第11話 二人の共通の趣味は……

1996年5月24日(金)


「あんたがよく話す友達なんてこの学校じゃ遠藤しかいないじゃない!」

アカリは昼休みの図書室で開口一番、こう宣った。

友達の恋愛相談という形でアカリに相談していたけど、バレバレだったか。


「と、友達だったらトモサカがいる。失礼な奴だな!」

アカリとの共通の友人の名を上げ、俺は精一杯の虚勢を張る。


「バカじゃないの。アンタ。

トモサカは人に恋愛相談するような男じゃないわよ。

あいつは逆に相談を受ける方」

はい。その通りにございます。


「けど。なんでお前、遠藤にばらしたんだよ」


「私ばらしてないわよ。まぁ。"せいぜい頑張んなさいよ"って背中は叩いたけど」

アカリは人の背中を叩くそぶりを見せる。


それだ。それで、遠藤は勘づいてしまったんだろう。

俺がアカリに遠藤の告白の事を相談していることが。

若しくは俺とアカリが校内で話していたのを見られたのかもしれない。


「でも遠藤さんでしたっけ。話を聞く限りいい人みたいですね。

ちょっと怒りっぽいみたいですけど……」

と隣りにいる清水さんがフォローする。


「いい人。優しい人。なんていっぱいいるのよ。この日本には。

それだけで売り出そうとするから、振られるのよ!」

アカリがそのフォローを台無しにする。


「アカリ。取り敢えず今は、お前から見た遠藤の人物評は要らない」

この言葉にアカリはムスッとする。

俺はお前の遠藤評は求めていないんだよ。


「だけど、アカリ。ちょっとお願いがある。

高宮に付き合ってるやつがいるかどうか、

それと遠藤にチャンスがありそうかを聞いてみて欲しい」


「報酬は?」

このくそアマ。(怒)


「私はね。ただで動く安い女だと思われたくないのよ」

うん。イライラする。

この女と話すと、ときどきイライラするんだ。俺。


「アカリちゃん。聞くだけだけだし。やってあげてもいいんじゃない……」

うってかわって清水さんは優しい。

しかし、アカリは清水さんの問いかけにも対しても無反応だ。


「あの。ごめんなさい。鬼塚君。

私、高宮さんとはそんなに話をしたことがなくて……」

清水さんは申し訳なさそうに俺を見た。



天使だ!



俺にはその気持ちだけでうれしい!


この二人が同性とはとても思えない。

ちなみに二人とも同じテニス部で、しかもこの二人、仲が良いみたいだ。

性格が正反対なんですけど。



何で?



今日は遠藤の依頼の為にしょうがなく、アカリを図書室に連れてきていた。

遠藤と高宮と柔道男がいる教室で話せる話題じゃないからだ。


図書室に連れてくることで、清水さんにアカリとの仲を

疑われたらどうしようと考えていたけど、

それは全くの杞憂だった。

逆に仲良く二人で話を始めて

ビックリしたぐらいだった。


しかしアカリが望む報酬……。報酬か。

「しょうがない。これをやろう」

机の上に週末限定カツサンドを出す。


「はっ。何それ?」


「この学校の名物。週末限定カツサンドだ。

見たことないのか? 限定100食。一口サイズ6切れ。700円。

今日ももう売り切れてるだろうな」


「こんなもので私を買収しようっていうの!」

フッ。どうやら食べたことが無いようだな?


「騙されたと思って食べてみろよ。ただし一切れだけだぞ」

図書室は飲食禁止だけど、ちょうど図書委員さんから見えない位置ではある。


「図書室。飲食禁止なんだけど……」

清水さんは見た目どおりの学級委員的な雰囲気そのままで、

図書室での飲食というのが気になるようだ。

ちなみに清水さんは本当に学級委員を務めているらしい。


「特製のマスタードをつけるのがお勧めだ!」

このマスタードがまた上手いんだよな


アカリがひったくるようにカツサンドを取り、口の中に入れる。

「ふん。もぐもぐ。あら……。意外といけるわね」


ありきたりな表現だが……。

カツそのものは

衣がカリッとしていて、中はジューシー。

その肉汁に合うこってりした甘辛いソース。

そしてそれらを包む込む食パンは

カツとは異なる食感で、柔らかく、ほんのり甘い。

これらのハーモニーが堪らないのだ。


さらに、

ちょっと飽きてきたら特製マスタードをつけるのもお勧めだ。

ソースとは違った辛みが食欲を刺激してくれる。


「もう一ついいことを教えてやろう。ただし他言無用だ」

俺は得意げに話す。


「この高校の購買の限定メニューは力が入っていてな。

外れがほぼ無い!

