第2話 図書室での出会い

1996年5月7日(木)


あー。うまかった。少し食い足りないけど。

学校で二番目に楽しい行事、昼ご飯が終わってしまった。

帰ったらお袋に、おにぎり一個増やしてくれと伝えよう。


腹具合でいけば購買でパン買って食いたいところだけど。

今日は止めとこう。


購買の週末限定メニューを買いたいしな。

(週末限定カツサンド 限定100食 一口サイズ6切れ 700円)


昼休みが未だ残ってる。

何したもんかな?


他の奴らが何をしてるか気になったので教室内を見渡す。

みんなしゃべりながら、ご飯を食べていた。

俺みたいに一人で食ってるのは……。

そりゃ。いねぇよな。

みんなだいたいグループ作ってご飯を食べてる。



俺みたいな一人飯は周りにいなかった。



「おーい。カズ。サッカーやらないか?」

と中学時代からの悪友トモサカから不意に声を掛けられた。


「やらねぇよ。トモサカ」

トモサカとは残念ながら高校では別クラスだ。

良い奴で、何かと気にかけてもらう事が多く

中学では諸事情があり、よく一緒につるんでた。

サッカー部で運動ができて、顔もいい。それでいて頭もいい。

さらに頭の良さは勉強ができるだけじゃなくて

なんというか、エゲツナイ事を思いついて、

しかも実行させることができる頭の良さだった。


ちなみに"カズ"は俺の仇名。

俺のフルネームは鬼塚和樹で、

和樹カズキという名前からカズという仇名になっている。

ただし中学時代の仲がいい奴だけだけど。そう呼ぶのは。


「そうか。残念だな。

カズの事だから周りと仲良くなってないんじゃないかと思って、

声を掛けたんだが……」

おいおい。事実だけど声に出して言うなよ。

ストレートに言いすぎている。

もう少し包んでくれ。

こっちは苦笑い全開だ。


「あのそういうのはビブラートに包んでくれない?」


トモサカはくっくっくと笑いながら

「それ。言うならオブラートだろ?」

と指摘してきた。


「いやビブでもオブでも、どっちでもいいだけどさ」

ごめん。アメリカにいるだろうビブちゃん、オブちゃん

俺はお前達の区別がつかない。


「それにもう正式に陸上部に入部したんだからもう誘うなよ」

ちなみにさっきの誘いは昼休みに遊ぶサッカーの誘いではない。

部活の誘いだ。

こいつは何かと俺にサッカー部に入部させようとしてくる。


「俺は走るのは好きだけど、ボール蹴るのは苦手なんだよ。

分かってんだろ?」

おまけに俺は中学2年までずっと陸上部一本できている。


「球捌きはそこまで悪くないんだけどな……。

ま。気が変わったら声掛けてくれよ」

中学2年までサッカー部だったトモサカにそう言われて、悪い気はしない。


「俺は団体競技にも向いて無いんだよ」

俺は個人競技しかできない奴だ。

団体競技はともすれば他の奴らに迷惑を掛けてしまう。


「……。いっしょにやる奴らが悪かっただけさ」


そう言うと踵を返して、トモサカは教室から出て行った。

トモサカは中学のあの事を気にしてるのかもしれない。

それで誘ってるのかも。

気にしなくてもいいんだが……。


教室内をもう一度一瞥する。


遠藤とは同じクラスだが

他の奴らと昼を食べてた。

遠藤はもう食べ終わっているようだった。

どこかそわそわしていて、

そして俺と目が合った。祈るような目をしていた。


わかってるよ。出てく。出てくよ。

だからそんな祈るような目でこっち見んな。

出てくから、俺の席は自由に使ってくれ。


どこかにいこう。

俺がいると教室がそわそわしちまうしな。

そう思いながらトモサカと同じく、教室から出て行った。


廊下を歩きながらどうしようか考える。

この学校、屋上に出れないよう鍵がかかってるんだよな。

屋上には出れないのは確認済みだ。


それと校舎内に芝生は至るところにあるけど

進入禁止になってる。

いいジャン使っても。寝っ転がるだけだしと思って使っていたら、生徒指導部とやらに注意された。芝生近くの長椅子に寝てても駄目らしい。注意された。ご飯を食べるのは良いらしいが。

なんじゃそれ!? と思うが仕方が無い。

今日は天気もいいし、どっちか使えたら最高なんだけどな。


……。しょうがない。図書室いくかな。


廊下を歩いていると

バスケットボールをもって、体育館に出かける集団や

中庭からはバレーボールをしている男女の声が聞こえてきた。

「青春とかいうやつかな」

ぼそっと呟いた。

おおよそ自分とは関わりの薄いものと感じ、

少し心が冷えた。



図書室到着!

