決断の日1

「はあ…。」

「何だよ、溜息なンざ吐きやがッて!年寄り臭えぞ!」

4月17日の月曜日、13時10分。

人通りの少ない武道場の前で座り込んでいたところ、2年3組所属の天城駆あまぎかけるが現れた。

リーゼントに固めた金髪、双眸を覆うサングラス、両耳に黒い十字架のピアス、制服のボタンは全開と、時代錯誤な格好は本日も健在である。

鼻に白色の絆創膏を貼っているのは真新しい変化だが、大方この3日ばかりの間に何処かで取っ組み合いでもやらかしたのだろう。

「放っとけ…現場見た訳でもねぇ奴等にあれこれ騒がれまくって、ストレス溜まってんだ…。」

「現場…?もしかして、土日に樹王山に行ってたッてのはマジだッたのか?」

「…他の奴には言いふらすんじゃねぇぞ…って、今更か…。」

口を滑らせたと悔やんだのも束の間で、次にこぼれたのは、腹立ちと疲弊の混ざった苦笑いであった。






あの2日間の出来事は、ニュースで盛大に取り上げられている。4人の死者が出た上、犯人は変異種の集団。しかもどういう訳か、通り魔達も犠牲者達の遺体も忽然と姿を消したとあって、世間は臆測と噂話で大騒ぎとなっていた。

その波が今朝、俺にもやって来た。教室に着くなり、クラスメイト共に通り魔の真犯人呼ばわりされたのだ。

何を言っているのかと怒鳴れば、樹王山でお前を見た奴がいるらしいと返され、どいつがそんな事を言ったと訊けば、誰かは分からないがとにかく変異種なのだからお前が怪しい、ニュースはお前が流したデマだろうと口々に言う。

「無実ならアリバイとかあるっしょ!証明してみなよ、バケモノくん!」

「こっちが何言おうが信じる気なんかねぇだろうが!証明なんてほざくならてめぇらこそ、俺が殺しをやった証拠でも出してみやがれ!」

捜査の権限も心得もない民間人が、しかも犠牲者達の遺体も行方不明になっている中で証拠など出せる訳もなく、場は片付いた。

しかし、言い知れない気持ち悪さは残る。

事件の際、俺や氷華以外に海園中学校の関係者など見当たらなかったのに、誰が目撃していたのだろうか。

それに、何を目当てに言いふらしたのかも読めない。ただ俺に嫌がらせをしたいだけにしては、手口が巧妙な上に大掛かり過ぎる。今まで俺に因縁を売っていなかった奴が新たに参戦して来たのか、それとも陰に隠れて物を投げつけるといった単純な真似しかしなかった連中が急にずる賢くなったのか。

