第10話 僕と彼女が住む世界

1996年6月18日(火)


いつもどおりの部活の帰り道。


本来であれば遠藤、高宮と一緒に学校近くのコンビニまで来るのだが

今日は他の2人がいない。


遠藤が今日、学校を休んだのだ。

アイツは病弱で、たまに学校を休む。


高宮は心配して家まで見に行くそうだ。

「朝。見かけなかったから心配してたんだけど……」

そう高宮は話していた。


身体が病弱なことは、それはそれで可哀相だなとは思う。

……だがしかし、彼女が心配して家に来るなんて……。

なんて羨ましい奴だ。とも思ってしまう。



正直、何て憧れのシチュエーションなんだろうと。



俺、風邪ひいたことなんてほぼ無いんですけど。

身体が丈夫なのが取り柄の一つだからなー。

もし、風邪引いたら……

清水さん家まで来てくれたりすんのかなー。

そんなありえもしない妄想を膨らませつつ、

自費で買ったアクエリをコンビニ脇の駐車場で飲みながら

清水さんと……そのついでにアカリが現れるのを待った。


しかし清水さんは来なかった。

そしてアカリだけが現れた。


「あれ? 清水さんは」

アカリの周りに清水さんがいないかを、

目で確認しながら俺はアカリに尋ねた。


「ミサキの事が気になるのねー。やっぱり……」

アカリは人の下ごごろを確認するような嫌らしい笑顔を浮かべながら、

答えてきた。


うるせー!

もうどうせこいつには俺の恋心はバレてる。


「気にしちゃ悪いのかよ」

アカリに対して俺は少し不満げに答えた。


けどおかしい?


昼の勉強会には清水さんは顔を出していた。

なんで帰りにアカリと一緒にいないのだろう?

アカリと喧嘩でもしたのか?

そんなことを考えながら、その日はアカリと帰る事になった。


「なーにー。私と一緒に帰るのそんなに嫌なの?」

まぁ。はっきり言えば嫌だなぁとは思っている。

アカリの"罵詈雑言"を横で聞くのは堪えられない。

清水さんという天使がいて、初めてそれは中和される。


「そんなことはありませんよ。

"泣く子も黙る"美少女のアカリさんと一緒に帰れるなんて

大変光栄、恐悦至極に存じます」

芝居がかったふうに答えながら、俺は大げさに頭を下げた。


「そうそう。私は泣く子もだまるっ……って、どういう意味よ! バカ!!」

チッ。気付いたか。

褒め言葉の中に、貶し言葉を含めたのだが

気付かれてしまったようだ。


「ちょっとした言葉の綾に存じます」

これまた、俺は芝居がかったふうに答え、頭を下げた。


「何が言葉の綾よ。何が!!!」

そう言いながら、アカリは両の手を使って

俺の頭を拳骨で挟み込み……

そして力を込めてグリグリと……。


ギエェェェェ。あっ。頭が割れるようにいたぁぁーい!


「ごめんなさいしなさい!!!」

アカリが俺の頭を絞めつけながら俺に謝罪を要求する。

この女は手が出るのが速過ぎる!!!!


「ご。ごめんなさい!!!」


「宜しい! 以後気を付けなさい!!」

その言葉と共に、俺は

アカリの拳骨グリグリから解放される。



駄目だ……。やっぱり清水さんが必要だ。



さっきの一件で機嫌が悪くなったのか

アカリはそっぽを向いて歩いている。


こいつの機嫌についてはどうでもいい。

ただ清水さんがいないのは気になる。

……。目の前にいる人間にしか聞けないし、聞いてみよう。


「清水さん。何か体調悪くなったとかか?」

遠藤の一件もあったせいか、ちょっとその辺りを心配してしまう。


そしてアカリがこちらの顔を嫌そうに一瞥しながらも、

俺の疑問に答えてくれた。

「違うわよ。

お父さんが車で迎えに来たの。

家族水入らずでご飯食べに行くんだってさ」

家族で食事に行くことが珍しいとは思わないが、

それでも今日は平日だ。何かあったのだろうか?


