幕を開けろ。カーテンのように颯爽と


 夕方になっていた。

 空は夕焼けに染まり、ひぐらしがビルの壁に張り付き、カナカナと鳴く。


その中で。


「ごめん、ごめんね…」

 死にかけた白鎌カマイタチに治癒魔法をかけるアンリ。


 途中、気絶させていた方の白鎌が起きだして、アンリに襲いかかったが、ケントが制止させたおかげで白鎌は怒りを収めた。

 その白鎌の腹部にはケントの靴底の跡がしっかりと残っていた。


「クー……」

 白鎌が心配そうに、もう一匹の白鎌を見ている。

 ケントがその身体をさする。

「大丈夫。大丈夫だ。お前のは、無事だよ」

 そう言って優しく微笑んでみせた。


「兄弟やて?」

ドラコがいきなりケントの体から出てくる。

「いつから兄弟って分かってたんや、お前?」

「東京新種の生態は、よくラジオでやってんだよ。だからそれで覚えてる」

 東京新種は次元衝突後の日本に現れた生命体の事である。

 この白鎌カマイタチを含め、その多くがモンスターとしてカテゴライズされているが、次元衝突直後は東京新種と言われていた。


白鎌カマイタチは夜に2体で行動する。気性が荒かったのは……アレかな」

 ケントが路地裏の方を指差す。

 そこには小さな白鎌が数匹。

「子供がいたんやな……」


 ドラコは、そう呟いた後に白鎌に治癒魔法をかけるアンリを見る。


「ホントに、ごめん」


「……」

 ケントにはただそれを見つめる事しか出来なかった。


——転生者達アイツらはただ手をかざすだけで世界の均衡を崩せることもできる———


 エル・シーズンの言っていた言葉が突如、頭の中でフラッシュバックする。


 確かに、転生者であるアンリは白鎌カマイタチを易々と瀕死にさせた。

 肉体の強化も何もなく、槍だけで。

 これが転生者の力——恐ろしいものだ。


 日が落ちて、空が暗くなっている。


「アンリ。そろそろ、帰るよ」

 小さな少女の肩に、そっと手を置く。

 白鎌の傷も塞がり、状態も良くなっている。

 路地裏から白鎌の子供が、眠っている親白鎌の方へと駆けつける。

「クー、クー……」


 安全面では最高とはいわれた東京も、今となっては野山と殆ど変わらない。

 異世界産のモンスターもいる。

 これ以上は、さすがに危険だ。 


 アンリもこちらを上目で見て、頷く。

 そして白鎌の方を向いて微笑む。

「じゃあね」


 ぼそりとそう呟いて、白鎌の元を去る。

 彼女の顔はやはり、悲しそうだった。


「どうした、ドラコ?」

「身体が熱っぽいねん……風邪なんかな?」

「気のせいだろ…てかドラゴンが風邪引くって…そんなのあんのか?」

 だが、人格を無理やり引き剥がしたのはケント自身。

 なんらかの影響がドラコに出てしまったのかも知れない。


 しばらく歩いていくと、ケントの家へたどり着いた。

 ケントにとっては久々のマンションの一隅である。

 とりあえず、到着出来たから良かった。


「汚い部屋だけど……」

 扉を開けるケント。

「お邪魔します……」


部屋の電気をつけると、そこに見慣れた男がいた。

「やあ、おかえり。いやぁ、ここも小汚いけど生活感があっていいねぇ」

真っ白な髪の青年があたかも自分の家かのようにくつろいでいた。

「……」

「……」

「「なんでお前がいるんだよ!!!!!」」

奇跡的にドラコと声が重なった。



『東京FMがお送りしている、スクールロック…今回は"真夏の冒険"をテーマにみんなからの冒険を聞いております!』

 小さなポータブルラジオからポップな番組が流れ始める。

アンリは疲れているだろうから、既に部屋で寝ている。


「それで、なんでいるんだ?」


 ケントの質問に答えず、エルは白い髪を掻きながらラジオを不思議そうにじろじろ見ていた。

 ラジオが気になっているのだろう。


「なんでいるんだ?」


 ケントが再度尋ねる。

 エルは番組が流れているラジオを、仕方なく机の上に置いた。

 そして黒いコートのポケットから何かをケントに放りなげる。


「これは?」

の欠片さ。普通のドラゴンの骨だよ」

 白い石ころの様な小さいモノだった。


「ドラゴンって、まさか…」


 ケントがドラコの方を見ると、ドラコの身体が赤く輝いていた。


「おい、ドラコ!!!」

「あ、熱い……」

「ドラコ!!エル、お前一体何をした!?」


 エルはドラコを見て自らの白い髪を掻いた。


「ソレの魔力を復元してる」

「復元!?」

「ソイツは魔力がないんだろう?ならそれを引き出す必要がある」


 確かにドラコには記憶が無い。

 だが、その記憶を復元できるなんていうのは知らない。


「原初の竜は全てのドラゴンの始祖。だからドラゴンの骨を使えば、魔力ぐらいは戻せるだろうと思ったけど」

 エルは腕を組んで、輝くドラコを見つめる。

「どうやら、記憶まで戻ってきているみたいだ……」


 ドラコはうつろな目で遠くを見る。

(——コ、……ラコ、ドラコ——)


「懐かしい声……誰やっけ……?」

 胡乱になりながらも呟き続ける。

「眩しい……ネオンサイン……ここは、どこや——カブキチョウ?」


 竜骨の欠片にヒビが入り、そして一気に灰と化していく。

 ドラコを包んだ輝きが収まり、我に返った


「はっ……ワイは……何を?」

 ドラコはケントの方を向く。

「大丈夫か、ドラコ?」

「全然大丈夫や。ていうかむしろ、力溢れとる気がするで」

 ドラコがパタパタと小さな羽を使って飛びまわる。

 エルは神妙な面持ちでドラコを見る。

「まだ少ししか復元できていないか」

「ホントに……歌舞伎町に、ドラコの記憶があるのか?」

「そうかも知れないな。とにかく言ってみなくちゃ分からない」


 カブキチョウ——

 次元衝突によって更に発展した、多くの異種族が集う欲望と栄光の歓楽街。


 そこに何かがある。

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