歓迎の宴1
満月が静かに輝く、午後7時。
「それでは、新しい仲間との出会いを祝して…乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
ヴォルグさんの音頭を皮切りに、住民達は大小様々のグラスをぶつけ合った。
「ソミュティーへようこそー!」
「若者が増えてくれれば、また村が盛り上がるわい!」
「これからよろしくなー!」
老若男女が入れ代り立ち代り、満面の笑みでの挨拶ついでに握手を求めて来る。
無下にもできず精一杯応じていたところ、一段落するまでに10分程が経過してしまった。
「やれやれ…ただ客が入っただけで、よくここまで騒げるもんだ…。」
「折角歓迎してくれてるんだから、もっと楽しそうにしろよ。見世物にされてる訳じゃないんだぞ。」
「酒のツマミにはされてる気がするけどな。」
「…まあ、否定はできんけど。」
俺が冷めた目でこぼすと、兄も少々呆れが宿る苦笑いを浮かべ、周囲を見やる。
20歳以上と見える者は、ほとんどが浴びるようにアルコール類を口にしていた。ビール瓶の1本や2本はあっという間に空にしてのけており、さぞや日頃から飲み慣れていると思われる。
年端の行かない子供にも、大人達を真似てジュースや菓子類を貪る者が多数おり、遠い将来と言わず明日の体調が憂慮される有様であった。
ソミュティーの出身だというティグラーブから、ここでの拠点として実家を貸してやれる事になったから住民達と顔合わせ位はしておけと言われ、足を運んで来ていた。
ところが到着してみれば、俺達の歓迎会として祭りの用意をしたとの事で、この乱痴気騒ぎ。要するに好意的に見れば快く受け入れられており、捻くれた言い方をすれば酒盛りの口実にされていたのだった。
「しかし、すげぇ店の数だな…。」
射的や金魚すくい、焼きそばやカレーや綿あめといった縁日の定番は言わずもがな、カツ丼や牛丼やラーメンといった定食屋向きの店まで並んでいる。
比べる意味はないのを理解しつつ、地元の祭りではどうあがいても太刀打ちできない充実ぶりだなどと感じてしまうのだった。
「こんなにたくさんお店が並んでいると、どこを選んだものか迷いますね…。」
「…私…カツ丼…食べたいな…。」
「げッ、随分とカロリーの高えモンを…オレなンか、野菜炒めでも食えれば十分だゼ。」
「わっ、意外。天くんって、ファストフードばっかり食べてると思ってたよ。」
氷華がわざとらしく目を丸くする。
「はッ。身体が資本ッて言葉、知らねエのかよ。あンな栄養偏りまくッたモン食ってちゃ、自殺行為だろうが。」
「へぇ。見た目不健全のカタマリのくせに、わりと健康志向なんだ。…何かナマイキ。」
「何だとテメエ!」
天城が怒声を上げたものの、氷華は涼しい顔で視線を背けた。
「相変わらずだな、てめぇら…。」
「毎度、このバカ女が突っかかッてきやがるからな!」
「何言ってるんだよ!いつもはそっちが…むぐっ!」
「いつもはともかく、今回は完全にお前が売っただろ。」
余計な火種を煽ろうとした氷華の口を、右手で塞ぐ。
じたばたと暴れ出したところで解放し、大袈裟に溜息を吐いておいた。
「…皆寄りたい所バラバラだろうし、自由行動にするか。」
「ああ、助かるわ。何か喋る度にこの騒ぎじゃ、頭がどうかなりそうだしな。」
すぐ側で嫌味を垂れても、氷華も天城もまるで意に介していない。
数秒睨み合った末、同時に明後日の方へと向いた。
「では、各自好きな頃合でティグラーブさんの御実家に戻ればよろしいでしょうか?」
「ああ。でも、村からは出るなよ。はぐれたりしたら面倒だし。」
「おうよ、了解~。」
「…あの。水さんの弟さんのこと、村の人たちに聞かなくていいですか?」