「でも今日。平日だぜ。誰かの誕生日とか?」


「違うって。

ミサキのお父さん、東南アジアに出向していて、

今日は久しぶりに帰ってきたんだって。

本当はゴールデンウィークに帰ってくるはずだったんだけど。

ズレちゃたって。

だから久しぶりの家族水入らずでお食事……。

ということみたいよ」


「えっ。あっ。清水さんの親父さん。普段、海外にいんの?」

知らなかった。ちょっと驚きだ。


「そっ」

アカリがそっけなく答える。


「あの子。結構イイトコのお嬢様なのよ」


「まっ。私もだけど」

そう言ってアカリは少し胸を張りながら、髪を手で梳かした。


うん。その返答は要らない。

お前はどお嬢様というより、

"女王様気取りの自意識チョモランマ"だ。


「あんた、今、また何か失礼な事考えたでしょ」

アカリがこっちを睨みつけてくる。

うっ。こいつは勘が鋭い。

話題を変えよう。


「あー。それでか。清水さん。英語出来るの」

無理矢理話題を違うところにもっていく。


「あっ。それは違うわよ。

ミサキのお兄さんが英語が凄く良くできて

教えてもらってたって言ってたから……。

中学時代の先生もいい先生だったって言ってたし。

まぁでも。こういうのって結局本人が好きかどうかだけど……」

何っ! お兄さんがいるのか。

同じ高校にいるのかな?

挨拶とかしといた方が良いか?


「そ。その清水さんのお兄さんって

こっ。この高校にいるのか?」


「いないわよ。別の高校だって」

そうか。残念のような。これで良かったような。どうにも複雑な思いだ……。

校内に俺の良い噂がたってればいいが、

だいたい中学時代の悪い噂しかないからな。俺は。


アカリが何かに気づいたように

嫌らしい目つきになった。

「ははーん。挨拶にでも行こうとしたのかしら?」


「ちょ。ちょっと。気になっただけだ!」

俺の返答にどもってしまう。


「ふーん。そういう事にしておいてあげましょう」

こいつめ……。

もう。無理矢理。話題を変えよう。


「英検とか持ってるのかな? 清水さん」


「あ。そうそう。2級もってるわよ」

なっ。なにー!! いや。確かに。英語も凄くできる感じだけど……。

まさか。ホントに持ってるとは。

あれ? でも2級ってどんくらいなんだ?

1級の次だからすごい気がする。


「に。2級ってどんくらいなんだ?」


「高校卒業程度」

アカリが即答する。


「うぞっ? マジ?」

俺たちは未だ高校生だ。

それなのに、既に高校卒業程度の資格をもってるなんて。


「今。準1級の勉強してるわよ」

はーん?


「何でお前そんなに知ってるんだよ」


「そりぁ。親友ですもの。

それにたまにだけど、

準1級の単語帳開いて勉強してるでしょ?

見たことない?」

いや。確かに俺もチラッとだけ

学校指定のものじゃない単語帳を見たことがある。

何だろうと思っていたけど、

まさか準1級の勉強をしていたとは。


「が。外国の映画とか聞いてたら分かったりするのかな?」


「あー。何かそういうのは無理みたい。

家族でハワイに行った時も言葉通じなかったとか言ってたし……」



家族でハワイ!?



無理。無理。

俺の家じゃ、ひっくり返っても海外旅行なんて無理だ。

いや。国内ですら俺は家族で旅行に行った事が無い。

小さい時に近くの公園や

遊園地に家族で行ったぐらいだ。




これまで感じていなかった

清水さんと俺の立っている場所の違いを

俺は嫌というほど、感じていた。




「あんた。何かバカな事考えてるんじゃ無いでしょうね?」

アカリが探るような表情を見せる。


「なんだよ。バカな事って?」


「"俺と住む世界が違う"とかよ」

……。本当にこいつは勘が鋭い。


「考えちゃ悪いのかよ」

少し拗ねたような返答になったてしまった。


アカリが苦笑している。

「あの子はね。そういう事、気にする子じゃないって」

わかってる。清水さんはそう言う人じゃないって分かってる。

分かってるんだ。

でも。それでも……。

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