歓迎の宴2

立ち寄った射的の屋台で、紅炎は大活躍を見せた。

自身の武器としてモデルガン、僕の得物として模造刀、ついでにポテトチップスの袋2つを手に入れたのだ。

観衆から驚嘆の声を浴びながら去り、ヴォルグさんの焼き鳥屋台で腹ごしらえと相成ったのは、午後7時30分の事だった。






「美味い!」

「おお~!こりゃいいわ~!」

とり皮やつくねを味わう僕も、ハツとねぎまを平らげる紅炎も、第一声で絶賛した。

旨みがしっかり肉の中に閉じ込められていて、歯応えも丁度良い、実に絶妙な仕上がりだった。

「ヘエ。やるモンだな、村長サン。」

「いえいえ、とんでもない。こうして村で祭りをする度にやっている屋台ですが、いまだにうっかり火加減を間違う事もあるのですよ。」

緑色の三角巾を頭に巻いたヴォルグさんが、掌に弱火を浮かべながら謙遜する。

「それにしたって、自分よかずっと火の扱い上手いっすよ~。あれだけの火力で焼いたのに焦がさねえわ、串は全然熱くならねえわって、ビックリっすわ。」

「はっはっは…恐れ入ります。」

ヴォルグさんは白く長い顎鬚を右手でいじりながら、静かに笑った。

「ところで駆君、食べなくて良いのか?」

「えエ。もう腹一杯ですから。」

「え~、あんだけで~?クー坊、小食だな~。」

駆君はつくねを2本頼んだだけで、以後は水しか飲んでいない。

「野菜とか果物ならもうちッとは食うンだが…この手の油モンは程々にした方が良いしな。」

「ひゃ~。マジで健康志向すげえな~。」

「だな。…それに比べて…。」

僕の右隣に腰掛けるシュオルドは、今なお両手を活発に動かし、多種の焼き鳥を口内に叩き込んでいる。

既に30本もの串から鶏肉を綺麗さっぱり消し去っていたが、更に追加で注文を出してさえいた。

「こっちの胃袋はどこまで入るんだか…。」

「大食い大会とか、余裕で優勝できるんでねえの?」

「拙者もそう自惚れていたが…3年程前に村での大食い大会に出た際、メイアに敗れた。」

「メイア…ッて、あのヘビのアネゴか?あンな細い身体してンのに…?」

シュオルドは浅く首肯する。

「あと一歩のところではあったが、上には上がいるという言葉を痛感させられた。以来、大食い大会には出向いた事がない。」

「何だ、そりゃ~。こんなに食えるのに、もったいねえな~。」

「耳に痛い御言葉だが、拙者とて武人を志す男。同じ栄冠を目指すならば、武の争いで目指したい。」

「はは、言うもんだな。じゃ、ここの人達集めて格闘大会でもやってみるか?」

「…賛同したいが、ヴォルグ村長の圧勝が目に見えているな。」






僕達が言葉もなく視線をやると、ヴォルグさんは気恥ずかしそうに唇の端を持ち上げた。






「まだ私が若かった頃、ディザーが暴れておりましてな。奴に抗っていたのもあって、それなりに魄力が上がったのですよ。」

「忌み子や災厄の刃クラディースがこの村を襲わぬのは、カオス=エメラルドの破片がないのに加え、ヴォルグ村長を迂闊に攻められないゆえだと考えられている。用心棒を仰せつかった拙者としては、立つ瀬のない話だが…。」

