理解ング、この世界

「……ん」


 目が覚めると、そこは見た事の無い天井だった。


(ここは…)


「おっ、目覚めた!!」

 ひょっこりと黒髪の青年が視界の中に映り込んで来た。

 確か、彼に見つかって……


「全く、心配したぞ。あと数十分したら失血で死んでたって医者が言ってたし……助かったな」

「医者……ということはココは」

「おう、病院だ」


 エルは自分の右腕を見る。

 肩の傷が包帯でしっかり巻かれている。


「しかし、一体誰だ。君は」


開口一番がそれだとおかしいだろうか。

黒髪の少年はそんな事に構わず、気軽に答えてくれた。


「俺?俺の名前は立神ケント。お前は?」

「…エル・シーズン」

「へー、海外の人か。……どこ出身?」


 いつかの警官に聞かれた時と同じ質問をする青年。


「フィランディアのホロイス」

 こう言えば納得してくれるだろうとたかを括るエル。


 突然、病室に沈黙が走った。

「え……どこ?」

「……海外だよ。いい所だ」

「いい所って言われても……」 

 一体どこなんだ。 

 ケントはなんとも言えない表情になっていた。

「ったく、そんなアホな顔せんでさっさと聞きたい事聞かんかい、ボケ」


 二人しかいない空間に新たな声が聞こえてくる。

 すると、ケントの身体の中からきゅぽんと小さな赤トカゲが飛び出してきた。


「ドラコ!?どうして……」

「お前がポケーとしとるからや。今のお前けっこーなアホ面やで」


 そう言ってのぺーとした顔になってみせる。

「う、うっさいな。だったらお前が言えよ…」

「ハナからそのつもりや」


 小さな尻尾でペシペシとケントの頭を叩くトカゲ。

 いや、エル・シーズンは知っている。

 アレはトカゲではない。ドラゴンだ。

 あんなにも訛りの入った言葉を喋るというのは思ってもみなかったが。


(なぜ、魔力の微塵みじんも感じられないコイツがドラゴンを……?)


「とにかく、や」

 そのドラゴンがこちらを向いてきた。


「誰に、?」

「っ!?」

「何や。分からんと思うたか?あの傷は明らかに誰かにやられたモンやろ」と、ドラコ。

「それに、手術の結果じゃ中に弾丸が入ってたってらしいし」と、ケント。


 エルは肩をすくめて仕方なく話す。

「途中で撃たれた」

 何が何だか分からないケントは、ドラコの言っていた通りのぺーとした顔になっていた。

「撃たれた!?」

「まぁ、その前に一悶着あったからね」

「悶着って……」

「人を殺して逃げているんだ」

 いきなりの発言でケントの顔が青ざめる。


「え、お前殺人鬼……?」

「いくら何でもそんな言い方はないだろう。あえて言うなら殺し屋とか……」

「いや、やってる事は変わんないだろ……」

「とにかく、僕は逃げている途中なんだよ」


 再び沈黙が走る。


「なんだ、それは」

 エルは向こう側の壁に設置してあるテレビに指を差す。

「あ、これ?”テレビ”だよ」

「それは一体……?」

「……まさか知らないのか?」


 ケントは話題でも作ろうとテレビ(エルから見ればただの黒い板である)に近づいて電源をつける。


(テレビも知らない外国人かなかなぁ……)


 ケントが怪訝に思うが、とあるニュースでテレビに遮られる。


 エルは考えていた。

 少なくとも、病院ココでの自分の認知度は低い。どうにかコイツらを騙して3日ぐらい潜めば、追っ手も来なくなるだろうと。


 だが、彼のそんな甘い考えはすぐに吹き飛んだ。


『速報です。現在、国際手配中のエル・シーズン容疑者が東京都内に潜伏中と、警視庁が発表しました』


 単調なアナウンサーの声と共に、黒い板(テレビ)は一つの写真を映し出す。

 画像が粗くてよく見えないが、白い髪で対照的な黒いコートの少年の姿があった。


「指名手配……?」 

 ケントはじっくりその画像を見てみる。

 確かに当のエルにそっくりだった。


 慌ててエルの方を振り返る。


『容疑者エル・シーズンは、テロ対策特別措置法違反で逮捕状が出ていましたが逃走し、以後行方が分からなくなっていました』


 しかし、既にベッドの中はもぬけの殻だった。

 代わりに白いレースのカーテンがヒラヒラとそよ風を受けてなびいている。


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