王城の選定試験

黒い屋根瓦。

雄々しくそびえ立つ本丸。

その隣に鎮座する二の丸。

頑丈な城壁。

陽光を受けて煌めくお堀。

人工物でありながら周囲の桜の木々と馴染み、独特の風情を感じさせる城が、そこにあった。

「うわ~…かっこいいなぁ…。」

「ああ。威風堂々ってやつだな~。」

4月28日、午前8時20分。僕達はファラーム城にやって来た。

ティグラーブの情報によると、宝石好きで知られるアルス=ウィネス王子が何者かに攫われてしまったらしい。

王子の姉にして教育係でもあるシヴァ姫が自ら捜索に赴こうとしたが、封殺者門下でも指折りの使い手である彼女は城や街の守りを担う身。身内の安否が問われる状況でも、不用意な外出は許されなかった。

兵士達を派遣する案も同じく防衛に支障が出るからと却下されたシヴァ姫は、王子を捜してくれる者を城の外から募集してほしい、誰も現れなければその時は何と言われようと自分が1人で出ると言い出した。

ただし志願者は試験として、シヴァ姫と1対1で手合わせを行う必要がある。王子を攫った犯人の出方によっては荒事も十分起こり得るのだから、ファラーム最高の使い手と同格かそれ以上の実力は欲しいという訳だ。

