取調

 取調室

 ——といっても薄暗いただの部屋である。

「えーと…ハ…ハウアーユー?」

「なんだソレは。普通に話せばいいだろ」

 エルが苦い顔でツバサを見る。


「いや、異世界の言語なんてわからないぞ…」

「そんなものは、ない」

「しかしだな…そんな都合良い事が…」

「あるんだよ、それが」

「根拠はあるのか?」

「僕」

「いやいや、お前は何らかの魔法で適応しているだけでは」

「接続された世界の言葉は互いに共通言語として成り立つんだよ」

 そう言ってエルは自分を指差す。

 少女の机前で騒ぐ二人。


 *


 少女が目覚めたのは10分前の事。

「ん…う…、こ…ここは?」

「気づいたか?ここは、東京だ」

「え、東京!?」

 目覚めたばかりにもかかわらず、丸い目を更に丸くして驚いていた。


 そして今、彼女は取調室という名ばかりのただの薄暗い部屋にいた。


「しかし……」

 ツバサはその少女をみる。

 少女はただただ机の上を見ていた。

 時折、怯える様に周囲を見回している。


「何も喋らないのか…」

「参ったな」

 ただ怯えているだけという事に気づかず2人は頭を抱えていた。


 すると、ドアが勢いよく開けられる。

 その中から、ケントが飛び出してきた。


「買ってきた!!」

 開幕早々、そう叫んで、机の上に置いてきたのは……


 カツ丼。


「おい……なんだこれは」

 ツバサが眉間に皺を寄せてケントに訊く。

 エルはそのカツ丼をジロジロ見ていた。

「カツ丼」

 サムズアップして答えるケント。


「なんで持って来たんだ?」 

 困ったツバサの代わりにエルが尋ねる。

「いや、取調べにはカツ丼だろ?」

 ケントは真面目な顔で答える。

 彼は取り調べの為だけにわざわざカツ丼を買ってきたという事。

 額に手を当て、天を仰ぐツバサ


 そうなのか?と、エルはツバサの方を向く。


 当たり前だが、そんなものは無い。

 だがどうであれ、このカツ丼はケントの善意だ。仕方ない。


 その思いが通じたのか、少女は匂いを感じ取り、突然顔を上げて目の前のカツ丼にがっつき始める。

「やっぱりお腹空かせてたらしい」

「……お前は野良犬を拾ってきた子供か」


 そんな事を呟きながらエルは首を傾げ、カツ丼をもぐもぐ食べる少女をみる。


「しかしそんな兆候あったか?」

「兆候とかじゃなくてそんな気がしただけ。勘」

「……」


 容器を空にして、笑顔を浮かべる少女。

「ふぅ〜〜ご馳走様でしたぁ」

 とても満足したのか、とてもニコニコしている。


「それで、君の名前は?」

 ケントが笑顔で少女に訊いた。

 少女は翠色の瞳を輝かせながら元気に答えた。


「アンリです!百合谷ゆりや、アンリ。ユリヤは花の百合に谷って書きます!!」

「アンリ…か、よろしくな」

 満面の笑みのケント。

 それを側で見ていたツバサはドン引きしていた。


「おい、まさかデレてるとかじゃないだろうな?」

「な訳あるか!!」


 ふとエルは少女を見て。

「ホロイスの英雄の一人……ユリヤ・アンリ」

 少女の体がビクンと小さく跳ねた。


「え…まさか、知り合い?」

 ケントが2人の顔を交互に見る。


「勇者の内の一人だ」

「勇者って、あの魔王を倒すアレ?!」

 この少女がそんな、とてつもない力を保持している……

 にわかには信じられなかったが、エルとほぼ互角に戦っていたところを見ると転生者である事は納得せざるを得ない。


 しかしその、直後エルの口からとんでもない事が出る。

「お前の一行パーティーは僕が潰した」 

 ただ、それだけである。

 アンリは翠色の瞳を数回瞬かせる。

 そしてさっきまでの柔和な表情がみるみる内に鋭くなっていく。


「たしか…名前はシンヤだったか。あの剣士。アレとは戦えなかったが、他の2人は確実に弱かった」


 ちぢこまってはいるが、彼女はそれでも悔しそうにエルを睨んでいる。


「あなたが殺したの……?」

 アンリが呟く。怯えているのか、はたまた怨みからか、声が震えていた。

「シンヤを……殺したのね?」


「いや」

 エルは首を横に振る。

「彼は、ただ狼に喰われただけさ」


 なんともいえない沈黙が部屋中を包む。


「……あ、あの、皆さん?」

 ケントは恐る恐る声をかけてみるが、誰一人反応してくれない。


 アンリは俯いていた。

 その顔に一筋、二筋と涙が滑り落ちる。


 ケントは思う。

 彼女はその"シンヤ"という剣士に何らかの感情があったのだ。


 思いを馳せていた剣士は狼に喰われて死に、仇ではないが敵であるエル・シーズンがそこにいて、どうしようもない怒りと悲しみが彼女の中にある。


「……君も僕を蔑むのか?」


 ふと、エルがケントを見ていた。

「いいさ。殴られたって構わない」

 抵抗する事はないという様に両手を広げていた。


 ——転生者は世界の理を壊す——

 世界を守る為に、エルは転生者を殺す。


 事情を知らない自分ならすぐに手が出たのかもしれない。

 なんなら、ドラコの力で大きく吹っ飛ばしていたのだろう。


 しかし、彼にも彼なりの使命がある。

 "世界を守る"という、漠然だが信念のある使命。


 いくら転生者が悪だと言えど、世界の為の犠牲になるなんて、あまりに——彼女アンリが可哀想ではないか。


「俺は……」

 ケントは静かに机の前へ歩み寄る。

「俺は、何が正義で何が悪なのかは分からない…けど、」

 アンリと視線を合う。

 翡翠の輝きがケントを見つめている。


「君には、自分を信じて生きててほしい。笑って泣いて、いろいろやって生きてほしいって俺は思う」

 

 ケントはエルに頭を下げた。

「だから、エル。今回だけは見逃してくれ。頼む」


 エルは何も答えずに椅子から立ち上がると、何も言わないまま部屋の外へと出ていく。


「まぁ、後は君次第だ」

 ツバサが口を開く。

「優しさを仇にする程、彼女もずる賢そうには見えないし。とにかくこれ以上はオレも手を下せない」

 肩をすくめながら部屋を出ていくツバサ。


「驚いたで」

 きゅぽんとケントの身体からドラコが出てくる。

「お前にもあんな事が言えたんやな」

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