二幕〜衝突〜

斬っ欠け

 ふと、窓際で目を閉じてみる。

 あれは——3年前。

 今でも覚えている。



 フィランディア王国、王都から北に約20キロの巨大な森林——ストラ森林群。

 別名、死のデス・フォレスト


 ここには凶暴なモンスターが多く、並大抵の冒険者では倒す事はおろか、モンスターに傷一つつける事も困難と言われているからこそついた別称だろう。


 その死の森の中にとある冒険者パーティがいた。


「おい、如月きさらぎ。ホントにここでいいんだよな」

 巨大な盾を持った盾役タンク土方剛毅ひじかたごうきが前にいる剣士、如月真哉きさらぎしんやを引き止める。

「ああ、ここに伝説の神剣があるって女神に言われたんだよ」

「ホントにかあ?」

「なんだよ、疑うのかよ!?」

 いがみ合う剛毅と真哉。

「ちょっとちょっと!!喧嘩はダメ!!」


 2人の間に割って入るように桃色髪の槍使いランサーの少女、百合谷ゆりやアンリがぴょこりと現れた。


「な、なんだよ、アンリは関係ないだろ」

「ここは少しでも油断したらモンスターに殺されるんだよ?だからこの森を出るまで気を抜かないの!!」

「そうそう、アンリの言う通りよ」


 巨大な斧を担いだ重戦士の桐谷夏菜きりたになつなが腰に手を当てて2人を叱る。


「まあ、夏菜が言うなら仕方ないかな」

盾役タンクの剛毅が視線を逸らしながら、真哉に笑いかけた。


 このパーティーは……全員がである。


 4人はそれぞれ神という存在から、チートに近い能力を与えられていた。


 如月真哉……能力・万劍皇大剣聖の加護

あらゆる剣技を駆使できる能力。


 土方剛毅……能力・堅固なる城壁ハドリアヌス全ての魔法、物理攻撃を防げる能力。


 百合谷アンリ……能力・光槍グングニル

魔法を浄化する光の槍の能力。


 桐谷夏菜……能力・巨王壱断乃大天斧きょおういちだんのおおてんふ

どんなモノも斧の一撃で真っ二つに斬る。


……と言った、あまりにも単純な



 四人は異世界に転生した後、様々な幼少期を経て国王に謁見し、勇者として魔王討伐を頼まれる。

 そして、その道中でこのストラ森林群の中に入っていたのだ。


 目的はこの森の中にある神剣を入手すること。

 単純な事なのだが、未だに神剣を見つける事が出来ていなかった。


 はぁ……はぁ……

 四人はひたすら森の中を歩いていた。

 歩き疲れたせいかアンリが石につまずく。


「ひゃっ!」

「大丈夫か、アンリ」

 真哉が慌てて近づいてくる。


「あ、うん。だいじょぶだいじょぶ」

 持ち前の笑顔でなんとか痛みをこらえる。


「……無理するなよ」

 苦笑する真哉。

しかし、彼も表に出さないだけで疲弊していた。

 他の2人も疲れが見えている。

(マズイな…急がないと……)

 夜になると、"森林の主"と呼ばれるモンスターに遭遇してしまう。

 それだけは確実に避けたい。


 そう思った矢先———


 アオオオォォオン!!!


 どこからか遠吠えが聞こえた。

(…遠吠え?)


 空を見上げてみる。

 まだ空は明るく、星すら出ていない。

 誰かのいたずらだろうか。


 アオオオォォオン!!!


 再び遠吠えが聞こえる。

 いたずらな訳がない。ここは死の森だ。

 今度は、心なしかさっきよりはっきり大きく聞こえる。

「みんな、何かがくる。気をつけろ!!」


 真哉は腰につけていた白刃の片手剣を引き抜く。

 他のみんなもそれぞれ武器を構えて襲撃に備えていた。


 アオオオォォオン!!!