考えても答えは出ず、もやもやとさせられるのみだった。






「何でエ!あンな騒ぎになッたのにオレを呼ばねエとは、随分と冷てえじゃねエか!」

「いや…そりゃお前は喧嘩強ぇけど、相手は変異種だったんだぞ。普通の人間じゃ―」

「…そう思うなら、これ見てみやがれ。」

天城は不愉快そうにぼやくと、白い絆創膏を剥がす。

当然に肌色の鼻が露わになるものと思ったが、実際に姿を見せたのは全体的に小さく、真っ黒な物体。

平たく言うと、犬の鼻だった。

「ははははははは!!!」

「笑うな!!!」

「いやでもお前、案外似合って…!はははははは…!!」

「何だとコラ!!!」

拳を握り締めて怒りを示す天城に軽く両の手を合わせ、必死で笑いを押し殺した。

「…それにしても、お前も変異種になるなんてな…何時からそうなった?」

「正確には分からねエ。3日前の晩までは何もなかッたが、一昨日の朝に鏡見たら、もうこのザマだッた…。」

「突然変異か…本当に訳分からねぇな…。」

掛ける言葉に迷い、ただ俯いた。

「だが、こういう格好になッたッてことは、変異種相手でもケンカできるようになッたはずだろ?なのにオレは仲間外れなンて、差別じゃねエか!」

「そう言ってくれんなよ…連絡先分からねぇんだし、どの道呼びようがなかったろ。」

「だッたら、携帯契約しろよ!」

「…前にも言ったろ。うちには親がいねぇんだ…。」

「ア…。」

今度は天城が、ばつが悪そうに視線を外して頭を掻く。

「…悪かッた…。」

「…いや…あ、そうだ。お前も変異種になったなら、話しとくかな。」

「ン?何をだ?」

「普通の人間に戻れるかもしれない話。…すげぇイタくて、胡散臭ぇけどな。」

「…とりあえず聞いてみてエ。頼むゼ。」

求めに応じて、この2日間の出来事を語った。

カオス=エメラルドについては、特に時間を割いて。

「…なるほど。流石に、その霧雨ッてヤツの作り話じゃなさそうだな。」

「ああ。俺も、一緒にいた連中も、そう思ってる。」

「なのに、決心が付いてねエッてのか?」

鈍重に頷き、右手に乗せた緑色の石を凝視する。

「やっぱり、本当かどうか怪しいしな。こいつで願いを叶えた奴もいるって話だけど、自分でそれ見た訳じゃねぇし…おまけに山で暴れた連中みたいに、こいつ欲しさで実力行使する奴も大勢いるらしいし…。」






「おーい、風くーん!」






話に一区切りが付きそうであったところに、氷華が接近して来た。

「…あっ!!」

「テメエ…!!」

氷華と天城の視線が、正面衝突する。

間が悪いなと呟くよりも、先に。

「何でキミがここにいるんだよ!!!」

「あア!?仲間ツレにツラ合わせるのは当たり前だろうが!!!テメエにとやかく言われる筋合いはねエぞ!!!」

「いつからキミが風くんの友達になってたのさ!!去年何しでかしたか忘れたわけ!?」

「そのことなら蒼空にも嵐刃さんにも詫び入れまくッたし、田沼たぬま達もブチのめしたしで、ケジメはしッかりつけとるわ!!」

この2人は、非常に仲が悪い。

それも、出会えば即座に殴り合いの喧嘩も有り得る位に。

最も軽く済む場合でさえこの通りのやかましさゆえ、考え事には至極邪魔である。

「大体その話するなら、テメエこそ何で助け船の一つも出さなかッたンだよ!!」

「だって、風くんから余計な手出しするなって―」

「ええい、黙れ!!!面合わせるなり揉めんじゃねぇ!!!」

負けじと声を張り上げ、口論を中断させた。

「氷華、何しに来た!」

「あ、えっと…昨日のことで、意見を聞いてみたかったの。どう?決心ついた?」

「まだらしいゼ。だからゆッくり考えさせてやりな。」

「…あの、あまくんに答えてくださいなんて頼んでないんだけど!?」

「蒼空だッて、テメエに邪魔してくださいとは言っちゃいねエだろうが!!」

「ジャマって言うならそっちこそ―」

「…本当にうるせぇな、貴様等。抜き身で空中遊泳させてやろうか?」

全身から風を立ち上らせて脅すと、両人ともすぐさま姿勢を正して黙り込んだ。

しかし静かにはなっても、決断はそう簡単に出せない。

普通の人間に戻るためには、異常な戦いへ臨む必要がある。しかしそれを良しとすれば、平穏な生活を手に入れるつもりが、その逆に辿り着いてしまうのではないだろうか。

「…まア、あれだ。期限は今度の日曜日なンだろ?」

天城が右頬を掻き、沈黙を破る。

「だッたらその間考えまくッて、気が向く方に行けば良い。そうじゃねエか?」

「…だな。」

制限時間内で収まれば早々と結論を出せなくても問題ないと気付き、カオス=エメラルドの欠片をポケットにしまった。

「…一応聞いてみるけど、天くんはもう決めたわけ?」

黒く小さな鼻を凝視しながら、氷華が訊ねた。

「あア。霧雨ッてヤローと組むつもりさ。」

「おお。決断早ぇな。」

「他に方法もなさそうだろ?だッたら、賭けるしかねエよ。」

「あー、なるほど。名前が『駆』だから、いちかばちか『賭ける』と…いたーっ!!!」

氷華の脳天を叩き付けたのは天城ではなく、俺の拳骨だった。

「いたたたた…もう、何するのさ!」

「出来の悪いジョークは嫌いなんだよ。人が真剣に悩んでるのに、カス以下のダジャレなんか喋りやがって…。」

涙目で抗議する氷華に、追い打ちをかけていたところ。











ーうわああああああああああーーーーーーーーーーー!!!











「わっ!なに、どうしたの!?」

グラウンドの方角から、恐怖を帯びた叫びが響いた。

「不審者でも出やがッたか!?」

「…不審者…まさか…。」

胸騒ぎが、背中の翼を広げさせる。

「あっ、風くん!」

「蒼空!」

氷華と天城以外に人目がないのを確認すると、そのまま運動場へと飛翔した。

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