アルス王子を無事連れ帰れば王室に縁ができ、彼が持つカオス=エメラルドの欠片を譲ってくれと頼む位は造作もなくなる。

仲間達の決断は、受験一択だった。

「…うーん…。」

氷華君や紅炎達がファラーム城に見入っている後ろで、僕は思わず首を捻った。

「どうかしたか?」

「…風刃は、見覚えないか?」

「見覚え?ここにか?」

城を指差して問い返す風刃に、短く頷く。

「何言ってんだよ。初めて来た場所なのに、見覚えなんかある訳ねぇだろ。」

弟からはすぐさま、呆れ笑いが返された。

「…そうか…じゃ、気のせいか…。」

「そうそう。どうせ、既視体験とかいう奴だよ。」

こちらの疑問を全く気に掛けず進む風刃や仲間達の後に、ひとまず自分も続く。






辿り着いた城門には、色とりどりの宝石が踊る豪華な桃色のドレスを着込んだ金髪碧眼の若い女性が佇んでいた。

彼女の後方には、2人の兵士もいる。赤を基調とする鎧兜と槍、そして青い瞳の乗った顔が、いずれも鏡に映した様にそっくりだった。

「…シヴァちゃん…おはよう…。」

「あら、舞さま!ご無沙汰しております!」

舞の気軽な挨拶に、シヴァの瞳が輝く。

「…うん…久しぶり…元気そうで…良かった…。」

封殺者の師範代と門下生としてだけでなく、友人としても付き合いは長いという2人。

都合が折り合わぬ日が続き、対面するのは数ヶ月ぶりらしいが、友情に悪影響は何ら見られなかった。

「…アルスくんのこと…聞いたから…試験…受けに来たよ…。」

「まあ、本当ですか!?ありがとうございます!」

シヴァは両の手を合わせて、弾けるような笑顔を見せた。

「なあ、お姫様。他に志願した奴はどこかな?もうみんな、合格しちまったの?」

「いえ、御参加下さったのは皆さまが初めてですが。」

あっけらかんと答えるシヴァに、全員が滑りかけた。

「…受付、9時までなんだろ?ぼちぼち残り時間半分で、うちらが初めてって…。」

「…シヴァちゃんが…試験官なんか…やるから…みんな…辞退…しちゃったんだよ…きっと…。」

「そうでしょうか…?」

シヴァ本人は苦笑するばかりだが、恐らく舞の見解が当たりだろう。

師との間にこそ小さくない開きがあるようだが、それでも十分に人並み外れたものを秘めている気配が感じ取れる。

「それにしても舞さまがいらっしゃったのでは、試験を行うなど無礼な上に時間の無駄ですね。」

「…でも…まだ…募集は…してるんでしょ…?…私達だけ…試験なしじゃ…後で…誰か…来た時…不公平だよ…。」

「ああ、確かにそうですね…では、お手合わせは舞さま以外のどなたかにお願い致しましょうか。」

「じゃ、ボクがやります!」

勢い良く手を挙げたのは、氷華君だった。

「ほう。乗り気じゃねぇか。」

「魔界に来てから、あんまりカラダ動かしてないもん。このままじゃ、なまっちゃいそうだからさ。」

「よし。じゃ頼むよ、氷華君。」

「落ちやがッたら、タダじゃ置かねエぞ!」

「上等じゃんか!きっちり合格してみせるよ!」

不信感を露わに煽る駆君に、氷華君は柔軟体操をしながら自信満々に応じる。

「貴女が代表をなさるのですね。お名前は…氷華さま、で間違いないでしょうか?」

「はい!よろしくお願いします、お姫さま!」

「お気軽に、シヴァとお呼び下さい。私共は別段、高貴な家柄ではございませんので。」

「え?でも、お姫様なんですよね…?」

「…シヴァ様。そのお話は別の機会に。」

「今は挑戦者へ、手合わせの説明を。」

門番の2人から促され、シヴァはそうですねと応じた。

「…では、氷華さま。これから3分間で私に一度攻撃を命中させれば、御同伴の皆さま共々、合格とさせて頂きます。特に反則等はございませんので、武器や魄能の使用も含めて、御自由に攻撃をなさって下さい。」

