乱入

 ——市ヶ谷、防衛省跡。"特別機動隊本部"。

 特別機動隊は次元衝突後に設けられた部隊である。

 異世界から現れる怪異の類を秘密裏に撃退する事だけを目的に組織された。


 国会に於いて、野党はこの特別機動隊の結成に反対したが、異世界から現れる怪異——つまりモンスターからの脅威を恐れる国民が多いが為に強行突破にて結成することに至った。


 現在、防衛省は千代田区に移動し、市ヶ谷のだだっ広い跡地の中に申し訳程度に建っているのが特別機動隊——略して特機の本部である。



 立神ケント、ドラコ及びエル・シーズンが特機本部に保護されてから数日。


「あーあ、ゲーム機がない……」

 ケントは悔しそうに呟く。

 夏休みの友であるゲーム機を、家の中に置いてきていた。


「そんな悲しそうな顔をすな」

 きゅぽんとケントの身体の中からドラコが現れる。


「ゲームしたーい!!トロフィーゲットしたーい!!」

「そんなにやりたんやったら、ワイが取ってきてやろうか?」

 親の様な事を言うドラコ。

「それはダメ」


 ドラコは狙われていると、以前ツバサに言われた。その為に保護されているのだから。


「じゃあ、どうするんや?」

「うぅ……」

 だがそうなると、暇になる。


 ひとしきり考えて一つ閃いた。

 できれば閃きたくなかった。

「き、筋トレ……」

「なんやて?」


 声を絞り出しながらドラコに言った。

「筋トレ……」

「よし、やるんや」


 仕方なく一人で筋トレをやってみる。

 まずは腕立て伏せ50回。

 次に腹筋を50回。

 合計100回。別にそんなにしなくてもいいのにその場のノリでやってしまった。


 終わった時には息が切れ、大の字に寝そべっていた。


「ぜぇ……ぜぇ……疲れた」

 そう言って汗まみれになったシャツを脱ぐ。

 窓を開けると、優しい風が半裸のケントにあたる。

 汗が冷えて気持ちいい。

 すると、ガチャリとドアが開く。


 ツバサだった。黒いタイツスーツではなく、真っ白なシャツを着ていた。


「お、ツバサ」

「…筋トレか?」


 ツバサは硬直していた。

 何かみてはいけないモノを見たよう感じでバツが悪そうにしていた。


「そう。もう終わったけど…」

「あー…そうか」


 硬い表情のままギクシャクしている。


「おい、おいケント」

ドラコが小さな尻尾でケントをペシペシ叩く。


「早く服を着ろ。寒いやろ?」

「いや、逆に暑いけど…」

「ええから着ろ」

「むぅ……」

 渋々、シャツを着るとツバサも表情を和らげケントの方へと寄ってくる。


 その時———

  ズッドオオオオン!!!!

 外から凄まじい轟音。


 ツバサが咄嗟に窓を開ける。しかし、そこには何もいない。

 部屋の中が揺れ出す。


 咄嗟にツバサはケントに向かって叫ぶ。

「ケント、ここから飛び降りろ!!」

「はあっ!?」

 ここから地面まで約4メートル。

 確実に骨折するのに、飛び降りろなんてあまりにも無茶である。


「いや、無理だって!!」

「建物が倒れるかもしれないんだぞ!!コッチから逃げた方が早いだろ!!」


 ツバサの怒声に急かされてケントは勢いよく窓から飛び出した。

 ドラコがケントの身体の中に入っていく。


 そしてアスファルトをめりこませながら着地する。

 遅れてツバサが着地し、他の人間は階段から降りて逃げていた。


「なぁ絶対、階段使えただろ!!」

「そんな事言ってる暇はない!!」


 そんなケントとツバサに叫び声が届く。

 ケントはツバサと顔を合わせて頷く。

 そして共に、叫び声の元まで駆け出した。

「あれは……」


 そこには、逃げる人々を守る様にして戦う

エル・シーズンの姿があった。



 エルに相対する敵は華奢な体を青いローブに包み、浮かんでいた。

 エルは腕に巻かれた包帯を外しながらそれを睨む。

(か…)

 その顔はフードで見えないものの魔力が身体中から煙のように浮かび上がっていた。

(出方次第によるが…)

「【贄よ這い出よ】」

 エルは詠唱し、召喚したを手に取る。

 青いローブの人物に照準を合わせ、弦を引く。


「【贄、矢】」

 


 ローブを翻して回避する敵。

 俊速の矢は、青いローブに穴を開けるのみにとどまる

 肝心の人間には当たっておらず、カウンターとして2本の光の槍が奔ってきた。

 咄嗟に弓柄で光の槍を受ける。

 槍を弾いたものの耐えきれずに崩壊する弓。 


 しかしそれに構わず、エルはすぐに再詠唱を始める。


「【贄よ這い出よ】」

 

 虚空から黒い槍を生成し、投げる。

 放たれた槍は黒い光線となり、一直線の軌跡を描く。

 しかし、それも綺麗に避けられた。

 その風圧で敵の青いローブのフードが剥がれる。


 桃色のショートヘアーが風にたなびく。

 あどけない少女の顔が見えた。

 彼女のその凛とした翠色の瞳にエルは一瞬動きを止めた。


(数奇なものだ)


 見惚れている隙に少女は光の槍を2発放つ。

 エルは遅れて回避するが、1本が脇腹に突き刺さってしまう。


 ダメージで足場の魔力が崩れ、落下していくエル。

 しかし、エルはものともせずに少女の方を見ながら、詠唱する。

「【贄、"自在槍"】!!」


 すると水平線の彼方へ飛んでいった筈の黒い槍がエルの方へ戻ってくる。

 戻ってきた槍が気づかないままの少女の腹を貫く


 そして魔力を維持できなくなった少女は、ゆっくりと地面へと落ちていく。

(終わりだな)

後は、落下して勝手に死んでいくだけ……

あえてとどめは刺さない。

それが彼のスタンスだから。

(惜しい者を殺してしまった)


 しかし、一つの影がエルの目の前を横切る。

 影はその少女を抱き寄せ、そのまま装甲車の上に着地する。

「な…に?」


 少女を抱えていたのはケントだった。

 少女は気絶している。

「どうした、立神。耄碌したのか!!」


「いや、ワイは助けただけや」

関西弁の様な訛りが混ざっている。

ドラコだった。


「だがソイツは転生者だぞ」

 しかしドラコは臆する事なくエルに言い放つ。

「んなの関係あるか、ボケ。ワイは落ちてるヤツを助けただけや」


 ドラコはケントの身体から飛び出す。

 ケントはそのまま静かにエルを見下ろす。


 彼の瞳は輝いていた。ひたすらに真っ直ぐな輝きだった。


 エルはケントの凛々しい顔を見て大きく舌打ちして白髪を掻きむしる。

「お人好しが…全く」

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