それぞれの闘争
エル・シーズンは、歌舞伎町を駆け抜けていた。
背後には、瓦礫で潰れた死体。
(確信できた…
無心になって走るエル。
その前に。
「…なんだ、お前らは?」
派手な外見の少年達がたむろしていた。
中には、
まさに異種族がまとまった不良グループと言っても差し支えない。
少年達はエルを見るなりどこからか武器を取り出し、臨戦体制に入る。
その目は、死んだ魚のようにくすんでいた。
(どこまでも、立神のもとへは行かせたくないというわけか…)
エルは立ち止まって、今にも襲い掛かろうとする少年達を迎撃する。
「【贄よ這い出よ】」
彼の手には一本の銀色の鎖。
その先端には鋭利な槍の穂先がギラリと凶暴な輝きを放つ。
今はただ、立神ケントの身を案じるだけだった。
*
赤時はリボルバー型のマグナム銃をアンリに構えている。
対してアンリも槍の穂先を赤時に向けて構えていた。
「本当に…日本を焼くんですか」
「おう、そうだ」
マグナムをクルクルと回しながら頷く赤時。
ギラリと翡翠色の瞳が照明を受けて輝いていた。
「どうして、何か恨みでも…」
「恨み…か?」
赤時は銃を回すのをやめて、燃えるような赤髪を掻き上げる。
「無いな」
その一言だけが出た。
「…え?」
「俺には無いんだよ。日本に対する恨みとかは」
「じゃあ、どうして…」
「そうだなぁ…」
少しの間考えて、そして笑った。
「楽しいじゃねぇか」
「楽しい…?」
「あぁ、そうさ。日本の政治や文化の中心、日本の中核を担う存在を、俺がこの手でぶち壊す事ができるんだぜ?こんなの…」
翡翠色の瞳をカッと見開き、盛大に口元を歪ませる。
「こんなの楽しいに決まってるだろうが!!」
アンリは絶句した。
まさか、自分の感情の為だけに、竜を利用するなんて——
彼女の握る槍に力がこもる。
「おっと、嬢ちゃん。これ以上やったら……」
刹那——
「 」
二人はドス黒い殺気を感じ取る。
「「!?」」
微かに空気が張り詰める。
アンリは、思わず振り返る。
その視線の先の、ケントの屍体が、燃えていた。
火花を散らしながら黒い焔を噴き出していた。
「グオオォ……」
ゆっくりと、脳漿をぶち抜かれたはずのケントの屍体が起き上がる。
パチン、パチンと空気の弾ける音が響く。
弾け飛んで、無くなっている後頭部には組み重なった鱗のような何かが、傷を塞ぎ始めていた。
「【壊セ】」
人の声ではない。悪魔の、唸り声の様だった。
「【壊セ、壊セ。人ノ智ヲ。我ハ原初ノ竜。焼キ尽クシ全テヲ無ニ還ス】」
「ケント…くん?」
アンリはその変わり様に戸惑うだけだった。
その、ケントの口の前に、紅蓮の魔法陣が顕現する。
「𒉈」
何かを呟くと、魔法陣から極太の黒炎のビームが吐き出された。
赤時に向かって、一直線に。
アスファルトや周りの建物の壁を溶かしながら
襲い掛かる。
「【
赤時が、マグナムを構えて叫ぶ。
黒炎のビームは、赤時の発動した魔法陣に吸い込まれていく。
全て吸い込まれると、赤時はよろけてしまった。かはっ、とベタついた唾液を吐き出す。
「なんてこった…ドラゴンは、雑魚のはず…なのに…コイツァ、規格外だ」
頭をぶち抜いたのがまずかったか?と呟いて、逆立つ赤髪を掻きむしる赤時。
その目の前は、建物の壁や地面を抉り取ったようなビームの跡がしっかりと残っていた。シュウウ…と煙を上げながら、まだ一部が微かに灼けていた。
ケントは、重い足取りながらも、赤時に近づいていた。
「【壊セ、壊セ。力ヲ、喰ラエ】」
低い唸り声で一人呟きながら、赤時に狙いをすます。
「【我ハ原初ノ竜…】」
再び、ケントの口元に紅蓮の魔法陣が顕現する。
同時に——
「【
赤時のマグナムの前に大型の紅蓮の魔法陣が現れる。
「𒉈」
「【
赤時はマグナムの引き金を引いた。
双方の魔法陣から、黒炎のビームがぶつかる。
初めは赤時の方がやや好勢に見えたが、ケントのビームが押し込んだ。
「なっ…!?」
赤時は襲いくるビームを避ける。
しかし、彼の右腕がビームの端に掠る。
「…やるなぁ」
赤時の右腕は、スーツを溶かし、その腕まで焦げていた。だが、彼は爛々と瞳を輝かせて余裕ある表情を浮かべていた。
「確かに規格外だが…これでも勝てそうだな」
どうやら、ドラゴンでも赤時の使う能力は喰らえないらしい。
そして、反撃できる機会を与えてしまったらしい。
しかし、今のケントにはどうでもよかった。
消して仕舞えばいいのだから
