希望と迷霧2
「動機は異なっているが、互いにカオス=エメラルドを追う者同士だ。この機会に、同盟を結んでおかないか?」
「…欠片を集めれば願いが叶うってのが本当なら、この宝石を集めたがってる奴なんか、他にも腐るほどいるだろ。何でわざわざ俺等に面と向かって頼むんだ?」
「無論、貴様等なら望みがあると見たからだ。」
風刃の質問に対し、霞の回答は簡潔だった。
「商売柄調べたことがあったのだが、これまでこの宝石によって願いを叶えた者は、ほんの数人ほどだったという。」
「ありゃ。いなかったわけじゃねえんだな。てっきり、今まで1人もできませんでしたってオチかと思ったわ。」
「しかし、破片の収集が容易でないのは事実だ。貴殿等が遭遇したあの
「それだけの力が僕等にはあるって、見てる訳か。」
霞は少し勢いをつけて、首肯した。
「奴等…
「待て。さっきから解説もなしに訳の分からん単語連発してんじゃねぇ。何だよ、その…魄力とかいうのは。」
「魂に宿る力の名だ。変異種であろうとそうでない者であろうと、動植物や無生物であろうと…強弱に相違はあれど、誰もが皆、自らの奥底に持ち合わせている力なのだ。自在に扱うには、相応の鍛錬を要するがな。」
「魂の力!?うわぁ…アニメみたいで、カッコいいなぁ!」
「そう…?リアルの世界で魂の力とかって、結構にやばい奴じゃねぇの?」
「そんなことないよ!むしろ現実の世界で魂の力を使えるなんてスゴイよ、絶対!」
「…まあ、そうかもしれねぇけど…。」
「…それで、手を組むって具体的に何をするんだ?」
琴線に触れたらしき響きにはしゃぐ氷華君と、彼女に引きずられて満更でもなさそうに表情の緩んだ風刃を尻目に、尋ねた。
「貴殿等が願いを叶えた後に、カオス=エメラルドを僕に売却してもらいたい。聞き届けて貰えるならば、彼の宝石を集めるための手助けをしよう。微力ではあるがな。」
「そんなカンタンなことでいいなら―」
「…随分俺等にばっかりお得な話だな。いい加減、怪しいにも程があるぜ…。」
二つ返事で了承しかけた氷華君を遮り、風刃が警戒を露わにする。
「何故、そう感じる?」
「そう感じねぇ方が変だろ。折角の願いが叶う宝石を、ただの石ころになった後でよこせなんて言い出すんだ。変わった趣味してんだな…なんて、あっさり納得できるかよ。」
「れっきとした宝石である以上、宝石商にとっては貴重な品物だ。それだけで、金を払ってでも求める所以には十分だろう。」
「どうだか…。」
風刃は霞の話へ耳を傾ける以上に、自らの手に乗せたカオス=エメラルドの破片を眺めるのに注力していた。
「僕を信用できないと言うのならば、それはそれで一向に構わん。こちらとて、立場が逆であれば、不用意に頷ける取引ではないからな。…しかし僕としては、折角の有望株を早々と断念するのも、困難な相談だ。そこでひとつ、返答を願いたいのだが…。」
前置きをした霞から次に発された一言は、これまでで最も重かった。
「カオス=エメラルドを追うにあたって、命を懸ける意向はあるか?」
「…命を?」
静寂を崩すにも、至極短い鸚鵡返しをするのがやっとだった。
「と言うのも…歴史を紐解くと、この宝石を巡って大規模な争いが幾度も起こったと残されている。それらの戦火に散った命は、数十万人では収まらないとも言われているようだ。」
「あらま…。」
陽気な紅炎でさえ、反応に窮して頭を掻く。
「仮にその説が大仰な流言に過ぎぬとしても、この宝石のために命に関わるまでの諍いが今なお生じているのは、紛れもない現実。そこに生半可な覚悟と力で飛び込もうものなら、結末は知れていよう。」
「…じゃ、もっと魄力っていう力を使えるようにならないとダメってこと?」
「左様。同盟を組んだ場合、そのための修行も僕が相手になるが…どうする?」