いろいろあるぞ。

週末限定。夏季限定。クリスマス限定……」

陸上部の先輩から教えてもらった情報だ。

テニス部でも知ってる人はいるだろう。

だがしかし、限定メニューは販売数が少ない。

取り分を考えて伝えられていない可能性もある。


「ふーん。確かにいいこと聞いたわ」

そう言ってアカリは再びカツサンドに手を伸ばす。

俺はすかさず平手打ちをその手に放ち、

問答無用ではたき落とした。


「何するのよ!」


「一切れだけだ。それに情報も与えただろう?」

何気に清水さんが、物欲しそうにカツサンドを眺めている。

後で一切れあげよう。


「わかったわよ。それじゃ言うわね。

今、高宮さん付き合ってる人いないわよ。

それに多分、遠藤に脈あるわよ」


「知ってたんかい!」

思わず突っ込む。


「あんな"メルヘン野郎"のどこがいいのかわからないけど……」

だからお前の遠藤評は求めてないっちゅーの。


「ちなみに遠藤のどこがいいって言ってるんだ? その高宮は?」


「性格が優しいのと、趣味が合うんだってあの二人。部活もいっしょじゃない。

"遠藤君いつも重たい荷物もってくれる"とか言ってたわよ」

それは知ってる。高宮は高跳びの選手で、マットとか支柱はいつも遠藤が運んでたな。

ま。俺も運んでたんだけどね。


「俺も準備してんだけどな」


「"遠藤君は片づけるときも手伝ってくれる"って言ってたけど」

げ。遠藤は片づけるときも高跳び固定で手伝ってんのか。

俺も手伝ってるっちゃ手伝ってるけど。

片付けは割とハードルや、幅跳びの方も手伝うからな。俺の場合。


「そういや趣味が合うって、何が共通の趣味なんだあの二人?」


「二人とも"ジブリ"が好きなのよ」


「あっ。私も好き」

清水さんも好きらしい。


なるほど。それで"メルヘン野郎"ね。


んー。しかし俺は少々疑問がある。

「でもさー。嫌いな奴もいるが、日本人は大概はあれ好きなんじゃね?」

俺は突っ込みを入れざるを得ない。


「あの子達の好きのレベルはとんでもないのよ!」

「ビデオも原作の小説もサウンドトラックも設定資料とかも全部揃えてるのよ。

それも二人とも!」

なんか遠藤らしいといえば遠藤らしい気がする。

一点集中するところとか。

空想の世界に耽溺するロマンチストな部分とか。

しかし高宮もか……。


「しかも遠藤に至ってはセリフも一字一句覚えてるって聞いたわよ。

流石にそれは嘘かもしれないけど……」


「うわー。でも流石にそれはちょっと引く」

言った後にしまったなと思いながら、清水さんの方を見てしまった。

ぶんぶんと首を横に振っていた。

うん。可愛い。ほっこりしてしまう仕草だ。

ともあれ清水さんはそこまででは無いらしい。


「でしょー。それでこの前の映画の舞台になったところが

東京都の多摩らしいんだけど。

いっしょに行こうって約束してるらしいのよ」


「はぁー!? それもう付き合ってるのと変わんねーじゃんかよ」


「でも。二人で旅行って何か憧れます」

清水さんがほうっとした顔で話す。

二人で旅行っていうのが、清水さんの琴線に触れたみたいだ。

うん。俺も清水さんと旅行したい。

でもとりあえずは遠藤の件だな。


「でもなんかごまかしたらしいけどね。遠藤。

みんなでいこうとか言ったらしいわ。根性無しね!」

なんかもう。早く付き合えよ。お前らっていうレベルじゃねーの。それ!

何だか頭が痛くなってきた。

俺、告白を手伝う必要あるんだろうか?

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