「準備ができたら、シヴァ様の正面に立って構えるように。」

僕等から見て左側に立つ兵士が、金色の懐中時計を手にして告げる。

氷華君は特に準備らしい準備もなく、すぐさまシヴァの前に立った。

「ほう。シヴァ様を相手に、丸腰で良いのか?」

「その気になれば魄能で武器も作れるけど、今やって役に立たなかったら魄力のムダ使いですからね。必要だと思ったら、試合中にスキを見て作りますよ。」

「…なるほど。悪くない判断だな。」

微かな不快感を滲ませて氷華君に問い掛けた右側の兵士だったが、体力の温存を考えての事だと説かれると、納得を見せた。

「双方とも、よろしいか?では…試合、開始!」






時計を持った兵士の合図がなされるや、氷華君はシヴァを目掛けて猛然と突進する。






腹部を狙って右手で拳を放ったが、シヴァは難なく身をかわし、氷華君の背中へ手刀を見舞おうとした。






対する氷華君も鋭く反応し、左手でシヴァの手刀を受け止めた。






「…素晴らしいお手前ですね、氷華さま。」






「ふふ、そうですか?」






「はい。御覧の通り何の変哲もない一撃ではありますが、舞さま以外の方に受け止められたのは初めてです。」






シヴァは素早く右手を引いて氷華君の体勢を崩すと、足払いで彼女を仰向けに転倒させる。






左手でのパンチが胸部に決まると見えた刹那、氷華君は急ぎ伸ばした左足で防ぎ、右手から冷気の波動を放った。






「うっ…。」






季節外れの寒気を浴びたシヴァが、眉を顰めつつ後ろに退く。






無論その隙を、立ち上がった氷華君は逃さない。






冷氷弾れいひょうだん!」






握り拳にした右手から、シヴァを目掛けて氷の弾丸を乱射する。






無数の氷塊から広範囲かつ長距離にわたって襲い掛かられては避ける暇もなく、シヴァはその場に留まっての対処を余儀なくされた。






それでも大小様々の氷の弾丸を、両の手のみで弾き飛ばすだけの技量も見せる。






「ほほ~。両者譲らず、だな~。」

「…確か…氷華ちゃんって…1週間…修行したくらい…なんだよね…?…それで…シヴァちゃんと…互角って…才能…凄すぎない…?」

「シヴァ姫は、どのくらい封殺者の修行をなさっているのですか?」

「…10才の…頃から…だから…もう…丸8年…。」

「そいつは、また…本人には言わん方が良い話だな。」

「だが、それで雪原が勝つッてのも楽観的過ぎるゼ。」

懐疑的な見方をする駆君に、ほぼ全員の視線が集まる。

「確かに悪くねエ競り合いだが、姫サマの方が立ち回りは上ッて感じだ。そもそもあの調子じゃ、時間内にケリが付くかどうか…。」

「…さあ、どうだろうな?」

腕組みしたままの風刃が、目を細めて試合の模様を凝視していた。

「3分で『倒せ』じゃなくて、『一撃入れろ』ってルールだろ?それ位、一瞬の隙を突けばどうにでもなるさ。」

「…ヤツにはそれができるッて思ってる訳か。」

「思わなきゃ、誰も任せやしねぇだろ。あいつだって、できる保証があるから名乗り上げた筈だし。」

「ふっ。人間不信にしちゃ、随分な信頼だな。」

「…信頼って程じゃねぇよ。大見得切っといてしくじるようだったらぶった切ってやるってだけだ。」

努めて冷たく吐き捨てながらそっぽを向いた弟に、そんな必要ありませんようにって一番願ってるのは誰なんだろうなと言いそうになったが、控えておいた。






氷柱槍ひょうちゅうそうあられ!」






上空へ跳んだ氷華君が冷気を宿した右手を横薙ぎに振るい、夥しい氷の槍を降らせた。






先の氷の弾丸より素早い鋭利な氷塊の群れにシヴァは背を向け、回避に専念する。






その行く手には、着地した氷華君が先回りしていた。






「は…!」






「氷衝波!」






先程より更に強烈な冷気の波動で、射程上にあった地面や針葉樹までもが凍て付いた。






ましてや至近距離にいた者などは、と誰もが思ったが。






シヴァは氷衝波が放たれた瞬間、高速で氷華君の背後を取り、手刀で彼女の右腕を打っていた。






「あうっ!」






のけぞった氷華君の左腕を押さえながらのしかかり、うつ伏せに倒れ込ませる。






「…どうやらここまでの御様子ですね、氷華さま?」






「…そうですか?まだ分からないと思いますけど?」






祭りの終わりを寂しがるような面持ちのシヴァに、敗色濃厚の氷華君が不敵な微笑みを返す。






見るとその右手は何時の間にか小太刀そっくりの形をした氷塊を握り、地面に突き刺したところだった。






「あ…!」






氷華君の最後の一手を理解したシヴァだったが、最早何もかもが間に合わない。






円柱状の冷気が空高く立ち上り、2人は揃って氷の中へと封じ込められた。











「…まさか、あんな攻撃を仕掛けるとはな。」

金色の懐中時計を持った兵士が、驚きと呆れの混ざった調子でこぼす。

その文字盤は、試合開始から1分20秒進んだところで止められていた。

「…もしかして、ズルい手だったからやっぱり無効試合とか言う気ですか?」

「いいえ。」

唇を尖らせた氷華君にシヴァは穏やかに微笑み、ゆっくりと首を横に振った。

「こちらが反則なしと取り決めた以上、何も異議はございません。氷華さま達は、合格とさせていただきます。」

「やったー!」

「おっしゃ~!ナイス、ヒョウ嬢~!」

「…頑張ったね…氷華ちゃん…!」

「よくやったな。」

「えへへ…。」

紅炎と舞と風刃から立て続けに褒め称えられ、氷華君は照れながらも嬉しそうに頭をかいていた。

「―へえ。やるもんだね、お嬢ちゃん。」

そこに、長身の女が現れた。

頭が舞と同じ高さにあり、背中には身の丈ほどの大剣を備えている。

赤い髪は短くまとめられ、身にまとう西洋風の鎧は一面の純白。

黒い両目は燃え上がるような熱さを帯びており、好戦的な印象を抱かせた。

「実力者って評判のシヴァ姫から、一本取っちまうなんてさ。」

「貴女も、シヴァさんとお手合わせに?」

「ああ。…姫様には連戦になるけど、お相手を頼めるかい?」

「はい、喜んで。では、まずお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

「メイル=バート。しがない流れの傭兵さ。」

女戦士は、余計な気負いを感じさせない自然な動きで大剣を握り締めた。

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