「𒅡𒅡」
何を言ったのかは、分からない。
だが、その一言がこの戦いを終わりへと導いた。
「あ?」
赤時が燃えていた。
「は、あ?」
闇のような黒炎が赤時の体に纏わりついている。
「な!?ちょっ、嘘だろ?!!」
既に焦げていた右腕から、徐々に彼を黒炭へと変えていく。
「ぁぁっっ!!??やめろっ!あああっ!!」
熱さを、痛みを、感じさせずにただ燃やし尽くすのみだけにある最悪の炎。
———
「うわぁっっっ〜〜!!!とれねぇっ!!」
彼も、痛みなどは感じていない。
ただ、自らが焼かれている事の恐怖でパニックになっているだけだ。
悶えようが、焼かれ死ぬ事には変わりない。
やがて赤時は地面にうずくまり、そして二度と動かなくなった。
*
百合谷アンリは、一部始終を見ていた。
特に意味もなく、地面にへたり込みながら、ケントと赤時の戦いを見ているだけだった。
ただ、そのケントは、脳漿をぶち抜かれる前のケントとは違っていた。
何から何まで。全てが。
特に、彼の纏っていた黒炎が。
『黒く澱んだ炎は地獄の炎』
その事をいつか聞いた事がある。
彼の纏っていたのは、その地獄の炎ではないか。
デロリとした重苦しそうな、黒い炎。
黒い炎が赤時についた時の叫びをケントはどう思ったのだろう。
彼はただ虚空を見つめているだけだ。
結果は立神ケントの勝利。
だが、彼女の胸中には歓喜などなく、恐怖のみが残っていた。
いつのまにか、槍を握る手が強くなっている。
黒い炎を纏ったケントがアンリを振り返る。
「ひっ…」歯の隙間から息が漏れる。
ゆったりと重い足取りでアンリに近寄ってくるケント。
「【壊セ】」
低く唸る声がケントの口から溢れた。
愕然とした。まさか自分まで…
「【壊セ、潰セ】」
そんな思いも知らず、ケントは燃え上がる右腕をアンリに振り上げる。
思わず、アンリは目を閉じてしまう。
しかし、いつまでもその一撃が来ない。
ゆっくりと瞼を上げて見る。
そこには右腕を押さえたケントがいた。
「【コ、壊セ】…」
歯を食いしばりながら必死になって右腕を押さえていた。
「壊さ、せるかよ…」
ケントの、声が聞こえた。
「ア、ンリは、俺の、なか、ま。こ、わされ、て……」
左腕が虚空を薙ぐ。
「たまるかァッ!!」
ケントの身体を包んでいた黒い炎が振り払われる。
荒い息を吐きながら、夜の照明を浴びて立ち尽くすケント。
「ケントくん…だよね…」
オドオドしながら、訊ねる。
ケントは、笑顔を無理やり作って。
「そうだよ」
*
エル・シーズンがケント達に合流した時には全てが終わっていた。
いや、全てではない。
あと一つ。
「立神!!大丈夫か!!」
一番街の向こう側から短い白い髪の青年が駆け寄ってきた。
エル・シーズンだった。
「あぁ、大丈夫…ってかお前こそどうしたんだよ!?」
ただ、その綺麗な白い髪とは対象的に、彼は精悍な顔や黒いコートに大量の返り血を浴びていた。
「少し、暴れていた」
暴れたのレベルではないだろう。
さすがに嘘である事にケントは気づいて、苦笑した。
「そんな事より、」
突然、エルは真剣な表情になって言った。
「早く逃げるぞ。カブキチョウが翔ぶ」
一瞬、何を言ってるのか分からなくて、聞き返すケント。
「だから、翔ぶんだよ。歌舞伎町には蝶が寄生していたんだ」
すると、辺りの照明がチカチカと、点滅を始めた。
「…何が…?」
「カブキ蝶だよ。羽化を始めてる」ダジャレか。
エルはケントとアンリの手を引いて駆け出した。
「カブキチョウは、歌舞伎町を繭にしてた…だから魔力の集積が激しかったんだよ」
エルが振り返らずに言う。
「しかも今日が羽化の日だから魔力がさらに溜まってる」
『歌舞伎町一番街』のアーチ看板がすぐ近くに見えてきた。
その時、ゴゴゴ…、地面が震える。
真っ暗な夜空にキラキラと照明が星のように浮かび上がってきていた。
「急げ!!」
エルの手を振り払って駆け出す二人。
三人は一斉にアーチ看板の下をくぐった。
「はぁ…はぁ…」
大の字に寝転がるケント。
その上空に、
星空の様な翅をはためかせている巨大な蝶が飛んでいた。
ネオンサインの照明灯を身体につけて、夜空に舞っていた。
「綺麗…」
アンリはうっとりと、その蝶を見上げていた。
ケントは、特に何も思わなかった。
ただ、蝶の行く先を眺めていた。
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