「何を仰いますか、シュオルドさん。貴男やメイアさんがいるお陰で、ソミュティーは皆が安心して暮らせる村となっているのですよ。」

力なく笑いながら自嘲気味に呟くシュオルドを、ヴォルグさんがフォローした。

「え…メイアも、そんなに強いんですか?」

「ええ。彼女は守りに特化した使い手でしてな。防御や回避においては、魔界全土でも優秀な方ですよ。」

「おわ~…ソミュティーって、すげえ面子が揃ってるんすね~。」

「…それでもこちらからディザーに仕掛けるのは、とても無理ですがな。」

視線を落としたヴォルグさんが、小さな嘆息と共に弱弱しく漏らす。

「そう言えばディザーッてヤロー、4年前にはもう250万なンて魄力してやがッたらしいな。」

「はい。…とは言え、全盛期とは比べ物にならぬほど弱体化していますよ。時のあやつは、魄力値1000万だったと見られておりますので。」

過去の話とは言え、余りにも次元の違う数値に、ひととき感情すら忘れて黙り込んでしまった。

「…聞けば聞くほど、とんでもないな…そんな奴、よく封印できましたね…。」

「それはひとえに、当時の腕利き達が揃い踏みしたお陰です。特にこちらのリーダーは、ディザーの魄力を僅かながら上回ってくれていましたからな。」

「くッ…スケールがデカ過ぎて、理解が追い付かねエ…。」

「ははは、無理もありませんよ。当時目の前で成り行きを見ていた者達すら、ほとんどが呆然と立ち尽くしていただけでしたからね。」

頭を抱える駆君に、私もぼんやりしていた口でしたと、ヴォルグさんが付け加えた。

「…ともあれ、そのリーダーのお陰でディザーを封印できまして。4年ほど前にあやつの封印が破られるまでの数十年間、魔界はひとときの平和を享受できたというわけです。」

「ほえ~。人間界だったら、ヒーロー扱いだな~。」

「はは、魔界でもそうでしたよ。…ただ、そのリーダーは気が短い方でしてね。うっかり怒らせた日には鉄拳制裁も免れないもので、ある意味ディザーよりおぞましいと語り草になっておりました…。」

