第4話 告白協力依頼!?

1996年5月10日(金)


「風邪だいじょうぶか? 遠藤」

高跳びの準備で、マットのカバーを外しながら遠藤に尋ねる。


「だいぶいいよ」

そう答えるが、授業中は少しけだるげだった。

この前のように咳き込んではいないが…。


遠藤はよく学校を休む。

若干体が弱いそうだ。


「遠藤君。鬼塚君が言う通り。無理はしないで下さい」

高宮も遠藤に声を掛けていた。

はた目から見ても仲は良さげな感じだ。


俺は高宮も身体が弱い方なんじゃねーかなと思う。

学校に来るなり1限をいきなり休んで保健室にいたことがあったはずだ。

確か自習になった1限の時だったと思う。

自習の時にわざわざ保健室行ってサボることもないだろうし……。



ま。今は二人とも元気そうにしてるんだけどね。



部活を始めるのに必要なグランドの準備が終わる。

跳躍専門の奴らに別れを告げ、

いつものように遠藤と外周へ向かった。


「それとどうなのよ。高宮とは?」

ラン二ングに向かう途中に改めて遠藤に尋ねてみた。


「どうって。何が?」

遠藤が惚ける。


「惚けんなよ。狙ってんだろ。昼休みに席譲ってるだろう?」

突っ込んで聞いてみた。

さっきもグランドの準備中に高宮と仲良さそうに話していた。

上手い具合に進展しているのであれば、

俺としてももうれしい。

もっとも席を譲るという僅かなお手伝いしかしていないわけだが……。


「……。鬼塚さ。その……。部活の後に相談いいか?」

意外な答えが返ってきた。


「部活帰りのいつものコンビニでいいか?」


「うん。それでいいよ」


「まぁいいけど。それに今日も"アクエリ"は俺のもんだぜ」


「どうかな?  僕のタイムも良くなってきてるんだよ」

確かに遠藤も早くなってきているが、未だ明確な差はあった。


「負けるつもりはねーぜ」


「いいよ。それに明確な目標があるからこそ、人は強くなれる」

遠藤のわりにイイ事言う。言葉と共に眼光が少し強くなった気がした。


俺と遠藤は外周のランニングを二人で競ってきた。

負けた方が部活の後のコンビニでジュースをおごることになってる。

これまでは俺の全戦全勝!


余りに勝ち過ぎて悪いから、テニス部のボール拾ってるというのもあった。

ただし単純に今はテニス部では無く、ミサキという子の為というのもあるが……。


今日もテニスコートの前を走るときに、ボールが落ちていた。

いつものように拾い上げ、低いフェンスを超えて投げ入れる。


「ありがとうございます」

テニス部の声が響く。


今日は顧問の先生が近くにいる為か、

近くにいるテニス部の奴らがしっかりお礼を言ってきた。

顧問のいるいないに関わらず、毎回それをやれよ。

と思ってしまうが口には出さない。


ミサキちゃんがどこにいるか

走りながら目で探してしまう。


いた!


ミサキちゃんは声には出してなかったが

こちらを向けて頭を下げていた。


やっぱりいい子だなと思う。

と同時に図書室で会う子に似てるとも思った。

同一人物だとは思うんだけど……。


ぶんぶんと頭を振る。

悩みを体の外に出してしまおう。

今は部活中。

両手で顔を叩く。


よしっ。"アクエリ"を今日も頂く。

気合を入れ直して、

ボールを拾う為に落ちたペースを上げて

再び走りだした。




「今日も俺の勝ちだな」

部活からの帰り道。今日も"アクエリ"は俺のものだ。とほくそ笑んでいた。


「……。なぁ。鬼塚。僕の走りで何か悪いとこあったか?」

横を歩く遠藤が聞いてきた。


「途中でフォームが前かがみになってんな。あんまり酷くなると故障するぞ。あれ」今日も今日とて遠藤と勝負していたのだが

どこかフォームにおかしなところが無いか見て欲しいと遠藤から頼まれていた。


「やっぱり。そうなのか? どうしたらいいのかな」


「走ってる時、意識して背筋伸ばすのと。後は補強した方が良いかもだな」


「補強って背筋の筋トレ?」


「まぁ。そうなるな」


「あとは腰を落とさないようにだな。ただあれはよく分かんねーんだよな」


コンビニの店内で軽く遠藤と喋る。


店内から出て、遠藤からもらった"アクエリ"を飲む。

くーっ。体に染み渡る。

部活帰りのスポーツドリンクほど旨いものは無い。

お袋の作ってくれた麦茶もいいけど運動後はスポドリだ。


「そんで相談ってなんだよ?」

高宮の事だとは内心気付いている。


「ちょっと人気のないところにいこうか」

遠藤が答える。


実際、コンビニの中も外も部活帰りの学生でごった返していた。


「駐車場の端ぐらいしかねぇぞ」


「そこでいいよ」

どうにも周りに聞かれたくない話のようだ。


俺たちはその人気がない駐車場の端に移動した。

「そんでなんだ? 相談って?」


「あの……。その。告白したんだ! 高宮さんに。できれば一学期中に」

へー。そこまで進展してたのかこいつ。


「なんでまた一学期中に?」


「二学期には席替えがあるから、君の席が使えない」

そんな理由!?

