変り種の練磨
「魄力とは本来、魂の奥深くに宿る力だ。体外に向けて放つには、まず肉体の表面までこれを呼び覚ます必要がある。それ一つ成せれば、魄能の発動や身体能力の飛躍的な向上等、普段は望めぬ力が発揮できる。」
最初から辛く激しいものになると予想していた修行は、蓋を開けてみれば地味な講習から始まった。
「具体的にどうすりゃ、魄力ッてのは出て来るンだ?」
「単純だ。精神を集中するだけで良い。強く、深く、しかし
「強く、深く…けど、力まずに…。」
変異種になったばかりの駆君は初歩から学ぶ身であったが、飲み込みが速い。
開始直後こそ、魂魄に秘められた力を引き出すのに最短で10分、長ければ30分を要していたのだが。
「…よし!霧雨、タイムは!?」
「…6秒03。」
「チッ…なかなか5秒台に乗らねエな…。」
霞の指導を徹底してなぞった甲斐あって、3時間後には別人の如くに慣れていた。
「いやいや、十分すげえっしょ~。俺様なんか、魄力いじるようになったの高1の時だったけど、今のクー坊くらい慣れるのに1日か2日はかかったぜ~。」
「うぇ~。そんなこと言ってたら、天くんが素質あるってことになっちゃうじゃないですか…。」
「良いだろ、別に…。」
座禅を組んで精神集中をしていた風刃が、苦笑交じりに呆れた。
「…で、この状態になッたら異能…あア、魄能だッたッけか。そいつも使えるようになるンだッたな?」
「うむ。ただし魄力とは異なり、魄能は先天的に有していなければ扱えん。自らがどちらに類するかは、平時には扱えない力や起こり得ない現象が、魄力を解放した際に確認できるか否かで判断するのだ。」
「…じゃ、俺の魄能も生まれつきあったって事か?こんな、化物みてぇな力が…?」
異様な力が後天的にではなく、元々備わっていたのだと突き付けられては、気分も悪くなる。
風刃などは、特に強く衝撃を受けていた。
「魄能が疎ましいのならば、カオス=エメラルドを集め切り、消し去ってくれと願えば良い。そのための修練ではなかったか?」
「…そうだったな。」
しかし、霞から諭されると、たちまち思い直したのであった。
「変わり身速い奴。」
「ハハハ…で、霧雨よ。普段起こらねエ事が起こるかどうかッて、どンな風に確かめるンだ?」
「そのまま、思う様に肉体を働かせてみろ。魄能を有していれば、必ず何かが起きる。」
駆君は拳や蹴りを幾度も打ち出し、その場で跳躍を重ねてみる。
ただ、特筆すべき変化は見られない。
「何だ、オレには魄能はねエのか…チッ。」
ところが、つまらなさそうに足元の小石を蹴り飛ばしたと思った矢先。
その余波で、地表に亀裂が走った。
「げッ!」
「うわーっ!」
人間を呑む程の大きさではないが、それでも一目で脳髄に飛び込んで来る位には鮮明。
ひびを刻んだ張本人と、被害範囲の側にいた氷華君が、思わず腰を抜かしていた。
「軽い衝撃で地割れを起こしたか。どうやら貴様には、大地の力を司る魄能があったようだな。」
「ハハ、なるほど…地面がオレの味方ッてワケか…頼りになりそうだゼ…。」
「へたっぴな使い方したら、一発で自滅しちゃいそうだけどね…。」
両人共に声を震わせながら、辛うじて立ち上がる。
「では、本日はこれまで。明日は、魄能をより強化する手段を伝えよう。」
山に刻まれた傷を麗奈が癒している中で、初日の特訓はお開きとなった。
4月18日の火曜日、午前9時。
樹王山の頂に到着するなり、風刃の手に木刀が押し付けられた。
「如何なる魄能も、何らかの道具に宿してから放つことで、丸腰で放つよりも数段強力となる。」
