第12話 悩める二人とアカリの罠

1996年6月19日(水)及び20日(木)


イイトコのお嬢様か……。

昼休みの勉強会で清水さんの横顔を見ながら

ボンヤリそんなことを考えてしまっていた。


俺はどうあがいても安月給のサラリーマンの息子だ。

別に親父のことを悪く言いたいわけじゃない。

ここまで育ててくれた恩義はある。


しかし、どうなんだろうな。

俺と清水さんは……。

身分違いとまで言わないけれど……。


俺にも遠い親戚に金持ちのジジイがいる。

いけ好かない奴だった。

いつも他人と見比べて

自分の方が上だ。みたいなことを抜かしていた。


俺は別に金持ち全員がいけ好かない奴らだと思ってるわけじゃない。

中にはいい奴もいる。


でも……育ちが違えば

価値観が違ったものになり易い。。

金の使い方や生き方が変わってくる。

そんな二人が付き合って上手くいくんだろうか……?


「おい。鬼塚。おいって! ここの問題」

少しボンヤリし過ぎた。

遠藤から咎められる。


「ちょっと。ミサキ。ミサキってば!」

うん?

向こうも何か揉めてる。

机を挟んだ向こう側、清水さんとアカリが何やら話し込んでた。


「ご。ごめんなさい。アカリちゃん。ちょっとボンヤリしちゃって」

清水さんもボンヤリしていたようだ。


何だかその日は授業も含めて

何を勉強してたんだか、ちっとも覚えてなかった。

頭に何も入ってなかった。




次の日の朝礼前。

「ちょっといい?」

俺はアカリに声を掛けられた。


「ん。何だ?」


「ミサキの様子がちょっと変なの。何かホント心ここにあらずっていうか」

ここ最近、俺もそれは感じる。


「うん? 何か勉強会でもそんな感じだったな。何か悩みでもあんのかな」

悩んでいるのは寧ろ自分かもしれないが……。


「アンタもそう思う? 部活でもそうだったのよ

ボールが頭をかすめてたし」

えっ。部活でもかよ。


「ちょっと心配で」

そうだな……。


「勉強会が負担なのかもしれないわよ」

アカリがそんなことを言う。


「ん。でもそんなに大変なもんじゃ……」


「あの子はねぇ。アンタ達とは違って大変なの!

学級委員でも雑用押し付けられてるって聞いたから」

アカリは"アンタ分かってないわねぇ"とでも言いたげだ。


「そんなことになってるの……か?」


「ノートの提出遅れた人の分まで、回収してきてとか

規則守ってない奴に守らせろとか、先生に言われるんだって」

それは辛いなと俺も思う。


「それに割と貯め込むタイプだし……」

……。お前と比べれば誰でもため込むタイプだろう。

アカリのように人に対して文句垂れ流し状態の奴は

ストレスなんて無いんでは!?


「それにあの子。真面目だから、他の人が割といいように扱っちゃうのよ!」

うーん。それは割とあると思う。

真面目な奴ほど利用される。


「あんたはどうなの? ミサキの事、体よく利用したいだけ?」

アカリがこちらを訝しがるようにしゃべる。


「ちがう!」

俺は即座に否定の意を示す。


「そう……。だったら、行動で示しなさいよ!」

アカリはニッコリ笑って、

だが最後の言葉は語気を荒げて、威圧してきた。

少し怒っていると言ってもいいかもしれない。

……。アカリにケツを叩かれてしまった。




1限が始まる。だが集中出来ない。

清水さんの様子がおかしいのは事実だ。

アカリは勉強会が負担だというが……。

今の話を聞くとどうも学級委員の仕事の方が……。とも思う。

という事ならば相談する奴は決まっていた。




清水さんと同じ3組の学級委員であるトモサカだ。

あいつには他の用事もあることだし、行ってみよう。




1限が終わって直ぐの休み時間、俺はトモサカに会いに行った。


「愛川と勉強会ね。また"ユニーク"なことをはじめたね。カズは」

俺はこれまでの勉強会に至るいきさつと

相談に来た理由を簡単にトモサカに説明した。

トモサカが言いたいことは分かる。

たまに勉強会ではなく、これはアカリの罵詈雑言大会ではないか

と思う時は確かにあるのだ。


「いい精神修行になるんじゃない」

トモサカは笑顔で続ける。


「……。寺の座禅の方がマシだ」

俺は寺の座禅なんてしたことは無い。

だが多分、いや確実に座禅の方がマシだ。


「くっ。くっ。そうか。それはそれは……」

トモサカがさらにイイ笑顔を浮かべた。


勉強会が楽しい時もあるのだが、

簡単な問題をミスると

容赦の無い罵詈雑言がアカリから雨あられと発射された。


「確かに僕も清水さんが少しおかしいとは最近感じる。

けど愛川は、清水さんの友達だから

少し清水さん寄りの意見になってるんじゃないかなとも思う。

学級委員の仕事が負担になってるとか、

それに係る人が悪いから……という話ではないと思う。

むしろ彼女の杓子定規過ぎるところが、

少し不味かったと感じていたからね」

を俺は既にトモサカに話していた。


「どういうこと?」


「彼女の事を"口うるさい"という人も確かにいたんだよ。

要するに内申点狙いでいい子ぶりっ子しているとか、

教師に言われたまま校則を守れって言ってるとか……」

そ。それは知らなかった。清水さんがそんなふうに思われているとは。


「その。清水さん。クラスで大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。僕もある程度フォローしてるし。