まー。でも確かに気軽に話ができる距離にいるって大事なのかもね。


「じゃ。一学期中にすればいいんじゃね? 何か問題あんのか?」


「色々問題あるんだよ」

遠藤が苦笑する。


「どんなだよ。振られるのが怖いとかは無しだぜ」

"友達でいましょう"なんて振られ方はザラにある。


「いや。振られるんだったら、それはそれで構わないんだ。

けど周りに人がいるところでは告白したくないんだ」

そりゃまぁ。それが普通だ。

衆目にさらされて告白する奴もいるけど。

下手をすれば拷問地獄になる。


「周りに人がいないところって。聞かれたくないからか?」


「そうだね。その僕は。僕はね……。

自分が振られるところ見られるのは特に構わないんだ。

ただ彼女は割と人前で緊張するタイプって聞いてるから、人前ではしたくないんだ

要らないプレッシャーを彼女に掛けたくない」

んー。そういう理由か。

陸上やってる割には

確かにおっとりしたおとなしい感じの子ではあるしな。


「部活帰りに告白とかは?」


「彼女いつも女子の先輩と一緒に帰るし、

それに部活の後って割とどこにでも人がいるから」


「ま。確かに」

このコンビニの人だかりを見れば明らかだろう。


「昼休みとかは?」


「それも考えたんだけど今度は場所が……」


「部室にすれば。俺が外で見張ればいいんじゃない?」


「いやあの匂いの中で告白するか?」

あー。確かに。汗と制汗スプレーと湿布の匂いが混ざった独特な香りがするしな。

あの中で告白はちょっとなぁ。という気もする。

それに遠藤はロマンチスト気味だったし。


「んじゃ相談っていうのは。告白できる適切な場所と時間を探してくれってこと?」


「そうなんだ。あんまりいい場所が見当たらなくて……」

部活をしてなければ、放課後の教室とかでもいいんだろうけど。

部活してると中々それが出来ないんだよな。


「なんか校内は無理じゃねーか。日曜に呼び出したら?」

ここは進学校だけあって。日曜は部活も休みが多い。

試合前はやるときもあるらしいが。


「それでもいいけど。今度は場所が……」


「公園とかでいいんじゃないの?」


「この近くにそんな手頃な公園無いよ。調べたし。

それに子供連れのお母さんの前で鬼塚は告白できる?」

確かにそれも嫌だなと思う。

子供連れのママさん達は喜びそうだけど。


まっ。最近の子って大胆ね。とか言って井戸端会議しそう。


「うーん。じゃ無理じゃね。電話で告るとか?」


とたんに遠藤はムスッとした顔になる。

「真面目に相談に乗ってくれないなら、

外周のランニング勝負も今日で終わりにしよう」


何っ!ちょっと待った。あれが無いと

毎日部活帰りの"アクエリ"が無くなってしまう。

部活帰りの楽しみが……。

それに自分の小遣いで払うとすると一カ月に約2000円は損してしまう。


「ちょっ。ちょっと待った。考えるから。いっしょに考えるから時間をくれ」

この言葉に遠藤がニヤリと笑う。


「あとできればどういう告白をしたらいいかも一緒に考えて欲しい」


「おいおい。それは自分で考え……」


「いいよ。じゃ"アクエリ"無しで」


「わ。わかった。考えてみるよ」


「頼むよ。僕も考えるけど。他の人の協力が必要ではあると思うから」

告白に他の人の協力なんているのかよ。

いやもしかして、遠藤はここまで見込んで、毎日ランニング勝負してたんじゃないんだろうか。

そんな気がしてきた。

こいつ意外と策士か?

そういえば俺の事、"見た目によらず、いい奴だ"とか言ってたそうだしな。

これ、もしかして"協力してくれそうないい奴"を狙ってたんじゃねーの?


"アクエリ"の味を覚えなければこんなことにはならなかったんだけど。

何だか、面倒ごとに巻き込まれてしまった。

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