ネオンサインはどこまでも

 歌舞伎町は今も尚、欲望という魔力に飢えている。ネオンサインが煌びやかに夜を彩る中、疲れを癒す為に訪れた人々はただ虚ろに娯楽に耽っていた。



「歩ける?」

「だ、大丈夫……」

 アンリに介抱されながら歩くケント。


 そこまで目立った外傷はないが、腕や足は完全に機能を停止していた。

 今のケントは、足がやっと動くぐらいである。


 ふと、ケントは大きくため息をついた。


 ケントはアンリから視線を逸らして、一人思う。

(ドラコが現れてから、俺は強くなったんだって思ってた)


 濡れたアスファルトを見下ろしながら、ゆっくりと足を動かす。


(アンリとか、エルとかを守れるんじゃないかってぐらいに思ってた。でも…そうじゃ、なかった)


 アンリがケントの顔をチラリと見る。


(結局はドラコだけが強かったんだ。“魔力を喰らう”なんて、チートにも程があるだろ…)


 ケントは、空を見上げる。

 ギラギラ輝く照明と、道に沿って建てられたビルのせいで夜空が遠くに感じる。


「俺は、弱いのかな」

 気づいた時には渇いた声で呟いていた。

 アンリは悲しげに彼の表情を見つめて、そして前を向きながらケントと共に歩く。


「ううん。ケントくんは弱くない」

 アンリが呟きはじめる。

「だって、しっかりドラコちゃんの暴走を抑えてたじゃない。強い意志がないと出来ないよ」

 締まりのない笑顔を浮かべる。

「私ね、別に強くなりたかった訳じゃないんだ」

 意外だった。

「“この力”も好きで望んだわけじゃない。冒険なんてホントはしたくなかった」


 ゆっくりと歩くスピードが落ちていく。


「異世界転生した初めの頃は、夜に一人で泣いた事もあるし、お昼でも泣いちゃった時があるの。“なんでこんなトコにいるんだろうって”」


 だんだん、遅くなる。


「でも、そんな私でも仲間がいたから強くなれた」

「仲間……」

 ケントはアンリを見る。

 2人はいつの間にか歩くのを止めていた。


「今、強くなくていいんだよ。これから一緒に強くなっていけばいいじゃない」

「アンリ…」

 ニッコリと満面の笑みをケントに見せるアンリ。


彼も少し表情を和らげて安堵した。


 その瞬間——

 パシュン。


 ケントの眉間にどこからともなく、弾丸が撃ち込まれる。

 脳漿が破裂し、返り血がアンリの顔を濡らす。


「え?」

 アンリはただ、唖然とケントが崩れ落ちる瞬間を見ているだけだった。


「ケントくんっ!!!!」

 身体を揺らして起こそうとするも、反応が無い。


「死んだか…いくら、ドラゴンの器でもドタマにぶち込めば即死って訳ね、なるほど」


 いつのまにか、目の前に見知らぬ男が現れていた。

 燃える様な赤い髪と、ギラリと輝く翡翠色の瞳。そして人相の悪そうなかお


「あ、あなたは誰?」

「俺か?わざわざ名乗るほどでもねぇよ」


 その見た目とは裏腹に、男は冷静だった。

「まぁ、強いて言うなら、お前らの敵だよ」


「【永槍チャリオット】!!」

「おっと、それはダメだ」

 男はいつの間にか、アンリの背後で槍を掴んでいた。

 そしてケントを撃ち殺したであろうサイレンサー付きのピストルを、アンリの頭に突きつける。


「お前も、俺と同じ転生者だろうが……俺には勝てない」

「くっ…」

 唇を噛み締めるアンリ。

「どうして、ケントくんを殺したの?」

「あー。アレ、ケントっていうのか。ずっとドラゴンの器って呼んでたから知らなかった」

「ドラゴンの…器?」


 赤髪の男は仰向けに倒れているケントの死体を一瞥してから言った。


「アイツの中におっそろしいドラゴンがいるんだよ。俺は、ソイツを奪いに来た」


 アンリには男の表情はわからない。

