1-3. 最後尾

「よぉ、最後尾」


 男は、一房落ちた前髪を片手でかき上げた。長年温めていた言葉を口にしたかのように、満足気にアルノを眺める。アルノはよろよろと冷えた体を起こし、石だらけの水辺に腰かけてようやく思い出した。

 腹だ。ついさっきまで金属片に射抜かれていた腹。シャツの上から触れるだけでわかる。シャツには穴が開いている。しかし、体の傷はもう塞がっていた。


「あ、あの」

「おしゃべりは後だ」


 男はそう言うと、外套のポケットから紙片を取り出した。中を確かめると、アルノに「そこにいろ」とだけぶっきらぼうに言って背を向ける。外套の裾を翻し、空を見上げながら男は川沿いを歩き出す。足元はもう乾ききっていた。足跡は残らない。


 真っ青な空だ。雲一つない、嫌味なほどに青い空。そこに、ほんの一筋の白い糸が降りてくるのをアルノは見た。男も同じ景色を見たのか、その場で立ち止まる。

 白い糸は風に舞い、ひらひらと揺れながら男に向かって降りていく。気づけば男の手には、長細い棒状のものが輝いていた。男の瞳によく似た色だ。裁縫道具の針のように、先が尖った側と穴が開いた側を持つ妙な形。そして驚いたことに、男は空から降りて来た白い糸を掴むと、穴に通して固定した。

 男は片方の頬をこちらに向け、肩越しにアルノに向かって言った。


「お前、見るのか?」

「え?」

「邪魔するなよ」

 

 糸が繋がった大きな針を持ち、男は躊躇いなく川に入って何かを引きずり上げた。人の体だ。それが誰のものかわかった瞬間、アルノは今までの疲労感も忘れて立ち上がり叫んだ。


「レイア!」


 自分の声が響くのを聞いた。思わず走り出す。あれは間違いなくレイアだ。レイアの体だ。手足は全部そろっている。もしかしたら、運よく助かったのかもしれない。

 しかし男はアルノに目もくれない。レイアの体を岸辺に置くと、片膝をついて腰を下ろした。そうして、力を失くした柔らかい上半身を抱き上げる。

 アルノがもつれる足で、ようやくレイアに追いついた矢先。


「痛くねえから、安心しろ」


 青い針が、レイアの体を突き刺した。

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