暖かくて、日当たりが良くて、寝るのに適しているところはリサーチ済み。

いつもの指定席に向かう。


他にも人はいるけど

図書委員を含めても2、3人だった。

一応進学校のはずなんだけどな。ここ。

まぁいいや。

あんまり人がいると寝づらい。


日当たりが良く、程よく寝やすい、いつもの特等席に座る。

そういえば最近、周りに人の気配を感じる事がある。

何か周りに小動物がいるような感じだった。

なんだろあれ?

多分、図書委員の人が本を返却でもしてるんだと思うが?


考えても分かるもんじゃない。

と俺は直ぐ思考をとめた。

よし。じゃ。寝るべ寝るべ。

いつもどおり夢の世界へ、いざ羽ばたかん。

「ぐー。ぐー」

幸せな寝息を立てた。



「すいません。ちょっと……」

うーん。何だ。女の子の声だ。俺に話しかけてるのか?

「あの……。いびきを止めて下さい。起きて下さい」


目を半分だけ開けて見る。

小さい子だなって思った。

あっ。こっち見てビクッとしていた。


んー。そうか。茶髪の人相悪い兄ちゃんに

メンチ切られたんだから……。そうなるか。


「春眠あかつきを覚えたくないんだよぉ。……。寝させて下しゃい」

(意訳 春は眠いから寝させて!)

受験で覚えた漢詩がブレンドして出てしまった。

残念ながら絶妙なハーモニーは奏でていない。

所詮、素人漢文だ。


「春は……あけぼのです。起きて下さい」

(意訳 春は明け方がきれいだから見ろ。そして起きろ!)

なんか上手い事返された。

起きるしかないのかな?


また生徒指導部の人かなぁ。

相手の様子をうかがってみる。

背は低くて、三つ編み、そして大きなメガネ。

学級委員とかやってそうなタイプだね。

やっぱり生徒指導部とか生徒会の人かな。


「生徒指導部の人? ここって寝たらダメなのかな」


「指導部ではありません。

ちょっと……そのうるさくて周りに迷惑かけているから

……声を掛けました」


「周りって……? 君しかいないけど……」

周囲を見渡して。二ヘラと笑って返す。


「図書委員の方がいます!」

うん。まぁ。居るっちゃいるけど。

彼女の言葉をきいて、

会話に入りたいんだか入りたくないんだか、よく分から無い図書委員の方をみた。

彼女の顔からは少し怯えが見られる。

目の前で話している彼女と同種のものだと思う。


「それに他の利用者が来るかもしれませんから……」

「もし寝るんだったら……自分の席で……。寝るようにして下さい」

ビクビク怯えながら話しかけてくる。

自分の人相を考えれば仕方ない事。

だけどこれじゃいじめてるみたいだ。


「あー。いや。自分の席はマズいんだ。他の人が使ってるから」

少し声のトーンを落として、落ち着かせるようにしゃべる。


「どうしてですか? もしかしていじめ? ……か何かですか?」

んー。いじめではない。

というよりこちらから譲ってるんだけど。

でもまぁ確かにクラスの大半から声を掛けられない状態ではあるが……。

何か誤解した上に、俺の事心配してるみたいだな。


しょうがない。ちゃんと説明するか。


「あの。俺の席の隣の子なんだけど、同じ陸上部の、まぁ綺麗な子なんだけどさ。

俺の友達がその子に気があるみたいなんだよ。

だから、昼休みは話ができるように席を譲ってて」


遠藤は今頃、俺の席に座って、その子と喋っているだろう。

あいつは上手くやってるのだろうか?