風刃が眉を顰め、カオス=エメラルドの破片をジーンズのポケットに納めた。
「…そんな口を叩くってことは、てめぇは俺より強いってのか?」
「試してみるか?」
「そうさせてもらうぜ!!」
誰が制止に入る間もなく、風を宿した右手で殴りかかる。
だが、命中したかに見えた一撃は、虚しく空を切っただけ。
拳が打ち出された時、直前までその軌道にいたはずの霞の姿は、まるで溶けて消えたかのようになくなっていた。
「てめぇ、どこに…痛っ!」
躍起になって周囲を見渡す風刃の脳天に、手刀が繰り出された。
霞は、風刃の背後に出現していたのだ。
「ぐ…てめぇ、どういう速さで動いてやがったんだ…全然見えなかったぞ…。」
「僕は俊敏に動いていた訳ではない。魄能を用いて、目眩ましをしたまでだ。」
患部を右手で押さえる風刃に淡々と告げると、霞は再び樹王を背に立ち、腕組みをした。
「かなりの素質を秘めているが、
「ぐ…!」
歯噛みする風刃を、間抜けと嘲ることができない。
霞の動きを見破れなかったのは、紅炎や氷華君や僕も、同様だったからだ。
こんな有様では、仮に4人で一丸となってカオス=エメラルドを狙っても、失敗に終わってしまう。
「…君に教われば、強くなれるか?命がけの戦いを、生き延びられる位に。」
「その程度までは強くなるよう、僕が伝えられる事を
「ま、そいつはそうだよな~。」
「ただ…天賦の才に頼り切りでは論外だが、貴殿等がその才覚だけで
霞は饒舌になり、色よい返事を引き出そうと迫って来た。
冷静で平坦な口調も、耳を澄ませなければ聴こえないまでに静かな息遣いも不変で、特に身振り手振りも加えられてはいないが、この一押しには明らかに熱が入っている。
「…色々興味深い話を聞かせてくれたことは、感謝するよ。けど、できれば少し…1日でもいいから、じっくり考えさせて貰えないかな。」
だが、軽はずみな決断はできなかった。
普通の人間には戻りたいが、その為に一層尋常でない道に至るのは、恐怖さえ覚える選択だったから。
「賢明な回答だ。では、1日と言わず、1週間ほど貴殿等の返事を待たせてもらう。」
「おっ、結構待ってくれんじゃん。サンキュ~。」
「僕は午後1時頃から同6時頃まで、毎日この山に潜んで修行をしている。同盟を組む気になったなら、その時間帯に足を運んで欲しい。来週の日曜日、午後6時を超えても貴殿等の姿を目にする事がなければ、答えは否であったと判断させて貰う。」
「分かった。もし宝石を集めるって決めた時は、また会いに来る。」
「うむ。縁あらば、また…いや、伝えておかねばならぬ警告が残っていたな。」
霞は踵を返して何処かへと立ち去ろうとしたが、すぐに足を止め、こちらへ向き直った。
「警告?何だよ。」
「先にも見せたように、カオス=エメラルドは破片同士で接近すると、輝きを増す。ゆえに、1つ破片を所持していれば、別の欠片の在処を探るのも不可能ではない。」
「え…それって、つまり…。」
少しだけ声を震わせる氷華君に、霞は風刃の手元を指差し、答えた。
「他に破片の所有者が現れ、貴様の持つその欠片に気付けば、急襲をかけかねないということだ。」
「…なるほど。」
小さな冷や汗を流した風刃は、ただ一言、そう述べるだけだった。
「その危険性も加味して、そちらの御仁が仰せになった通り、熟考を尽くす事だ。…かような話を持ち掛けた僕が口にするのも、奇妙なものだがな。」
霞は空間に溶けるようにして、今度こそ姿を消す。
彼が確かに立っていた土の上には、足跡の一つも残っていなかった。
「…ホントにここにいたのかな、あの人…。」
「…さあな。得体の知れねぇ野郎だぜ。」
「まあ、ひとまず帰ろうや~。考えるのは、ここに突っ立ってなくたってできるしさ~。」
腕時計を確認すると、時刻は16時20分を超えていた。
