んだんだが。





その生徒会が"生徒の成績向上"を目的として以下2点を推進することが

今までよりも細かい成績公表の決め手になったそうだ。


①生徒間での教え合いの促進

②生徒間での競争意識の強化


この為の具体策の一つが、 "より細かい成績の公表"だった。

そしてもう一つの具体策が、"図書室での声の大きさの扱いの変更"になる。

"教え合いを促進"するのに教室や図書室で無言では無理がある。


ただし、静かに自習したい生徒が一定数いることも配慮しており、

図書室とは異なり、自習室ではこれまでどおり"会話そのもの"が厳禁になっていた。

その影響でこれまで図書室で学習していた人達は自習室に移っていった。


「なるほど。その"生徒会の案"にも乗れって話だな」

元々俺達がやっている勉強会と被っているトコロも多いが、

俺は素直に感心しながらトモサカの話を聞いていた。

遠藤と高宮も同じくといった顔を見せていた。

が、アカリと清水さんは少し曇った表情を見せていた。

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