奇妙in歌舞伎町 side立神ケント

 エル・シーズンを先頭に固まって歌舞伎町の中を歩く3人。


「何だか……嫌にキラキラしてるよな」

 ケントが呟くと、身体からドラコが飛び出す。


「せやな。それがカブキチョウなんやろ……どういうトコか分からんけどな」

 深夜というのもあってか、歓楽街“歌舞伎町”はなおさら妖しく光を放っている。

コホー…


 何やら不思議な音が聞こえてくる。

「……何か、聞こえないか?」

「空耳やろ」

 今度は音を逃さないように息を殺して、耳を澄ます。

すると向こうから雑音混じりに、

コホー……コホー……

という、不気味な音が聞こえてきた。


「エル、まずい。何かが来る」

 ケントは咄嗟に前のエルを肩を叩き、引き止める。


が——

「え?誰ですか、あなた」


だった。

エルに似てすらいない白髪の中年男性がいた。

(え……?エルは?アンリは?)


ケントは周囲を見る。

歩行者の大群に囲まれて、エルとアンリの姿を見る事が出来ない。


「ドラコ、まずい……迷ったかも」

「はぁっ!?」


コホー……コホー……

 徐々に不気味な音が大きくなっている。

 気づいているのはケントとドラコだけ。


 周りの人々はただ歩いている。

 何も見ていない。ただ前を見て彷徨う様に足を動かしている。

 通行人の表情は、既に生気を失っていた。


「まさか……!」

「おい、ケント!!」

 先に“それ”に気づいたのはドラコだった。


 目の前に2メートルほどの巨大なからだが雑踏を掻き分けて現れる。


 ……古びた白いタンクトップと破けたジーパン、そしてガスマスクというあまりにも、奇怪な姿。


 青色をした筋骨隆々の筋肉がタンクトップからはみ出ている。


 手に持っている錆びた鉈包丁が、更に凶悪感を一層増していた。


 ガスマスクの中からは、コホー……コホー……と荒々しい息が漏れている。


 そのタンクトップのシャツの上。

 "Scrapper "と血の様に赤いペンキで書かれてある。


 スクラッパー。———潰す者。

 その文字を認めた時、ケントは咄嗟に戦闘態勢に入っていた。


「ドラコっ!」

「分かった!!」

 ケントの合図に合わせて、ドラコがケントの身体に入り同時に一気に拳を振り下ろした。


「うらぁぁぁあああ!!」


 ケントの渾身の一撃は、雄叫びと共に見事に腹に決まる。

 ズゥン!!

 重く、確実な一撃だった。


 しかし、スクラッパーはビクリとも動かない。


った……)

 怯んだドラコにスクラッパーは勢いよく、鉈を振り下ろす。

ドラコは咄嗟に、腕を交差して錆びた鉈を受ける。


 刀身が錆びているために腕が断ち切られる事はないのだが、それでも圧倒的なパワーでドラコの足元が地面にめり込む。


 ドラコは鉈の一撃を弾き、右脇腹に入り込む。そして一気にスクラッパーの頭を回し蹴ろうと体を翻す。

 だが、その直後、足をスクラッパーに掴まれてしまう。

(コイツっ……!!)


 スクラッパーはそのままドラコを振り上げ、さっきの錆鉈のように勢いよくドラコを床に叩き落とした。


 舗装された地面が割れ、アスファルトが捲れる。

「ごはっ!」

 強く打ち付けられた背中全体にヒビが入る音がする。


 スクラッパーが見下ろしている。

シュコー……


「なんや、本気で殺しにかかっとるみたいやな」


 ケントはクレーターの中で、ゆっくり立ち上がる。

 ボロボロになった身体で、やっと起き上がる。


「クソッ……負けたくねぇなぁ」

 ふらつきつつも、その目は未だスクラッパーを強く睨んでいた。


 その時、

 ザザ……ザ……


 突然ドラコの頭の中にノイズが入る。

 そしてスクラッパーの姿がぐわりと歪む。


「な、何や?」


 やがて目の前の光景がテレビの砂嵐の様になり、一切が見えなくなる。


 そして、ケントは立っていられないほどの頭痛に襲われる。

 頭を抱えて、呻き悶える。

「っっっづあああああああアアア!!!!!」

その痛みに思わず絶叫する。咆哮する。


喉が張り裂けるくらいに叫ぶその悲鳴は、

真夜中の歓楽街に大きく響いた。


そしてドクンと身体全体が跳ね上がる。

目の前が真っ白になる。

そして彼の頭の中に、流れる川の様にモノクロの映像が溢れ出す。



 ケントは見ていた。

 剣や弓を持つ人々の姿。

 そしてそれを焼き払う焔。

 煉獄に囲まれ、逃げようにも逃げられない哀れな人々。

 建物は燃え盛り、周りは火の海と化していた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。

(なん……だ、コレ……)

 ケントは見ていた。

 黒い焔。怨讐の焔。

 ゆらゆらと燃え広がっていく焔を。

(熱い…息が、出来ない…)


《壊セ》

 黒い炎が唸る。

 そこでケントの視界は暗転する。



「あっ……がはっ……はぁ、はぁ……」

 ドラコが、スクラッパーを睨んでいる。

 いつのまにかケントの人格が身体から抜けている。


 ドラコは、何も変わっていなかった。


 ただ、その右半身からが噴き出ていた。


《壊セ》

「がっ、ぐっ…グオオオオオオォッッ!!!」


 ネオンに照らされる路に、強烈な咆哮が響き渡る。

 ガスマスクスクラッパーは、鉈包丁を振り上げ、ドラコに襲いかかる。


 刹那——スクラッパーの、鉈包丁を持っていた、その太い右腕が黒炎によって抉り取られる。

《壊セ》

 その右腕は瞬く間に灰となり、鉈包丁は紅く輝いていた。


《壊セ》

「ゴォアアアアアア!!」

 右半身の焔がさらに噴き出す。

 それは、獄炎ヘルファイア

 形を作り、巨大な焔の腕が顕現する。

 捻り出した黒い炎の巨腕は、スクラッパーの巨大な胴体を貫通する。


 その炎腕から噴き出る黒炎がスクラッパーを包み、その巨軀を焼き尽くす。


 断末魔を上げさせる暇を与えないままスクラッパーを消した。


 あまりにも、無様な消え方となってしまった。



 ギラギラとした照明がエルを照らす。

 ふと、エルは後ろを振り返る。

「……いない?」

 雑踏に紛れてしまい、ケントを見失ってしまった様だった。


「まずいな…大気中の魔力の消費が激しい…魔力に干渉して暴走していないと良いが…」


 彼の身を案じながらも、ひたすらに歩き続ける。


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