「……」


しばしの静寂。


黙って聞いてくれていた。

俺に対する怯えも少しは和らいだようだ。


「だから。ま。自分の席は使えないんだ」


「あなたはいいんですか?」

質問してきた。


「はい? 何が?」

質問の意図が分からない。


「その子。綺麗な子なんですよね?」

イントネーションが疑問形だ。


「あー。まぁ綺麗だとは思うよ。

テレビでみかけるタレントに似てるっちゃ似てるし」

その子はポケベルのCMに出てた子に似てた。

ただCMに出ている彼女と比べて幾分、おっとりしている感じだが。


「あの……。そうじゃ無くて。同じ部活で席も隣の綺麗な子なんですよね。

あなたもお話とかしたんじゃないですか?」

あー。そうとったか。俺もその子を狙ってるんじゃないかと。


「うん。見た目が綺麗だとは思うよ。だけど俺の事は嫌いじゃないかな。

さっきの君と同じで、目線合わせるとビクッとしてたし、怯えてたし」

彼女も怯えてるような印象を受ける。


正直、この髪と面じゃしょうがねぇよなぁ。と我ながら思っている。


「!? 私はち、違います。その……。

思ったより、いやちょっとだけ怖かっただけで」

同じことだと思うけど……。

俺の人相が悪いのはどうしようもない。

目が吊り上がって三白眼気味なんだよね。おまけに茶色の髪だし。

んー。

どうにもいじめてるような感じになってしまう。

クラスでも俺に怯えることなく話すことができる女子は一人だけだしなぁ。

とりあえず話を変えた方が良さそうだ。


「あー。俺自身は、恋愛とか。その……。

あんまよく分かんなくてさ。

"綺麗"とかは何となく分かるけど、"好き"ってわからないから

多分。俺はその子の事も別に"好き"って訳じゃないと思うし」


「どういう意味ですか?」

こっちを不思議な動物を見るかの如く、彼女は俺をまじまじと見る。


「"綺麗"って他の人も良く言ってるし。テレビで出ている人が"綺麗"なんだろ。

だからその人に似てれば"綺麗"なんだろ?

だから見た目でまぁ分かる」


「でも"好き"は人によって違う。

みんながみんな同じ人を"好き”とは言わないし、ならないものなんだろ?

だから"好き"って分かりづらいんだよ。

他の人にどうこう言われて決めるもんじゃないから?

まぁ。分かってないのにこんなこと言うのも変なんだけどさ……」


「……。何となく言いたいこと分かります」

口下手な自分の長い話を彼女は黙って聞いてくれていた。

そして納得してくれたようだった。


……。実を言うと少しだけ嘘がある。

俺はテニス部のミサキという子が気になっている。

だけどそれが単なる思い込みたいのか

実際に"好き"なのか、分からなかった。


ただ彼女の事を考えると

胸に暖かくて、苦しいモノが、わずかだけど、確実にあった。


そういえば目の前のこの子とテニス部のミサキちゃんは似てる気がする。

髪型も違うし、メガネも彼女はかけてなかったはずだけど……。



少しだけ目の前の彼女に笑みがさす。

「やっぱい良い人なんですね。鬼塚君は」



「!?」



「友達の為に席を譲ったんですね」



不意打ちの攻撃だった。

彼女は俺の名前を知っていた。

俺は自分から名前を伝えてはいない。

ということは彼女も知っているんだろう。



俺の中学時代の悪い噂も……。



なんか嫌だな。これ以上話したくない。

逃げ出したくて時計を見る。

もう午後の予鈴も近い。


「午後の授業も近いし。それじゃ」

席を立ち、短く別れを告げ、立ち去った。

彼女は他にも言いたげだったが、切り上げた。

どうせろくなこと聞いてこないと思う。


あー。こんないい天気なのに、あんまり寝れなかった。

廊下をとぼとぼ歩く。


教室に戻るとやはり遠藤が俺の席に座っていた。

俺の座席の隣の女子、高宮とそれなりに楽しく話し込んでいるようだ。

上手くいくといいけど。


だけど、午後の授業が始まる5分前ぐらいにはどいて欲しいんだけどな。

部活の時にでも言うかね?

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