第9話 手を繋ごう!

1996年6月17日(月)


部活の帰り道。

俺は遠藤と帰る事が減った。

正確に言うと学校近くのコンビニまでは一緒で、

それから先は遠藤と高宮の二人だけで帰る事が多くなった。


「今日もアクエリ頂き!」

コンビニ横で、遠藤からアクエリをもらい、務めて明るく二人に示す。


「いつか勝って見せるさ。タイムも縮んでる事だし。

いつかは逆に、おごってもらうからな!」

遠藤はそう息巻いていた。


俺達のタイムが縮んでる理由は俺が新しいことを試していることも関係していたが

素直に遠藤が走りの技術を身に着け始めたこともあった。

鼻息を荒くしている遠藤のその横で高宮がほほ笑んでいた。



……。俺は遠藤がうらやましくてしようがなかった。



「ホント。陸上と"こういうこと"だけはしっかりしてるんだよな。鬼塚は」

遠藤が脇で何やら失礼な事を言う。


「陸上と"こういうこと"だけってどういう意味だー! 遠藤ー!」

俺は遠藤に食って掛かる。


「……。その服装。またシャツ出しっぱなし」

遠藤がしれっとした顔をしながら、

人差し指で俺の出しっぱなしのシャツを指摘する。


「うっ」

遠藤からの指摘を受けて

俺は狼狽してしまう。

どうにも俺は服装には無頓着だ。


「清水さんもそういうの気にすると思うよ」

遠藤は勝ち誇った顔で続ける。


「ね。高宮さん」

そして高宮に同意を求めた。


「……。清水さんは学級委員を務めてるぐらいですし、

その。普段の服装……。

スカートの丈とか靴下もきっちっとされてますから

気にするとは思います」

少し言いずらそうにしていたが、それでも高宮は遠藤に同意を示した。


「うぐぐぐ」

俺は低いうなり声を上げながら

シャツをズボンの中に入れた。


遠藤は俺をやりこめて上機嫌のようだ。

くそう。

こいつらにも俺の恋心はバレバレか……。




しかしトモサカも言ってたからな。

『みだしなみと清潔感』って。





遠藤と高宮にやり込められた後、

俺はコンビニ横でアクエリを飲みながら

遠藤と高宮の二人が仲良く手を握って帰っていくのを眺めていた。


そして俺と同じように遠藤と高宮を見ている奴を見つけた。

高宮と昼休みに話をしていた柔道男だった。


その横顔にはわずかばかりの寂しさや後悔といった感情が伺えた。


柔道男は俺の視線に気づいたのだろうか?

柔道男の視線は高宮と遠藤から外れ、そして彼自身コンビニからも離れていった。


彼は後悔しているのだろうか?

もう少し積極的に高宮に声を掛けていれば……。

そんなことを考えているのかもしれない……。



「あの二人上手くいってる?」

コンビニでぼんやりとアクエリを飲んでいるとアカリから声を掛けられた。

横には清水さんもいる。


遠藤と帰ることは減った。

しかし、アカリと清水さんと帰る事が増えた。


「テニス部も終わりか?」

アカリからの質問には答えず、敢えて質問で返した。


「そう。帰り道。で。あの二人の様子はどう?」

しかしアカリは話題を変えてくれない。


「まぁ。上手く言ってんじゃねーの?」

俺は少し惚けた形で返した。


「そうかな。あまり進展してないような?」

コイツはまた……。


「アカリ。お前さぁ。人の恋路にあんまり口出しするの止めろよな。

あいつらはあいつらで進んでくんだから」

アカリは他人に過干渉なきらいがある。


「そうですよ。アカリちゃん。あの二人にはあの二人のペースがありますから」

これには清水さんも同意してくれた。


「なぁに? 二人で私に意見して。いつの間に仲良くなったのかしら?」

アカリが意地悪く返してきた。

俺達二人を下から興味津々で覗き込みように見てくる。

アカリの顔には露骨に"楽しんでいる"という表情が伺えた。


「ち。ちげーよ。お前が強引に物事を進め過ぎてるって、

みんな思ってるってことだよ」

俺は気恥ずかしい思いを必死に隠しながら答えた。


清水さんも同じ気持ちなのだろうか?