「…どう…だろ…?…してもらえたら…嬉しいけど…望み…薄そうだし…。」
「んなもん、村の全員に聞かねえと分からねえっしょ~。金取られるわけでもなし、当たるだけ当たってみようぜ~。」
「だな。」
兄達は携帯電話の画像フォルダを、俺と氷華はポケットに収めておいた写真を確認した。
それらは舞さんのスマートフォンにある画像をプリント、あるいは転送した物であり、彼女の弟の
年齢は俺達と同じく中学2年生。背丈は氷華よりもごく僅かに小柄であり、長身の舞さんとは競うべくもないが、短くも
ただ、舞さんから心底愛し気に抱きすくめられて恍惚としているのには、良くて好色かシスコン、酷ければ両方の気配が漂っている。
「…水アネゴ…今更だが、別の画像はねエのか?もッと、こう…弟がシャキッとしたツラしてるヤツは。」
「…ないよ…こういうの…ばっかり…撮ってる…この顔が…一番…かわいいもん…♡」
「…そうか。」
頬を紅潮させ、涎を零さんばかりに唇を緩める舞さんに、兄をはじめ皆が顔を青くした。
こうして弛緩し切った面持ちも、一目で家族と分かる位には似ている。
「…あれ…?…なに…この空気…?」
「いえ、何でもないですよ…世の中こんな見事なブラコンいるんだなと思っただけで…。」
「要らん事言うな、馬鹿!」
「…ぶらこん…か…弟好きの…姉には…褒め言葉ですな…♪」
心底嬉しそうに微笑む舞さんに、言葉にはしなかったが誰もが同時に思った。
駄目だ手の施しようがない、と。
「…それじゃ…私…ご飯…行くね…また…後で…。」
悪寒に震える俺達にまるで構わず、舞さんはスマートフォンを握ったまま人混みへと消えて行った。
「ははは…ブラコンな女子も随分見て来たけど、あのレベルは初めてだわ~…。」
「それだけ大切な弟君なのでしょう。少しでも早く見つけて差し上げなければなりませんね。」
「…だな。」
ごく短くも重さを伴った返事に、俺だけが兄を見やった。
「…さ、こっちも解散しよう。聞き込みもしてやらないとだけど、折角だし祭りも楽しませて貰おうな。」
「お~し!そんじゃまず、射的に突撃するかな~!」
「お、良いな。久し振りに見物させて貰うぞ。」
「オレも、一緒に行かせてください。」
俺を除いた男性陣が固まり、小走りで移動する。
「ねえ、風くん。一緒に回ろうよ。」
「おお、良いぜ。」
「月さんも、一緒に行きませんか?」
「お誘い頂き大変光栄ですが、今回は舞さんに同行させて下さい。色々と、お話を伺ってみたいのです。」
「そうですか。分かりました。」
氷華に見送られる中、お辞儀をして立ち去った魅月さんの背に、安堵を覚えていた。
まだまだ信じて良いか分からない舞さんには、監視を付けておいて損はない。
そしてその役目には、疑念を隠すのが下手な俺より、穏やかな物腰で警戒を抱かれにくい魅月さんの方が適任だ。
「…さて、まずは飯にするか。」
「さんせーい!…けど、どこにしよっか?」
「いらん冒険してスベってもかなわねぇし、無難に焼きそばとカレーで行こう。」
「あはは、風くんってばホントにその組み合わせ好きだね!」
「ん、嫌か?じゃ、飯は別々に…。」
「ああ、イヤなわけじゃないよ!ボクだって焼きそばもカレーも好きだもん!」
「なら、とっとと行くぞ。」
ポケットに手を突っ込み、目当ての屋台へ向かって歩を進める。
「食べ終わったらヨーヨー釣りで勝負しよ!去年の借り、返してあげるよ!」
「ふっ。上等だぜ!」
いつしか村人達の浮かれようを煩わしく思っていたのも忘れ、非日常の賑わいを心底楽しんでいた。
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