まぁ。人気のばらつきはあるね。でもこれはどうしようもない。

口うるさいと嫌う人がほんの少し残っている一方で、

多くの人からは、好かれ始めているよ」


「みんながやりたがらない仕事を率先してやるからね。彼女は。

花の水変えと水やりを毎日、配りものや回収するものはできるだけ手伝うし、

掃除も人一倍頑張ってる。

それに学校を休んだ人にはノートのコピーを渡したりとか。

そういった事にみんな気づき始めた」


「それについてはカズも心当たりがありそうだけどね」

……そうだ。清水さんはそういう人だ。

テニス部でも道路に出てしまったボールを

誰よりも率先して拾っていたと思う。


「でもそれってやっぱ負担デカいんじゃないのか?」

そんなことしてりゃ負担が大きいはずだ。


「さっき。好かれ始めたって言っただろ?

彼女を手伝う人も出てきたんだよ」


「配りものにせよ、回収ものせよ、掃除でゴミ袋を運ぶにせよ、

手伝う人が出てきたんだよ」


トモサカの話通りだとすると、

学級委員の仕事について

負担が大きかったのは過去の事で

今では彼女を手伝う人も出てきているという事だ。

となると……アカリが言った通り、勉強会が負担なのか?

他に考えられるのはあとは部活……後は家族ぐらいか?


でも部活にしてもなぁ。

外周走ってるときにしか見てないけど

テニス部の女子ってそんなに険悪な人間関係って感じはしないけど。

ただ男子と女子では若干、仲が悪いみたいな感じはするけど……。


それに家族にしても……。

うーん。

家族水入らずで食事に行くとかだから

悪くはないとは思うけど?


となると勉強会か……?


んー。いやー。どれも違う気が……。

腕組みしながらうんうんと俺は唸る。


「カズ。色々と悩んでるところのようだが

その勉強会で役立ちそうなモノを貸そうか?

たぶんそれで清水さんの負担も減るはずだよ」


「えっ。何かあんの?」


「あるよ。今日の昼休みに図書室で勉強しているんだったら

図書室に持っていこうか?」


「お。おう。頼む」

踵を返して、俺は教室に戻ろうとする。


あっ。いけね。


「あ。そうだ。シューズショップの川さんが

マラソン大会出ないかって聞いてたぜ」

危ない。危ない。伝え忘れるところだった。


「次にスパイク買いに行く時に僕から断るよ。部活でサッカーまた始めたからね」

トモサカは予想通り、そう答えた。




自分の教室に戻り、2限を受ける。

……しかし役に立つモノってなんだ?

ま。トモサカの事だ。

間違いなく、役に立つモノなんだろう。

そうこう考えているうちに2限が終わった。


「鬼塚。ちょっと相談があるんだけど」

2限後の休み時間に俺は遠藤から声を掛けられた。


「なんだ。陸上の話か?」


「いや違うんだけど……。ちょっと廊下までいい?」

俺は遠藤に廊下まで連れ出された。

高宮に聞かれたくない話だろうか?


「あの愛川さんから、勉強会が高宮さんの負担になってるんじゃないかって言われて……」

遠藤からその言葉を聞いた瞬間、俺は気付いた。

しまった。嵌められた!!




これは、アカリの罠だ!!!




廊下から教室内にいるアカリを見る。

あのクソアマぁ!

どこぞの御令嬢のごとく、澄ました顔でニッコリと微笑み返してきやがった。


「それで、ちょっと僕に考えがあって、聞いてもらえるかな?」

遠藤には腹案があるそうだ。

アカリへの腹立たしさを胸にしまいながら

俺は遠藤の案について話を聞いた。


遠藤の案は俺も多少考えていたものではあった。

だがその案も含めて俺達はアカリの手の平の上で

転がされてるような気はしているのだけれど……


「……。良い案だと思う。

けど分担はみんなで考える必要があるから、

今日の昼休みの勉強会でみんなに話してみよう。

それに今日はトモサカが勉強会に役立つもモノをくれる事になってるから」


「えっ。役立つモノって……」

遠藤は疑問に思っていたようだが、

次の授業もあって、俺は遠藤との話を打ち切った。

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