第2話 梅雨と部活

1996年6月8日(土)


土曜日の部活。


10時ぐらいまでは何とか持っていた天気だが、雨がポツポツと振り出した。

これぐらいなら大会もやるだろうと構わず走っていたのだが、

次第に本降りになった。


他の部活連中も校舎内に引き上げた様だ。

北陸の天気はこれだからなぁと思う。


雨は少し弱まってきたものの

どの部活連中も外に出ようとしない。


また補強(筋トレ)するしかないのかな……。


「また筋トレか……。外走りたいよ」

横で遠藤もうなだれていた。

シャーマン遠藤でも梅雨には対抗できないようだ。


「おーい。ビデオのある教室借りたから、今日はフォームのチェックをするぞ!」

陸上部の顧問の久我山先生、略して”クガセン”が

大声で部員に声を掛けてきた。


「フォームの確認?」

遠藤は少し分かってなさげだった。




「僕ってあんなに体が振れてるの?」

俺の横でビデオを見ていた遠藤が

自分のフォームを確認して愕然としていた。


「これ終盤で10kmぐらいは走った後だろ。

疲れて顎が上がってるから、振れてるんじゃないか?

俺も走ってるとき、何回か言ってただろ?」

俺はそっけなく、遠藤に告げる。

恐らく疲労によるものだろうが

遠藤の顎が上がってくることは

普段の部活中でも何回か言っていたことだった。


「いや。でもあんなに……」

それでも遠藤は驚きを隠せないようだった。


ま。ね。人から言われるのと自分で自分のフォームを見るのとでは

随分と違うからね。


俺が横に走っている映像だから

俺の走りと比べやすいというのもあるんだろうが……。


「あの。鬼塚はそういうのが無いよな」

少し羨まし気に遠藤が俺に話しかける。


「年季が違うよ、と言いたいところだが、

俺もお前程じゃないが

疲れればフォームは崩れてくるぞ」


疲れると誰でもフォームは乱れてくる。

それを最小限に抑えれるかどうかだと思う。

それが俺は遠藤より上手いということだ。

そしてそれが出来なければタイムに現れる。


「あの。どうしたら治るかな」

遠藤がおずおずと聞いてきた。


「んー。分からんが無理に走ろうと意識してないか?