「…んな馬鹿な。」
「疑うならば、比較してみろ。まず、素手で風を撃って、あの樹を破壊できるか?」
風刃が無言のままに開いた右手を前方へ伸ばすと、その先にあった大木は轟音を立てて割れた。
「ふむ。…では、本番だ。木刀を手にしたまま、魄力を解放しろ。その木刀も身体の一部と念じて、魄力を行き渡らせるのだ。準備を終えたら、あちらの木を斬ってみせろ。」
「…さっきから平然とやってるけど、これって思い切り環境破壊だよな?訴えられたらどうしよう…。」
「何、昨日みたく麗奈に治して貰えばセーフだよ。」
「お任せください!」
「…頼もしい。」
魄力を解放した風刃が木刀を振り下ろすと、掌一つで放たれたものとは段違いの突風が吹き荒れる。
その一撃は、狙いを定めた樹木は勿論、後方にあった木々までも、4本程切り裂いた。
幹や枝どころか、葉の一枚すらも残さずに。
「どわ~!!」
「すっごい…!」
「
余りの威力の格差に、誰もが仰天する。
技を繰り出した風刃自身も、呆然としている始末だった。
「これで、得心しただろう。付言すれば、同じ力を込めた同じ所作でも、技名を与えると更に強力になる。」
「…自分で技作って、自分で名前付けろってことか?」
「その名を口にしながら使用すれば、尚良しだ。」
「すげぇイタい奴だな、それ…。」
「拒むのは勝手だが、これを怠れば発する魄力は著しく弱まる。戦に臨まんとする者が左様な気構えでは、下らぬ拘りのために命を落とす破目に遭うぞ。」
淡々と発された重い警句に、自分達が踏み入った道の過酷さを改めて認識する。
その後、各々が羞恥を乗り切って技の開発を成したところで、2日目は散会とした。
「魄能というものは、万人に共通する特性が然程多くない。伝えておくべきことは、昨日まででほとんど伝え終えた。」
「あれま。となると、今日からは?」
「いよいよ、魄力を伸ばす頃合だ。基本を振り返るが、魄力とは魂魄に宿る力。その魄力を高めるには、魂魄の強度を鍛えるほかない。」
「魂を鍛えるって、どうすればいいの?」
「単純だ。魄力を適度に発しながら戦えば良い。無闇に魄力を発すると肉体が疲弊し、骨折や臓器の損傷といった反動を受ける危険があるが、加減を誤らなければ、魂魄は目覚ましく強化される。」
「へエ。筋トレみてエなイメージでいいのか?」
「左様。では、早速開始しよう。」
4月19日の水曜日、3日目の鍛錬からは、仲間内での実戦が繰り返された。
「
「
木刀からは虚空すら裂く風の斬撃が放たれ、手掌からは炎をも凍てつかせる冷気の波動が飛び出す。
激しく衝突しながら、どちらもなかなか衰える兆しがない。
「しぶといじゃねぇか!なら、もう1発―」
空けた左手で追撃を入れようとした時、氷華君が地を蹴った。
瞬く間に風刃の背後へと回り、氷をまとった右手の拳を撃ち出す。
「ボクの勝ち…あうっ!!」
だが、幕を引くのは、風刃だった。
氷の拳骨を受けるより僅かに速く、左肘を氷華君の腹部にめり込ませたのだ。
「うあっ…く…。」
氷華君は力なくよろめくと、仰向けに沈んだ。
「ふう、危うくやられるとこだったぜ。まだ油断が抜けてねぇな…。」
「う~、くやし~…。」
「
「
「
岩を砕く拳。
光を帯びた薙刀の一撃。
炎の弾丸。
三方向から迫って来た攻撃を、上空へ飛んで逃れる。
「もらった!」
紅炎と麗奈が跳躍して追随し、駆君が地を殴って岩を打ち上げて来たところで。
「はっ!!」
「だ~っ!」
「うっ!」
「ぐアッ!」
地上を目掛けて右手で風を叩き付け、3人をねじ伏せた。
