第3話 春は恋の季節

1996年5月9日(木)


また何か周りに小動物がいるような感覚がある。

少しだけそわそわする。

でも俺は寝てしまう。

寝る子は育つのだ。

そうだ。

身長よ。伸びろ!


「ぐー。ぐー」

いびきである。


「ビキッ」

鉛筆の芯が折れる音である。


「ぐー。ぐー」

いびきである。


「ビキッ」

二本目が折れる音である。


「すいません。ちょっと……。

少し前にも寝ないで下さいって言いませんでした。私?」

厳かな声が図書室に響く。


「ぐッ?」

いびきで返事をする。


「器用に"いびき"で返事しないで下さい」

と彼女が答える。


ムクりと顔を上げて、答える。

「いびき抑えたつもりなんだけど……」


「そもそも寝ないで下さい。鬼塚君」

たしなめられた……。


俺は席にはノートを広げ、手にはシャープペンを一応は握っていた。

ノートにはわずかによだれがついてた。

……。寝てたからなワケだけど。

横文字見てると眠くなるんだよな。どうしても。


もう少しで中間テストだ。

そんなわけで、昼休みは図書室でお勉強してた。はずだった……。


結局いつも通り、睡魔が襲ってきて寝てしまった。

そしてこれまたいつも通り、

学級委員長(見た目から俺が勝手に思ってる)に叱られているというわけだ。

彼女も大分、俺に慣れたらしく

怯えることなく声を掛けるようになってきていた。


……。彼女も俺のいる近くの席じゃなくて

遠くの違う席にすればいいのにとも思う。


ま。日当たりとか、窓からみる景色とか

そういったことを考えるとこのあたりの席がベストだとは

俺も思う。


彼女は何を考えて、この席に来るんだろう。

日当たり、窓から見る景色

それとも……。


うーん。わからん。

でも聞けない。


彼女は変わらずこちらを睨んでいる。

そしてその顔は

プンプンという擬音が似合いそうなぐらい愛らしい。


けどまずは謝らないとマズそうにみえる。

どうしよう。

うーん。そうだ。責任転嫁しよう。

睡魔が悪い。

そう。睡魔が悪いのだ。

決して、俺は悪くない。


「いやー。睡魔が襲ってきちゃって」

そう全て睡魔のせいにしよう。そうしよう。


学級委員長(仮)の顔があきれ顔になる。


「眠気覚ましのツボ押してあげましょうか?」

ふっと図書委員さんが現れた。

ニッコリ。含みのある笑顔。

この人も大分俺に慣れてきていたようだ。

怯えず気軽に声を掛けてくるようになった。


しかしこの笑顔。

……。なんか寒気がする。


「メガサメタナー。ダイジョウブ。ダイジョウブ。ボクオベンキョウガンバル」

遠慮しておこう。


「遠慮なさらずに!」

そういって図書委員さんはおれの左手をとり、

親指と人指し指の根元を思いっきり加圧した。


「ギャッ!」

悲鳴が漏れる。


「ギブ! ギブっす! 目覚めたっス!」


「あら。効いたみたいね」


「あなたは右手にしてあげて」

図書委員さんが学級委員長(仮)さんに促す。


「いいんですか?」

おずおずと答えながらも、彼女はおれの右手を両手で獲る。

ちょっと学級委員長(仮)さん。

おどおどしながら、攻めてくるの止めて。


「この指の間のここをこう。めいいっぱい強く」

的確な説明。


「ここですよね?」

この女、実はノリノリである。


「そうそう。じゃ一緒に押すのに声を合わせましょうか」


「ちょちょっと。許して!」

女の細腕と思っていたけど、ツボに集中させられるとマジで痛い。


「1に2の3。ハイ!」

両手にせまる加圧という名の拷問。


「ンギャー!!!」


「寝る人が悪いんです!」

女子の声がハモった。ハイ。スイマセン。


しかしこの図書委員さん、黙っていれば知的系クール美人って感じなのに……。

黒髪ロングにフチ無しメガネ。

図書室の片隅で本を読んでる文学少女って雰囲気。

それが人体秘孔を突くとは……。ケンシ○ウもびっくりだ。


しょうが無いので勉強を続ける。

ノートに目を落とす。

英語苦手だなー。





「鉛筆削らないと。鉛筆削り。あれ?」

学級委員長(仮)さんがなんかマゴマゴしてる。


鉛筆削りがないのか?

