集う変り種
4月17日の月曜日、14時25分。
「まッたく、蒼空のいる所にテメエありッてか?完全にストーカーだな。」
「だれがストーカーだよ、失礼な!!つけ回してるって言うなら、キミの方でしょ!」
樹王山の頂に到着したところ、駆君と氷華君の口論に出くわした。
「はは~。盛り上がってんね~、おふたりさ~ん。」
「これは、争っていると言うのでは…?」
苦笑いを浮かべてお淑やかな突っ込みを入れたのは、高校時代からの仲間である
背中にまで届く煌びやかな金髪と、理知を漂わせる双眸が、心根の清楚さを表している。
日頃から好んで身にまとう白のブラウスと黒のスカートも、その印象を強めていた。
「あ、嵐兄さん!紅さんも!」
「やあ。」
「おっす、ヒョウ嬢~。」
「嵐刃サン、お久しぶりです!お変わりありませンか?」
「ああ。駆君も元気そうだね。」
「そりゃア、もう!こう見えても、早寝早起きが信条なモンですから!」
「うわっ。不良キャラのクセに、ムダに健康な生活してるんだ。…似合わないの。」
「黙れ、アホ!!」
「何さ、バカっ!!」
折角中断された諍いが、早々と再燃してしまう。
仲が良いんだなと、告げようとした時。
2人を目掛けて、不自然な突風が吹き抜けた。
氷華君が右頬に、駆君は左頬に、切り傷をこさえる。
「いたーっ!」
「ぐアーッ!」
―面合わせるなり揉めんなって言っただろうが。客まで来てるってのに、みっともねぇ…。
患部を押さえる両者に、樹王の後方から、抗議の声がする。
面持ちに辟易を露わにした、制服姿の風刃だった。
「…いつお家におジャマしても兄弟ゲンカしまくってるヒトに言われたくな…ごめんなさい何でもありません!!」
氷華君は追加の拳骨を受けそうになったが、全力の謝罪により、辛うじて回避した。
「よう。」
「…ふん。」
努めて平静を保ってはいるが、明後日の方向へ逸らした目には、誤魔化しようのない暗さがあった。
「…学校のこと、氷華君から聞いたぞ。」
「だろうな。そうでもなきゃ、このタイミングで来やしねぇだろ。」
「何か、言う事は?」
「…自分って…自分で思ってたより、ずっと馬鹿だった…それ位かな…。」
微かに混じった弱弱しい笑いに込められたのが自嘲なのか疲弊なのかは、判断を付け難い。
「出て行ったら碌なことにならないって、分からなかったのか?」
「分かってたさ。氷華と天城にまで忠告されたしな。」
一拍置くと、なのに野次馬のままでいられなかったと俯いた。
「自分でも何で大人しくできなかったんだか、さっぱり分からねぇんだ…見て見ぬ振りした方がずっと得だって、頭で考えまでしたのにさ…。」
「…そうか。じゃ、この話はお終いにしとこう。」
本人にも説明できない理由をしつこく問い質したところで、得られる結果は時間の空費だけ。
今最も確認するべきは、別の点だった。
「で…学校すっぽかしてここに来たってことは、腹が決まったんだな?」
「…ああ。カオス=エメラルドを集める。他の奴とやり合うことになっても集め切って、普通の人間に戻ってやる。それ位やらなきゃ、とても学校に戻れやしねぇからな。」
拳を握り締め、顔を上げた風刃の瞳は、揺るぎない決心に満ちていた。
「よし、分かった。それじゃ、兄ちゃんも付いていくわ。」
「…え、何で?家で留守番しててほしいんですが。」
「馬鹿。独りでカオス=エメラルドなんか集められる訳ないだろ。それに、万一できたらできたで、お前しか普通の人間に戻れんだろうが。」
援軍が必要というのも、異端者を卒業したいというのも、勿論本音ではある。
だがこれには、お目付け役を買って出るための方便も含めていた。
一度原因不明の突飛な真似をしでかした弟なら、同じ愚を犯し得るから。
「この超絶天才兄上様が同伴してやるんだ。有難く思え。」
「…ああ、そう。」
水色の髪をかき上げながら言い聞かせると、弟は諦めを露わに嘆息した。
「…ところで、皆はどうする?」
「ボクも行きます!天くんじゃないけど、他に普通の人間に戻る方法なんて、心当たりないですから!」
「オレも、例の宝石を集めに行きます。このダサイ鼻、元に戻したいンでね。」
「…お前らは今のままでも学校行けるだろ。別に無理してカオス=エメラルド探さなくたって…。」
「おとといも話したでしょ。雪女とか言われるの、もううんざりなの。…それに、カラダ張って
「そこに関しちゃ、同感だ。普通の人間だッたら一発で英雄扱いしてやがッただろうに、テメエが変異種ッてだけであの騒ぎと来た。」
ケッ、と忌々しげな舌打ちが入る。
「そンなふざけた連中のツラなンぞ、当分見たかねエ。その点、宝石探しは一石二鳥ッてモンよ。」
「…まあ、好きにしな。」
双眸を閉ざして投げ込んだ、無愛想なはずの応答は、妙に穏やかだった。
「俺様も行くぜ~。かわいい後輩達が頑張るのに応援しねえとか、先輩の威厳死んじまうしさ~。」
「私も、御一緒させていただきます。」
「そうか。じゃ、全員参加だな。」
