奇妙in歌舞伎町

「立神ケント?誰だそれは」

「例の…少年でございます」

「あぁドラゴンの器か…」

 派手な色使いの部屋の中には、モウモウと薄白い煙が上がっている。点滅する蛍光灯は煙で霞み、淡い光が部屋を包んでいる。

「彼がこの近くにいるという事を伝えに……」

「なるほど」


 その中に、スーツ姿の男2人が向かい合うように座っている。

 一人は燃える様に赤い髪の男が足を机の上に置いて、座っている。


「ソイツは……アレに任せておけ。多分一人でいけるだろ。……それで話は変わるが、天神廟チェーンはどうなってる?」

「大体は完了してます」


 緑髪の男が、ある一枚の資料を赤髪の男に差し出す。

 東京23区のとある区の地図だった。

「……そうか。じゃあ俺の役目もあと少しって事か」


 赤髪の男は椅子から立ち上がる。その口角は歪む。

「重畳」

そう言い残して、派手な部屋を後にした



2日後。

深夜2時。歌舞伎町。


 ——新宿、歌舞伎町は、ギラギラとしたネオンサインで輝いていた。

 ただ無垢に。純粋に。

 獣溢れる夜だというのに未だ活気づいている。


 正面から入れば門の様なアーチ状の看板に大々的に"歌舞伎町一番街"と書かれている。

 極彩色に輝く歌舞伎町に疲れを癒す為に多くの人々が群がっていた。


 その群れの中心に、一人の男の姿があった。

黒いローブを羽織った茶髪の男。

 窓からうっすらとネオンの光が入っている。


「最近は…いや、結構前からか……モンスターを狩るというゲームが流行ってて」

 男の目の前には女が倒れていた。

 助けてと叫んでも、もがいても誰も助けに来ない。彼女はそれを悟っていた。


 人々は彼女の存在さえ知らずに歩く。

 美しい女だが一番目を引くのは、下半身全部が魚のヒレだった。


 そう、人魚である。

「どうでもいいけど、人がモンスターを狩るという名目で殺すんだ。それが人の姿に近くてもおそらく殺すんだろうね」

 女は怯えていた。


 声にならない声で何かをブツブツ呟いている。

 光を失った瞳は男の顔を写している。

 男は、少年の様な顔立ちだった。


「僕は嗜虐的じゃないんだが…君みたいな人間らしく生きるモンスターを見ていると、なぜか悪寒がするんだよ」


 すると男の背後から、「コホー、コホー」という呼吸音とともに凶刃が女の首元を襲う。


 ガジュ……ガジュリ……と何度も鉈が首に入っていく。掠れた人魚の声が、空いた喉から漏れる。


「ちなみに、僕は魚が嫌いなんだよ。生臭い」


 そう言って男が去った後には、肉片が生臭い血の上に転がる。


 それでも、人々は呑気に、今夜も明るい歌舞伎町の中を歩いていた。



同時刻。


「カブキチョウ……」

 とりあえずあのアーチの前までは来たものの、ケントは立ちすくむ。


 未成年のケントとアンリにはまだ刺激的な場所である。


 辺りを見回せば、

ラブホ、ラブホ、ホストクラブ、ラブホ、クラブ、コンビニ、ホストクラブ……

「うっわぁ……」

 目に毒だ。


 派手な色と照明で目が眩む。


「なるほど、こんな感じなのか」


 エルは呑気に感心していた。

「それじゃ行くぞ」

「お、おい、ちょっと待てよ」

 エルを引き止めるケント。


「何だ?」

「お前はいいかもしれないけどさ…俺らまだ未成年なんだよ。簡単に入れてくれないだろ」

小さな声でエルに囁く。


「じゃあドラコの記憶はどうするんだ?」

「それは……」


 すると、エルがケントの耳元で囁く。

「いいか、立神ケント。年齢というのは、言わなければ分からないものだ。時には必要な嘘もある。そうだろ?」

「………」

 黙って頷くケント。


「バレなければ問題じゃない。いいね?」


 エルは真剣な顔でケントの顔を見ている。

 渋々頷くと、エルと共に"歌舞伎町一番街"と書かれたアーチをくぐる。

 ケントは自らの頬をパチンと叩き、エルの後について行った。


「それじゃあ…行こう」

 3人は、眩ゆいネオンサインに照らされながら歌舞伎町の中へと踏み込んでいった。


「しっかし…なんかこの街、クラクラするんだよなぁ」

 嫌そうに呟くと、目の前のエルが後ろを振り向く。


「どうやら、この風俗街はあらゆる欲望が魔力に変わっているみたいだ。人間が強力な魔力に呑み込まれると人格も変わってしまう」

「……そんなに?」

「現に、周りを見てみろ。気づかれない程度でいい」

 エルは街の景色を指差す。


 そこには、エルフの女に「今夜どう?」と唆される男がいたり、明らかに薬物中毒になってるドワーフに薬を売りつける男がいたりと、辺り一帯がアウトローな雰囲気になっていた。

 よく見れば、「エルフが貴方を癒す」やら、「カッコいいコボルト達」やら怪しい看板がたくさんある。


「欲望の魔力は種族の壁を越えるとより強くなっていく。コレも次元衝突の影響だろうね」

 ケントは周りの景色を眺めて、思う。

 (……狂ってる)


 だが、今はそんな事気にしていられない。

「ドラコの記憶を探そう」

 それがここに来た理由だ。



「ねぇねぇ」

 アンリがケントの肩をトントンと優しく叩く。

「はい?」

「ケントくんってこういうところ初めて?」

「は、初めて…なんだけど」

「わたしは、初めてじゃないんだよね」

 さらりととんでもない事を笑顔で言い放った。


 だが、ケントは別に驚かなかった。

(確かに、こういったとこ行ってそうだ)

 何しろ彼女がいたのは、エルと同じ中世ヨーロッパ風な異世界である。

 おそらく現代のように男女平等を謳うというのが、そこまでなかった時だろう。


 少なくともそっち系はしてたのだ。

どんな事をされていたのかは想像したくないが。


「まぁ…ケントくんになら、されてもいいかな…」

「…っ!?」

 頬を赤らめながらアンリが呟く。

「あんな事やこんな事とか、全部受け入れるよ?」

「いや、いいですやめときます遠慮します」


 しっかりと拒否するスタンスのケント。

 というか、見ず知らずなのに受け入れようとするとはどういう貞操観念なのだろうか。頭のネジが外れているのだろうか。


「なーんて、冗談冗談!!そんな気にしなくていいから」

 笑顔でケントの背中をバシバシ叩くアンリ。


 雑踏に飲まれながらも前へ前へと歩き続ける。


そして———


"コホー…コホー…"


 ケント達を狙う刺客が着々と近づいていた。

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