ヴォルグさんはそこで苦笑いし、腹部を見つめる。

その仕草は、自身も「うっかり」をやらかした部類だと、暗に語っていた。






「…しかしそンなにすげエ使い手なら、またディザーとやらをどうにかしてくれッて頼めば手っ取り早いンじゃねエのか?」

「それが…彼はここ4年、連絡が付かないのです。」

「…亡くなったんですか?」

ヴォルグさんはゆっくりと首を横に振った。

「詳しい状況は、分かっておりません。間違いなく言えるのは、現状では彼には頼りたくとも頼れないという事だけですな。」

「そうか…。」

駆君が腕組みをしながら重々しくこぼし、押し黙る。

「…ま、しょうがねえか。ティグラーブとも約束しちまったし、俺らでディザーだろうが災厄の刃クラディースだろうが、きっちり片付けちまわねえとな~。」

「そうだな…。」

陽気に軽く述べる紅炎に応じながら、頭の中では違う事を考えていた。

昨晩ディザーの出で立ちを耳にした時の表情と、いち早く席を外す際の雰囲気。

恐らくあいつも―

「…嵐刃殿?如何した?」

「あ…いや、別に。ちょっと考え事してただけだよ。」

「おや。何かお悩みなら、お話を伺いますが?」

「いえ、また今度で大丈夫です。」

無理をせず微笑み、努めて穏やかに答える。

「…そうですか。では、またその時に。」

何かを感じた様な間があったが、ヴォルグさんは特に踏み込んでは来なかった。

「改めて言っておきますが、今日より皆さんは我々ソミュティーの仲間ですからな。助けが必要な時は、遠慮なくお申し付けください。」

「うむ。拙者達の力は微々たるものだが、可能な限りの助力は惜しまない。」

「どうも~。じゃ、もしもの時はよろしくな~。」

紅炎が迷わず厚意を受け取ると、ヴォルグさんとシュオルドは静かに笑って小さく、だが力強く頷いた。

「さて。また明日からは御多忙になることでしょう。今夜ばかりは羽目を外して、存分に楽しんでくだされ。」

「はは、そうさせて貰います。…そうだ。とり皮と豚バラを3つずつ追加して貰えますか。」

「あ。自分もハツとレバーを3つずつ、追加お願いしますわ~。」

「はい。お任せを。」

ヴォルグさんが追加分の焼き鳥を用意していたところ、頼りなげな高い音が響く。






何事かと視線を彷徨わせていると、花状の光が空に咲き、太鼓を思わせる振動が続いた。






「おお、花火か!」

「うお~、壮観だね~!」

「すげエな!」

次々と打ち上がる煌びやかな花火に、僕達は揃って釘付けとなる。






「あっ、花火!」

「おお!」

露店での対決を引き分けで終え、戦利品の水ヨーヨーで戯れる氷華君と風刃も、同様だった。






「…ああ、花火…綺麗ですね…とても…うう…。」

「れ、麗奈ちゃん…!お菓子…奢るから…元気出して…!」

ただし、くじ引きの店で外れしか引けずに打ちひしがれる麗奈と、彼女を何とか復活させようとする舞は、例外であったが。
















ソミュティーが宴に熱中していた頃、沈まずの森の入り口には7つの人影があった。

「まったく。派手にしくじりやがったな、このバカ共が。」

6体の邪鬼イヴィルオーガを、粗暴な物腰の男が嘲笑混じりに罵る。

薄汚れた紫色の杖を右手に握って胡坐を掻いた男は、邪鬼イヴィルオーガ達と同じく鮮血の様に赤いジャケットと、闇夜の様に黒いジーンズを身に着けていた。

毛髪は黒色と金色が混ざったドレッドヘアで、両の耳には毒々しい色合いのピアスもしており、気性の粗さがこれでもかと滲み出ている。

「グ…!言っトくが、失敗しタのは変なガきに邪魔サレたせイだからな!あのガキさえ来ナケりゃ…!」

反論したのは、黄色い肌の個体にして、群れのリーダーでもあるシクロスだった。

「ん?変なガキだと?」

「そうダよ!薄い水色髪シた木刀使いのガキに、横槍入れられタンだ!」

「…ほう。薄い水色髪、ね…。」

粗暴な男は興味深そうに、シクロスの報告を反芻する。

「シクロスよ。その水色髪のガキとやらは、何か魄能を使って来たか?」

「魄能…ああ、言わレてミレば…アいつ、風か何か撃っテやがッタかな…。」






「…ククク…そうか…。」






「…何よ。1人でニヤニヤしちゃッテ、気持ち悪いワね…。」

邪気に満ちた笑いを浮かべる男に、桃色の邪鬼イヴィルオーガが眉を顰めた。

「いや、なに…そのガキは良いオモチャになりそうだしな。近々、歓迎会でもしてやるかと思ったまでさ。」

「…は?何で直接見てモねえノに、ソんなコト分かルんだ?」

「クク…そいつは、またの機会にな。それより、てめえらのミスについてだが…。」

閑話休題を言い渡され、邪鬼イヴィルオーガ達は金縛りに遭った様に硬直する。

人員など幾らでも集められる組織において、仕事を失敗した。

ならば当然、自分達に下される処罰は―

「特に言うことはねえ。また次の仕事でキリキリ働け。以上だ。」

「…へ?」

極刑を覚悟していた邪鬼イヴィルオーガ達が、揃って呆気にとられる。

「…エっと…ソレって、お咎めナシってコトでアッテるの?」

「何だ?死刑にでもされてえのか?だったら、遠慮なくぶっ殺してやるが…。」

「わアア、やめロ!いや、ヤメてくれ!許してモラえルなら、バンバンザイだ!」

ほとんどの個体が安堵し浮かれる中、シクロスだけは疑念を拭えずにいた。

「…テめえともアロうヤツが、随分と寛容ダな。何か裏がアるんじゃネえのか?」

「ねえよ、そんなモン。ミズカワマイを尋問しろってのは、テメエらを一度暴れさせてみたくて適当に言っただけだ。『憑代』相手に人質も必要ねえ今、成功しようがしくじろうが、どうでも良かったんだよ。」

粗暴な男は徐に立ち上がり、杖の先端を何度か左手の腹に当てながら続ける。

「それに偶然とは言え、良いオモチャになりそうなヤツも見つけて来た。これじゃ、処罰するのは無理筋ってモンだろ。」

「…じゃあ、水色髪のガキが良いオモチャじゃナカったラ、オレらを処分すル気か?」

「…図体の割には心配性だな、シクロスよ。」

粗暴な男は、半ば疲れた様子で溜息を吐いた。

「まあ、安心しろ。そのガキが期待外れでも、後でテメエらを死刑にはしねえさ。何せ―」






粗暴な男が魄力を込めると、杖に埋め込まれた宝石から、淡い紫色の立体映像が浮かび上がる。






そこには、夥しい打撲痕や切り傷を刻まれた黒髪の小柄な少年が、うつ伏せになって弱弱しく呼吸する姿があった。






「その気になれば、オモチャなんざいくらでも手に入るからな。ククククク…。」

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