 だが、男が発している殺気に竦んでいた。


「そのドラゴンを…奪って、何をするの?」

「決まってんだろ?よ」

「焼却…って東京を燃やすつもり!?」


「いや、東京じゃない…日本全土だ」



  気づけば、死んでいた。そらそうだ。

 エル・シーズンのようにモンスターや転生者を圧倒出来る力なんてない。

 ずっとドラコに頼っている。


 ……ドラコは、俺をどう思っているのだろう。

 内心、クソ野郎なんて思ってるかもしれない。

 別に俺は、野望とか信念のために戦っている訳でもない。


 結局、俺は脇役モブでしかないんだ。

 それでも、俺は……



 ケントはまた、暗闇の中にいた。

 ちゃぶ台や吊り下げられた電球などはなく、代わりに彼の目の前には、テレビがあった。


 テレビの画面はただ砂嵐を流している。

 ケントは呆然と、その砂嵐を見ていた。

 何か映る訳でも無いそのテレビ画面を見つめていた。


 コツ、コツ、と背後から靴音が聞こえる。

 そこにはスーツ姿の自分が、ドラコがいた。

「なんでスーツなんだ?」

「分からん。気づいたらこうなっとった」

「何だよ、それ」

 思わず吹き出してしまう。


 前よりか声が低くなっている気がするが、関西弁もどきみたいな口調は変わっていない。


「さっきは、すまんかったな。ワイが迷惑かけたばかりに」


 突然、真顔になって。

 ケントに向かって頭を下げた。


 少し、大人っぽくなっている気がした。

  

「いや、俺が弱かっただけだ。お前は何も悪くない」

「せやかて、ワイが暴走したせいでお前が…」

「俺がお前を頼りすぎたんだ。迷惑をかけすぎたんだ」

 謝る事じゃない、と続けドラコを優しく見守る。


「……」

 ドラコは何も言えずにいた。

 ドラコにも、ドラコなりの苦悩があった。

 宿主であるケントの身体を壊してまで力を使っていた。

 その結果がこれだ。死だ。


 けれども、ケントは発狂も憤怒も何もなく、ただただ冷静だった。


「なぁ、ドラコ」


 ケントの、その瞳は輝いていた。

 決意に満ち溢れた輝きだった。


「原初の竜は魔法を喰らうってエルから聞いた。お前がそうなのかどうかは分からない。

けど…」


 一拍置いて、話を続ける。


「ずっと知りたかった。どうしてドラコが俺の中にいたのか。そして簡単に俺を受け入れてくれたのか」


ケントは、砂嵐の流れているテレビに向かって勢いよく殴った。


 テレビは一撃で壊れ、画面のガラスが飛び散る。

 ケントはテレビを殴った拳を開く。

 その掌の中に何かが輝いている。


 赤い何かの欠片だった。


「ただ強くなるだけじゃダメなんだ。お前の記憶を取り戻して、全てを知らないと…」

 悲しそうな表情を浮かべながら赤い欠片を握りしめるケント。


「俺が俺でいる意味がなくなってしまう」

「お前……」

「だってそうだろ。ドラコは強い。けど俺は弱い。このままじゃ……ドラコの足を引っ張るだけだ」


 握る力を抜いて、拳を開いて赤い欠片を差し出す。

「だから、俺に力を使わせてくれ」

 ケントは深々と頭を下げた。


「ええんか?またさっきみたいになるで」

「それで守れるものが守れるなら、構わねぇよ。それに」

 心配するドラコに向かって、ケントは白い歯を見せて笑う。

「お前が暴走してもまた俺が止めてやるよ」

「そうか……」

「代わりに、死ぬなよ」

「アホか。ワイが死ぬわけないやろ」


 ドラコは人の形から揺らいでいき、炎と化していく。

 やがて巨大な炎の柱となってケントを呑み込む。

「……しっかり受け止めや!!」


「おうよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る