日差しの色味には橙が増し、流れる風もやや冷たくなり出している。
「…だな。それじゃ紅炎、悪いけど…。」
「おう、俺様の愛車の出番だな~!皆、バッチリ送って行っちゃうぜ~!」
「じゃあとりあえず、
「任せな~!」
「そうだ。せめて麓まで、風で運びましょうか。」
「おお~。いいのか、フウ坊~?」
「はい。相変わらず、不気味なくらい人目がないし。」
「そう言えば人が全然いないのも驚きだけど、封鎖一つされてないのも分からず終いだったな。最悪、本当に切り崩しだって喰らうだろうと思ったんだけど…。」
辺りを見回し、誰にともなく呟く。
「単に通り魔事件があった場所だから、普通の人間には近寄りがたくなったってだけじゃねぇのかな?…まあ何にしても、静かな上に羽も使えて、こっちにしてみりゃ大助かりだぜ。さあ、紅炎さん。俺達に掴まって下さい。」
「いや、紅炎は兄ちゃん1人で運ぶよ。お前は氷華君を運んでやりな。」
「え?運ばなきゃいけねぇの?氷華を?」
「ちょっと、何だよそのリアクション!ボクだけ扱いヒドくない!?」
「いや、やっぱり昨夜の飯の―」
「すみませんでした!本当にすみませんでした!」
風刃がしつこく恨み言を述べるよりも先に、氷華君が素早く流麗に土下座を決めて謝罪した。
幾度も頭を下げているが、大振りな動きで額を繰り返し地面にぶつけてしまっており、かなり痛々しい。
「風刃。いつまでも同じ文句を垂れるんじゃない。」
「…こいつを連れてきた諸悪の根源が何を仰る。」
「氷華君は悪気があって料理に失敗した訳じゃないし、もう十分反省してるだろ。あんまりしつこいと、お前の方が悪者になるぞ。」
「そう言われてもだな…。」
「ゴチャゴチャ言ってないで、氷華君を運んでやれ。そしたら兄ちゃんの晩飯は、弁当で済ませても良い。」
「本当か!?」
「ああ。何なら、プリンくらいはおまけしても―」
「よっしゃ、やってやるぜ!その言葉、忘れんじゃねぇぞ!」
容易く釣れる奴だと思わず唇の端を持ち上げてしまったが、家事の負担を軽減されて気を良くした弟は、構う様子もなかった。
「行くぞ、氷華!」
「えっ、ちょっと…うわっ!?」
風刃が開いた右手を突き出すと、氷華君の身体はふわりと宙に浮いた。
「えっ?ええっ??何、これ!?」
風を操る魄能もなければ、背中に羽がある訳でもない氷華君は、重力を無視して浮遊する自分に戸惑い、四肢を暴れさせる。
だが、風刃の力によって空中に舞った肉体が、彼の意志に反して着地する筈もない。
「うわーっ!風くん、下ろしてよ~!もう二度と料理で失敗したりしないから~!」
「説得力ゼロだな。…まあいいや。とにかく、じっとしてろよ。」
「いや、待っ…心のじゅ…。」
風刃は軽やかに離陸すると、氷華君の哀願を無視して彼女に右手を向け、手招きをする。
「うわあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
すると氷華君の身体は凄まじい速さで滑空し、見る間に樹王山の登山口付近へと到着した。
「おわ~…すげえ勢いだな~。」
「驚いた?」
「ああ。今日は何から何にまで、驚いてばっかしだぜ~。」
「…本当にな。」
天を仰いだまま感嘆しきる紅炎に、疲弊の滲んだ苦笑いを返す。
青鬼に襲われ、欠片同士で合体する宝石を発見し、硬い口調だが態度の尊大な少年から長話を聞かせられた。
世界広しと間々言うが、かように摩訶不思議な体験をする者など、変異種以外にそうはいるまい。
「おっと。車で送る約束だったわ。嵐刃。麓まで運んでくれよ~。」
「ああ、そうだったな。」
空を飛んで下山し風刃や氷華君と合流すると、紅炎の車に厄介になって、各々の自宅へ戻った。
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