彼女は顔を赤らめて、顔を背けていた。


そしてアカリが腰に手を当てて、こちらを見据えながら言い放った。


「強引! 良いじゃない。両想いなのに結ばれないなんて嫌でしょ!

楽しく付き合えないなんて勿体ないでしょ!

だったら。強引でも、何でも、進めたあげたほうが良いに決まってるわ!!」


……。駄目だ。

アカリの辞書には"様子を見る"とか"しばし保留"とかいう言葉は無いようだ。

こいつは"突き進む"ことしか考えてねぇ。


「まぁ。ほぼ毎日一緒に帰ってるし、まぁ進んでんじゃねーの?」

二人の関係は傍目に見れば進んでんじゃないだろうか?

と思わせる要素を言葉にして、俺はアカリを適当にやり過ごそうとする。


「それだけじゃ。分からないでしょ!」

アカリが少しむくれる。


「いや。どうやって分かるんだよそんなの!?」

進んでるかどうかなんて、他人の目線で分かるものんじゃないだろう?


「見れば分かるじゃない」

何をどう見たらわかるって言うんだ。


「手をどんなふうに握っているか。とか」

アカリが具体例を出した。


「仲良く握ってたぜ」

少し不満げに俺は答える。

うらやましいかぎりだ。


「だからー。握り方にもいろいろあんのよ」

アカリがむくれる。


「なんだよ? 色々って」


「カズ。あんたちょっと手を出しなさい」


「はぁ?」


「ミサキも、カズの横に並んで、手を出して」


「えっ。私も」


「カズは右手、ミサキは左手ね」

清水さんは俺の左側に並び、そして俺達はアカリに促されとおり、

腰の高さ辺りに、手の平を見せてだした。

手相でも見るんかい?


「うーんと。そうじゃ無くて……」

アカリは俺の右手を持ち上げて、俺の胸辺りまでもっていく

同じように清水さんの左手も持ち上げて、清水さんの顔の前辺りにもっていく。



何がしたいんだこいつ!?



「それで手の指を離すように広げて」

俺達はアカリに言われるがまま、手の指を広げた。


そしてアカリが俺たちの手をそれぞれ持って……

勢いを付けて、俺の右手と清水さんの左手をくっ付けやがった!!


「ちょ。ちょ。ちょっと。待った!!!」

突然の事に俺は慌てる。


「そのまま相手の指の間に自分の指を入れて!!!」

アカリがとんでもない事を言う。

いやいやいやいや!! むりむりむり!!!!


「えっ。いや。ちょっと……」

清水さんもかなり慌ててる。

そりゃそうだ!!


手を離そうとするがアカリが両手で押さえつけて上手く離せない。


というか、清水さんの手を離していいのだろうか?

無理矢理、手を離したりすれば、

俺が清水さんを嫌ってるみたいな印象与えないだろうか?


そんなことをグダグダ考えていたら

口では嫌がっているものの、手を離すことが出来なくなった。


「それが恋人にぎりよ。自分の指の間に相手の指を通すの。

あの二人のは未だ手を重ねてるだけだから……。

マダマダなのよ」


アカリはそう言って、力を緩め、

ようやく俺と清水さんの手が自然に離れるようになった。


「おっ。俺達で試すんじゃねーよ!!!!!」

手を放しつつ、アカリに文句をぶつける。

清水さんはさっき以上に顔を赤らめて、顔を背けた。


「あんたは口で説明するより、実際にさせてみた方が良いでしょ」

アカリはカラッとした笑みを浮かべ、

全く悪びれた様子を見せない。


こっ。この"恋愛ますたー"は本当に強引すぎる!

人の恋路に口出しし過ぎる!!

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