16-3
特機本部———
「…それで、わざわざオレの所まで来たって言うのか?」
ケントは、ツバサの目の前で土下座をしていた。
「いや、別に迷惑だとは思っていないけどな。……どうやって入ってきた?」
特機の門には警衛がいる。
普通ならそこで追い返されている筈である。
「ツバサの友達って言ったら通してくれた」
「嘘だろ……」
そんな簡単に入れるんじゃないと、一人ごちるツバサ。
とにかく、呆れた。
「なんとか……してくれない、ですか?」
ケントは上目がちになりながら懇願する。
数分して、ツバサは何かを思いつく。
「エル・シーズンが言うには、お前が竜の力に頼りすぎて、その上、力に耐えられなくなっているという事だろ…」
そして、ケントの肩に白くて細い手を置いて、瞳を輝かせながら言う。
「それじゃあ、器のお前を強くすればいい訳だ」
何か秘策があるとばかりにツバサは、口角を上げた。
「一週間。たった一週間でオレがお前を強くしてやるさ」
こうして始まったのが、一週間のトレーニング合宿。
しかし、その内容はあまりに酷なものであった。
*
腕立て伏せ。
「うぎゃあああいいい〜〜!!!」
「どうした、まだ60まで行ってないぞ?」
ケントは、ツバサと腕立て伏せをしていた。
「55…56…57ぁぁぁぁっーー!!」
「ほらっ、あと3回!!」
「58ぃ……59ぅ……ろぉぉぉくじゅうぅぅぅあー!!!」
なんとか60回。身体の力が抜けてそのまま寝転ぶケント。
身体中が汗だくになっていた。
「はぁ…はぁ…」
「まだ、アップだぞ。こんなんで息を上げるな」
対してツバサは息一つ上がっていなかった。
「一週間で出来るだけ基礎体力を上げる。それだけが強くなる秘訣さ」
*
組手。
3分間で一回でもツバサを倒したら勝ちというもの。
「なんだ、簡単じゃねえか」
「ただし、竜の力は使うなよ」
「いやいや、こんなのドラコがいなくてもやれるだろ」
しかし、ケントのありとあらゆる攻撃は見事にさばかれ、そのまま3分が経ってしまう。
「……」
「なんだ、そんなものか」
「……」
まるで軽い運動をしたと思わんばかりに余裕そうなツバサ。
*
アグレッシブ鬼ごっこ。
パンチあり、キックありの鬼ごっこ。
壁やら台やら障害物ばかりのコートを走り回る。
鬼のツバサから5分間逃げ切れれば勝ち……というもの。
「逃げるだけなら、ヨユー、ヨユー……」
わずか2分で捕まった。
あまりの早さに愕然とするケント。
「……」
「しっかりやってるか?」
「……」
*
この組手とアグレッシブ鬼ごっこを計10時間ぶっ通しでやり続けた。(流石に昼ごはんぐらいは食べたし、休憩もちょくちょく入ったが)
*
10時間後——夜7時。
「全っ然勝てねええええええ!!!!!」
髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きむしるケント。
「うっさいねん!!」
身体の中から飛び出してきたドラコがすぐさまケントの後頭部をスパコーンと叩く。
「ちくしょー…なんでツバサに勝てねえんだ」
「あのなぁ…勝てるわけないやろ。あん時のワイでもちっと苦労してたんやで?へぼっちいお前があのガキに初手で勝てたら、空から槍が降るわ」
散々な言われようだが、反論は出来なかった。
*
「あ、アンリ?ごめん。一週間くらい家を留守にするからさ、それを伝えたくて。あ、家の事は任せて?あ、そう。分かった。じゃあ、来週までよろしく」
ケントはスマホをポケットに入れて歩き出す。
電話の主はもちろん、アンリ。
特に心配するような事はないらしかった。
共同浴場。
だだっ広い浴場は常時スカスカな状態。
つまり、一人で広い浴場を独占できる。
「〜♪」
ケントは、服を脱ぎ終えタオルを持って浴場の引き戸を開ける。
その中に一人、先客がいた。
「「あっ……」」
同時に声が上げる。
ツバサがいた。
「「……」」
同時に沈黙。
会話が一切ないまま、体を洗い終わってしまうケント。
「そういえば、君の中の竜…ドラコだっけ?ソイツとはどうなんだ?」
会話を始めたのはツバサだった。
「…まあまあ、じゃないかな」
「そうか」
「でも、怪しいところとかあるしなぁ。特に関西弁みたいな口調」
「確かに。関西弁って胡散臭い人しか使わないイメージある」
「だろ?だからどうしても信用するにしきれなくてさ」
「でも、あまり疑うものでもないと思うぞ?」
「どうして?」
尋ねながら浴槽へ入り、ツバサの所へ寄る。
浴槽の中のツバサは少し考えて答える。
「うーん…勘?」
「勘…」
よく分からない…
「まぁ思い切って話すといいさ。きっと何か分かる筈さ」
そう言ってツバサは、満面の笑顔を見せる。
あまり人に見せない為か、多少ぎこちないが。
ケントは怪訝な顔になりながらツバサの顔をジロジロと見る。
「ど、どうした?」
「いや…ツバサって何かミョーに引っかかるところがあるんだよなぁ…」
「ひ、引っかかるとこ?」
その言葉にたじろぐツバサ。
「いや、さっきの笑顔見てみると、ツバサってなんか、こう……かわいい部分があるなぁって」
確かにツバサの顔は精悍は精悍なのだが、少し蠱惑的な何かを感じる。
「いや、気でも狂ってるのか!?」
ツバサは浴槽から出ようと慌てて立ち上がる。
その一瞬を見逃さなかった。
というより勝手に視界に入った。
「あ、え?」
「ん?」
ケントはゆっくりと誰もいない方向を向く。
いや、見間違いだ。気のせいだ。
念のためもう一度見てみよう。
再び向き直ってみる。
「あ〜…」
やっぱり……ない
男になければいけないアレがない。
声を振り絞って恐る恐る訊いてみる。
「え…?女?」
「そ、そうだが?」
ツバサはもう、開き直っていた。
「女なの!?いかにもザ・クール系男子っぽいのに!?」
「だから何だ」
腕を組みながら堂々とするツバサ。
口角を引き攣らせながらも、冷静を装っていた。
「なんだお前、童貞か?」
「し、心配するな。オレも純潔だ」
「ま、まぁ、オレに言い寄って来た男は全員タマを握るとキュウと鳴いて去っていったよ」
強がりの文句にしては恐ろしい。
呆けているケントを睨め付けるツバサ。怖い。さすがスナイパー。狙ったものを外さない…
いや、そんな事考えている暇はない。
その間にもツバサの両手がワキワキしている。
「かくなる上は……」
(こいつ……潰す気か!?)
「覚悟っ!!」
「やめろぉぉ!!」
ドボンッ!
ツバサを巻き込みながら倒れた。
浴槽の中で飛沫が激しく上がる。
(あ、浅くて助かった……)
するとケントの右手が何かを掴んでいた。
ふにふにして柔らかい。
「??」
おもむろに自分の右手を見ると、ソレはツバサの胸を触っていた。
「「……」」
沈黙が再び奔る。
「いや、思ったより小さいn……」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
バキンッ!!と、およそ平手打ちとは思えない音が浴場内に響いた。
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