そういやさっき芯を折ってたな。


自分の筆箱をみる。

シャーペンやボールペンの他に

一応自分も鉛筆は入れている。


現国の先生様が、

"現国の授業は鉛筆で受けろ"

とおよそ凡人には理解できない事を仰った為だ。


授業中に鉛筆の良さを長々と朗読なされた。

筆圧で"とめはね"がどうたらこうたら、

毎日手入れが必要な事で"日頃の生活習慣"がどうのこうのとか仰っていました。


……テストにでるんですかね。あれ。


学級委員長(仮)さんが勉強している内容をみると

どうやら現国の予習のようだった。

教科書の漢字に読み仮名とか振ってる。

ぱっとみだけど、字がすごくきれいだ。

俺の字と全然違う。

俺のはなんていうの、ミミズがはった字をしてる。

でもホント。この子。真面目な子なんだと思う。

それと同時にそこまでやらないと駄目なのかなぁと疑問にも思ってしまう。


「午後、現国の授業有るの?」

学級委員長(仮)さんに聞いてみた。


「あっ。はい……。でも鉛筆折っちゃって」

焦っている感じがした。


筆圧強すぎなんだよ。

怒っちゃだめだよ。怒っちゃ。

あー。でも怒らせたのは俺か(笑)


でも予習ぐらい、シャーペン使えばいいのになと思う。

しょうがない。このままほっとくのもかわいそうだし。

そう思って俺は鬼塚と名前が入った鉛筆を学級委員長(仮)さんに渡した。


「あげるよ。ほら。現国のじいさんに怒られるんだろ。鉛筆使わないと」

俺は自分の鉛筆を手渡す。


「いいんですか?」


「いいよ。俺、今日、現国無いし」

それに未だ1本は筆箱の中にはある。


「やっぱり優しんですね。鬼塚さんは」

そう言って学級委員長(仮)さんは笑みをほころばせる。


「!?」

またしても笑顔の不意打ちだ。止めてくれ。

照れ隠しに顔をそらして、勉強している振りをする。


この子がテニス部のミサキちゃんだと思うんだけどな……。

テニスするときは髪型を三つ編みからポニーテールに変えて。メガネも多分コンタクトに変えているからだと思うけど

雰囲気がかなり違っていて、確証がもてないでいる。


喋りたいと思いながら、

違っていたらどうしようと

手が出せない状態だ。

生殺しってこういうことを言うんだろう。

そんなことを考えながら彼女をチラチラと盗み見する。

メガネと髪型変えれば可愛いんじゃないかと思う。


あっ。でも今、名前のヒントがあった。

「清水っていうんだ」

彼女の鉛筆にも苗字がサインペンで書かれてあった。

思わず口に出る。


「あっ。はい。清水っていいます」

下の名前は。と聞いてしまいたい。

テニス部ですよね。と聞いてしまいたい。

けど喉につかえてしまう。

もし違っていたら。そんな事を考えてしまう。


この子と仲良くなりたい自分がいる

でもこの子がミサキちゃんじゃなかったらどうしようと思う自分もいた。

もしそうだったら俺は最低な二又野郎になる。


一応テニス部の女子に知り合いがいるから

苗字を聞けば名前は分かるとは思う。

聞きたいという想いと聞きたくない想い、その両方があった。


午後の授業が近づき、図書館から離れるのは、嫌だったけど教室に戻ることにする。


遠藤は今日、風邪で休みだから

図書室に来る必要は無かったと言えば無かったんだけど。


……。認めるしかないんだろうな。

彼女に会いたくて、図書室に来たことを。


そんな事を考えながら俺は教室に戻った。

そしてそこで俺は少々マズい光景を見てしまった。


高宮が遠藤以外の男とおしゃべりをしていた。

別に恋愛は誰としようが自由だし、

遠藤と高宮は未だ付き合ってもいないようだし

そもそもこの目の前の男とも友達付き合いかもしれないし、

ただそれは遠藤にも言えることでもあるし。

けどなぁ……。心情的には遠藤を一応、応援してるしなぁ。


ま。そんなことより。授業開始5分前なんで。

そろそろどいてくんない!?

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