なんか上半身が突っ込み過ぎで

そのバランスを取る為に頭が後ろに下がってる感じがする。

まずはリラックスなんじゃないかな。

無理矢理、身体を前に出ようとする意識では無くて

身体の軸を意識にした方が良い気がする。

何回も言ってるけど、

腰から頭まで一直線に軸が合ってそれを斜め前方にピンと伸ばすイメージだな。

後は、目線を安定しようとさせれば

落ち着くかもしれん。

常に10~20m先を見るとかかな」


「リラックス、軸の意識、それと目線か」

遠藤がまとめる。


疲れて呼吸がしんどい終盤にリラックスだったり、

身体を意識づけて動かすのも難しいもんだが

それでもそうした方が良いと思う


「走ってる最中は自分じゃフォームの乱れも分からんもんだから、

走ってるときに気づいたら言ってたんだがな」


「あんな辛い時にそんな他人の心配なんて出来るの?」

勿論しんどい。だが……。


「出来なきゃ負けるだけだ」

俺はサラリと答えた。


「負けるって……」

遠藤が驚きの目でこちらを見てくる。


「走ってるときに自分だけに意識を持っていていい訳が無い。

レースで走ってるときには相手がいる。

その相手の調子とか仕掛けを読まなきゃ

勝てないだろ?」

俺はさも、当然として答える。


「違うか?」

俺は遠藤に問いかけた。


「……」

遠藤は理解しつつも、返答が出来ないようだった。


「そりゃ。ま。

最初から独走状態に入って

ずっと1位取り続ける化け物みたいなやつは

自分の事だけ考えてりゃいいよ」


世の中は広い。

そういう奴もいる。


「でも残念ながら……

俺達は違う。

俺達にそんな力は無い。

だから他の奴の走りの変化とかも読んで

勝負を仕掛けなきゃならない」


自分の体がきつい時でも遠藤の走りを見ていたのは

他人がいるレースに対する練習でもある。

レースは自分の事だけ考えて勝てるもんじゃない。

相手を読まなきゃいけない。


「……」

遠藤は押し黙っていた。


「違うか?」

俺は改めて遠藤に問いかけた。

遠藤は答えあぐねている。


……。何だか遠藤をいじめてるみたいになってしまった。

多少は誉めておこう。


「フォームが良くなってきてる部分もあるよ」


「えっ。どこ」


「腰の位置が高くなってる」


「あ。うん。それは意識してる」


「そういや腰の位置が低いとさ。何で駄目なの。たしか故障しやすいって」


「腰が低くなると、接地の時に膝が伸びやすくなるんだよ」


「そうなるんだっけ?」

これは言葉で説明するより、実際のフォームを見せた方が速いので

腰が落ちたフォームで走っている人がいる動画を見せる。


「ま。確かに膝が伸びてるような。でも伸びたら何か不味いの?」


その説明も必要か……。

俺なりに上手い説明を少し考える。

「手と肘というか……、

野球のキャッチボールで説明した方が分かり易いか……」


「キャッチボール?」


「キャッチボールする時にさ、肘をピンと伸ばして速いボールを取る奴いるか?」


「いや? みんな肘曲げてるよ。

というか肘を多少曲げながら取るんじゃないの?」

遠藤がさも当然として答える。


「それが答えだろ」

ニヤリと笑いながら俺は答えた。


「えっ」


「衝撃を吸収するのに肘を畳んでバネとして使ってんだろ。あれは」


「うん。まぁそうだろうね」


「走る時も一緒」


「膝を適度に曲げてないと接地の時の衝撃が吸収できない。

だから膝を伸ばし過ぎて接地すると膝周りを故障しやすくなる」


「あ。なるほど」

遠藤が得心言ったという顔をしている。


「遠藤。それとお前さ。

それと自分の身体は自分が一番分かるようになれ。

自分の身体と会話するんだよ。そうしないと上手く身体使えねーぞ」


「自分の体と会話……って。そんなのどうすんだよ!」

遠藤がむくれる。


「どんな練習をして筋肉痛がどこにでるとか。

どういうふうに動かしたら体が痛くなるのか。

そういうのが自分の体との会話なんだよ。

後は、そうだな。

何で顎が上がるか自分なりに考えてみるんだな。

さっき俺が言った顎が上がる理由はあくまで俺が感じたもので、

よく一般的に言われてるものだ。

だが違ってる可能性もある。

自分なりになんでそうなるかを考える事だ。

それが自分の身体と会話するってことだ」


遠藤は頭を抱えていた。

色々言われてパニックなのだろう。


しかし俺もある事に頭を抱えていた。


週明けにアカリに勉強を教えてもらうように頼みにいかなくてはならない。

それを考えると頭が痛かった。


……。コイツも連れて行かないとな。

と俺は横で再度、自分のフォームをビデオで確認し、

しかめ面をしている遠藤を見た。


余り頼りになりそうにない相棒だが……。

それでもいないよりはマシだろう。


///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

作者(itako8)から連絡です。

腰(正確には骨盤)が下がるとケガしやすいということについては

陸上競技マガジン2019年1月号134ページにある

「骨盤が下がり、膝関節がより伸展しすぎるフォームはケガにつながる」

という記事を参考にしています。

何らかの足のケガを有しているランナー36人と

健康なランナー72人のフォームを分析した結果との事です。


また作者である私自身は陸上競技をした経験がありません。

(そんな奴が陸上を元ネタに作品を作るな!という指摘はごもっともです……)

あくまで資料や映像を参考に物語を作っている次第です。

ですが、もし何か気になる部分や間違えている箇所などありましたら

ご指摘のコメントを頂けると幸いです。宜しくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る