「ちくしょ~!やられちまったわ~!」
「御見事です。私程度では、まだまだ足元にも及びませんね…。」
「同感だ…流石ですよ、嵐刃サン。」
「何言ってるんだ。こんなんじゃまだまだだろ。もっともっと、強くならないとさ。」
「…へへ。ダルくなってきたからちょっとサボろうかと思ってたのにな~。」
微かな諦観を含んでいた紅炎達の疲弊が、途端に拭い去られる。
「一番の腕利きにそんな事言われちゃ、燃えねえ訳にいかねえじゃねえのよ~!」
1対1の手合わせや、3人以上ないし霞も含めた7人全員での乱戦を積み重ねる内に、皆の魄力はめきめきと上がって行った。
4月24日の月曜日、午後8時。
「
霞が技を発動すると、その影が人型を成し、更に6体に分裂した。
「…目くらまししたり、影が生き物みたいになったりで、ワケわかんないや…霧くんの魄能って、何なの?」
「その問いには答えんぞ。己が力を自ら明かすなど、愚の骨頂だ。」
「む~、用心深いなぁ。」
「まあ、どんな魄能でも良いさ。こいつらなら、楽勝だぜ。」
「…参考までに伝えておくが、この影共は、単独で10匹の
「あらま。…それ、言わねえ方が良かったな。」
「ああ。」
苛立ちを滲ませた霞の前置きに、恐れる者はいない。
僕も、紅炎も、氷華君も、風刃も、麗奈も、駆君も。
生物と化した霞の影に肉薄すると、気軽に放った一撃の下に、敵を消滅させた。
「…成程。勇ましい口を利くだけの力量は備わっていたようだな。」
腕組みをしていた霞が唇の端をごく僅かに持ち上げ、短い拍手をした。
「見事だ。この分ならば、カオス=エメラルドの捜索を開始しても構うまい。」
「よし!」
「やったー!」
「…本当に、もうよろしいのですか?」
「俺様達、まだまだ未熟なんでねえの?」
風刃や氷華君が喜ぶ一方で、麗奈と紅炎は慎重さを崩さない。
「否定はできんが…さりとて、鍛錬に鍛錬を重ねれば常に無敗を誇れるというものでもない。一度相対しなければ、対抗策を見出せない敵も存在するのだからな。加えて、先日現れた青い肌の
「…くー…すぴー…むにゃ。」
「あら、氷華さん…。」
「よく突っ立ったまま寝られるな、こいつ…。」
「まア、今回は分からねエでもねエがな。無駄に話が長えしよ。」
「…無駄…。」
心外そうにこぼすものの、反論をしないのは、本人も自覚する所があっての事か。
「こら、起きろ!」
「…へ?…ああ、ごめん…ふぁ…。」
風刃に肩を叩かれると、氷華君は右手で口元を隠し、声を殺しながら欠伸をした。
「…時刻も遅い。出発は、日を改めることとしよう。各々、身辺整理も必要だろう。」
「ああ、そうだな。」
「丁度良いや。
「賛成だけど…お願いごとが叶う宝石を探しに行きます、って言うの?」
「その辺はぼかしながら。はっきり言ったら、頭おかしくなったと思われるわ。」
「元々おかしいけどな。」
「ちょッと、嵐刃サン…。」
「…ふっ。そうだな…。」
「…では、貴様達6人が揃って動ける折、再度この場へ集合して貰う。その足で、カオス=エメラルドの捜索を開始するのだ。」
自嘲に満ちた笑いで場の空気が重くなりかけたが、話題は上手い具合に変更される。
「ああ。分かったよ。」
「行先等の詳細は、当日に回そう。…僕は無駄に話の長い男なのでな。」
余分な一言を残すと、霞は空間に溶けるようにして姿を消した。
「…あれで、気にすることは気にするんだな…。」
「どっちかっつーと、根に持ったって感じだけどな~。」
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