 3度目の遠吠えと共に、森林の中に霧が広がりはじめた。

「霧…?」


 その中に大きな影が現れる。

 2メートルほどの四足歩行の獣の影が見える。


 それを認めて、真哉は叫ぶ。

「剛毅!!盾を構えろ!!」

「オーケー!!」

 剛毅はさながら城壁のような煉瓦造りの大盾を構える。

「【果てなく阻む長城ハドリアヌス】!!」


 獣は四人に襲いかかるが、剛毅の盾によって攻撃を阻まれた。


「夏菜!!斧だ!!」

「分かった!!」

 剛毅が盾を使って獣を振り払うと同時に、夏菜が大きな斧を振りかぶる。


 しかし獣は俊敏な動きでその必殺の一撃を躱す。

巨大な体躯にもかかわらず疾い。


 しかし、その隙にアンリと真哉の2人が獣に斬りかかる。


「「いっけえー!!」」

 剛毅と夏菜の叫びに2人は呼応して、獣を交差に切り裂いた。


 獣が横に倒れ、霧が晴れる。

 狼型のモンスターだった。


「はあ、はあ…良かった」

 真哉は3人を見て皆が無事である事を確認する。


「ねぇ真哉、あれ……」

 夏菜がモンスターの死骸を指差す。

 死骸はアンリと真哉の2人の斬撃によって毛皮にべっとりと血がついていた。

 そのモンスターの腹に何かが刺さっている。


「これは…」

 見るからに荘厳な装飾をした銀色の剣だった。

……」


 真哉は3人と顔をあわせ、表情を明るくする。

「やった…やった!!神剣だ!!」

 3人も溜まった疲れを吹き飛ばすほどに、声を上げた。



 誰も、を疑いはしなかった。


「【祭壇】……【贄を捧げろ】」


 歓喜に満ち溢れた真哉は神剣を引き抜いて、他の3人と街へ帰ろうとする。

 その時だった。

「え?」 

 夏菜が頓狂な声を上げる。

 彼女の両腕が消失していた。


「な、夏菜……?」

 夏菜の腕からおびただしい量の血が溢れる。


「何、何よコレ……」

 徐々に恐怖の色に染まっていく夏菜。

「い、い、いやぁアアアアアアア!!!」


 森の中に夏菜の叫びが響く。


「落ち着くんだ夏菜!!」

「何が…起きてんだよ」

「なっちゃん……」


すると———

「やはり、転生者はこの森に現れると思っていたよ」

 見知らぬ声が聞こえた。

 真哉が辺りを見回す。


「お前が夏菜をやったのか!!」

「他に誰がいる?まぁ腕二つ消えたとしても、ここから生きて帰れば大丈夫だろう」


「生きて帰さないって事か…」

 真哉とアンリは夏菜を庇う様に前に出る。


 転移石を使おうとするが、ストラ森林群は森林全体に結界が張られているため使えない。

 逃げられない事を知った上での襲撃。


 真哉は奥歯を噛み締め、どこにいるか分からない声の主を睨む。


「安心しろ。すぐにそいつの元へ連れて行ってやる」


 咄嗟に剛毅が、真哉とアンリの2人の前に出て盾を構える。

「【フォートレス】!!」

 剛毅の詠唱で盾が巨大化する。


「俺がいれば、相手は攻撃出来ない…!!」

 剛毅が安心しろと言わんばかりに、二人に頼りがいのある笑顔を見せる。


「【祭壇】、【贄を捧げよ】」

 しかし、剛毅はその笑顔のままの首だけを残して消える。

 ゴトリと彼の首が地面に転がり落ちる。


「剛毅っ!!剛毅〜っ!!」

「い、イヤァァァァッッ!!」

 2人は叫ぶ。


 嘲笑を含んだ声が森の中に響く。

「なんだ、全然弱いじゃないか。

それが神に下賜された力か?」


 歯軋りをして、地団駄を踏む真哉。

「クソ、クソ!!姿を見せて俺と戦え!!」

「真哉くん…私も…!!」

 しかし、真哉はアンリの前で手を広げる。

「いや、アンリは逃げろ。俺だけで十分だ」


すると、2人の目の前に一人の男が現れた。

不気味なほど真っ白な髪に煌々と光る金色の瞳を持った端正な顔の男だった。


真哉は神剣を正眼に構えて男と対峙する。

しかし男は肩をすくめて、真哉を見る。


「おいおい、未熟じゃないか。そんなので僕とやるつもりか?」

「言ったな。舐め腐ったお前の口、斬り裂いてやる」

剣の切っ先を男に向ける真哉。

「お前を絶対に許さない……」

「"許さない"か。しかし、君にはあと一手しか残っていないが」

「それがどうした。その一手で逆転してやるよ」


彼の能力、万劍皇大剣聖の加護はあらゆる剣技を駆使できる能力。

動けばコンマ一秒未満で心臓を貫けるほど。


しかし、男は悲しそうな目で真哉を見ていた。


「残念だ。戯言をほざかず斬ればいいものを、一手を見過ごした。お前はもうだ」

「どういう事だ?」

「こういう事だ」

 神剣が、爆ぜる。真哉の腕が爆ぜる。

「っぐぅ……!?」

 咄嗟に剣を離すと、神剣は光の塵となって消えていく。

「偽物か……」

「いや、れっきとした本物だよ。君にも分かるだろ神々しい魔力を」

「なら、どうして!?」

「単純だ。所有者が僕だから」


「この神剣は所有者以外が握る事が出来ない様に施されている。握れば——爆発ボンだ」

拳を開いて爆発のジェスチャーをする。

「神剣を掴んだ時点で君は負けた」


すると四方から、無数の巨大な狼の影が現れる。

「まさか……」

上を見上げると、空は暗くなっている。

あの獣と戦う最中に日が沈んだのか。

いや、そんな筈がない。まだ昼だった。

ないのに……

どうして日が暮れている。


「君はただ時間を無駄にした」

真哉は手に持っている神剣で狼の一体を斬り払う。

しかし、狼の体には傷一つついていない。

「な……神剣だぞ…」

「そうだ、神剣だ。だがお前のじゃない」


エルは神剣を拾い、虚空の中に収める。


「君の能力は喉から手が出るほど欲しかったのだが、僕もこれ以上戦闘を継続は出来ない」

そして男は真哉を一瞥して森の中へと去っていく。

「ふざけるな!!俺と……戦え!!」


「代わりに狼達が戦ってくれるさ。まぁ……」

後ろを振り向かずに手を振る。

「ソイツらはだがな」

男は森の茂みの向こうへと消えた。


しばらくして、森の中から、つんざく様な叫びと遠吠えがこだました。




「やっと…出られた……」

アンリはなんとか森の中から脱出できたが足が震えて倒れてしまっている。

「真哉くん…」


アンリは、二度と戻らない彼の名を呟いた。



 アンリとは別の方向から森林を出た男。

 その前方を見ると、街が広がっていた。

 その街は少し——いや、大分おかしな光景を見せていた。

 整然としたが乱立していたのだ。

 幾千もある窓の中はチカチカ点滅している。

 いつの間にか街中では馬を引かないで動く車や人が入る巨大な鉄の蛇もいる。


 彼は、その光景を静かに見つめていた。



 記憶から引き戻され瞼を開く。

 エル・シーズンは苦い顔をしながら窓の外を見る。

 別にいい思い出ではないのに、なぜ今……

 (そういえば……あの森、綺麗だったな)


 窓を開けてみる。

 湿った空気が漂う。

 ふと、生温かい風が彼の肌に触れる。

 まるでこの先の行く末を案ずるかの様に。


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