1人や2人は手を引いてもおかしくないと覚悟していたが、取り越し苦労に終わってくれたのは大変に有難かった。
「…ところで、今さらなんですけど…お姉さん、どちら様ですか?」
「あ…申し遅れました。私、魅月麗奈と申します。嵐刃さんや紅炎さんとは高校の同級生で、今も親しくしていただいているんです。」
「へぇ…それじゃ、おふたりと同い年なんですね。…18…で…。」
唐突に舌の動きが鈍くなったと思うと、氷華君の視線は、麗奈の胸元に突き刺さっていた。
際立って巨大ではないが、平坦と評するには大いに無理がある。とりあえず水着等で肌の露出を増やした折、小学生に間違われる可能性はないだろう。
そんな如何わしい観察記録を脳内で作り上げているのが、容易に察せられる。
風刃が自重を促そうと右肘で
「…あの…。」
「…はっ!」
頬を赤らめた麗奈に声を掛けられると、漸く我に返った。
「あ、あっ、ごめんなさい!ムネが…じゃなくて、初対面だからってじろじろ見ちゃって…!」
「いえ…。」
それきり沈黙した両人に、風刃が咳払いをしつつ、入り込む。
「…初めまして、魅月さん。嵐刃の弟の、蒼空風刃と申します。」
「はい。初めまして、風刃さん。」
お互いに深々と頭を下げた後には、麗奈の補足が続いた。
「あなたのことは、以前から嵐刃さんや紅炎さんのお話で伺っておりました。お目に掛かれて、嬉しく思います。」
「はは、どうも。…えっと…失礼ですが、カオス=エメラルドを探しに行くということは、魅月さんも変異種…ですよね?」
「はい。私は、魄能という力を持っている部類でして…。」
麗奈が徐に精神集中を行うと、彼女の両手に白い光が灯る。
2つの手が氷華君と駆君にかざされると、彼らの頬に付いた裂傷が、痕も残さず消えてなくなった。
「…このように、程度の軽い怪我であれば、道具なしで治療ができます。」
「…すごい…!」
「こいつは助かるゼ…!アンタ、普通の人間に戻らねエ方が良いンじゃねエのか?」
「…以前、この力で知人を治療した際、ひどく気味悪がられたんです。『魔女』と呼ばれたり、避けられるようになったり…。」
癒えた顔を撫でる2人に称えられても、麗奈は悲し気に首を横に振るだけだった。
「人の為に使っても喜んで貰えない力なら、なくていい…そう思っていたもので、今回の宝石探しのお話を耳にして、心はすぐに決まりました。」
なおも勿体ないと口にしたそうではあったが、氷華君も駆君もぎこちなく首肯し、納得を示した。
「御二方は、風刃さんの御友人ですね?」
「はい。ボク、雪原氷華といいます。よろしくお願いしますね。」
「天城駆ッてモンだ。よろしく。」
「あ、いけね~。お前さんとは初めましてだったね~。」
「あア。そういや、アンタは?」
「俺様、陽神紅炎ってんだ~。嵐刃の昔馴染みで、魅月嬢と同級生。でもって、フウ坊とも昔からつるんでんの。」
「フウ坊…?」
「風くんのこと。紅さんが男子にあだ名つけると、だいたいこうなるんだって。」
「へエ。けッたいな名前もらッてンだな。」
「お前も貰ったら?」
「遠慮しとくわ。」
「ありゃ。不評っぽいな~…でもまあ、同じ奴等の友達同士だ。せっかくだから仲良くやろうぜ~。」
「ハハ、何だか軽いダンナだな。まア、よろしく頼むゼ。」
あくまで陽気な紅炎に、駆君が苦笑いで応じる。
これにて、揃い踏みした仲間の顔合わせは完了した。
「さて、それじゃ修行とやらを頼むとしようか。…あれ?」
今更になって、目的の人物が居合わせていないと気付く。
辺りを見回しても、気配さえ感じなかった。
「風刃、霞はどこだ?」
「…いるぜ。さっきからずっと、ここにな。」
不快感に目を細めた風刃が前方を目掛けて、右手から風の弾丸を射出する。
それは生物や植物にではなく、何もないはずの空間に衝突し、炸裂した。
―ほう。基礎を仕込んだだけで、斯くも伸びたか。一層、望みが強くなったな。
吹き荒れた烈風が収まると、黒ずくめの少年が出現する。
「そんなことより、ずっと盗み聞きしやがって。趣味が悪いぞ。」
率直な称賛にも、顰められた風刃の眉は緩まない。
「聞こえの悪いことを言うな。貴様等が僕に勘付かず、無防備に喋っていただけだろう。」
「何だテメエ、盗み聞きしといて逆ギレかよ。噂通りの嫌なヤローだな。」
「…貴様、僕のことをどのように語った?」
「別に?『いきなり樹王山に湧いて出た偉そうな黒ずくめの変人』って、言っただけだぞ。」
悪意に満ちた人物評に、霞は一言の物言いもつけず、ただ両目を瞑って押し黙った。
「感心しないけど、聞いてたなら話は早いな。…霞。カオス=エメラルドを集める事にしたから、修行を頼むよ。」
「決して楽な鍛錬ではないが、それでも本当に挑まれるか?」
「当たり前だ!今更引き返すかよ!」
「承知した。それではこれより、魄力を扱うための修行を積んで貰おう。」
斯くして僕達は、普通の人間に戻るための異様な日々へと足を踏み入れたのだった。
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