理解ング、ドラゴン

 ガチャリと鍵の開く音が聞こえる。

 ケントは顔だけを扉に向ける。


「お前は!?」


 エル・シーズンが扉を開けていた。

「まったく、なんてザマだ」

「……」


 ケントは目の前のエルを見つめていた。

 エルは、右肩から腕にかけて包帯を巻かれ、その上から新しいTシャツを着ていた。

(お前も大概だろ)


「お前が勝手に逃げるからだろ…」

「でも、僕は君に助けなんて求めてなかった」

 言葉につまるケント。


「正直言って、君のお節介は邪魔だった。僕一人でも行けたというのに…」

「それだったら今もお前は逃げてるハズだろ?」

「……」

 逆に言葉につまるエル。


「確かに、そこは認めざるを得ない」

 苦い顔をしながらケントの横に座る。

「だが、僕は君よりかは強い」

 そこは張り合うつもりでいるのか。


「なぁ、エルは異世界から来てるのか?」 

「異世界…かどうかは分からないが、君のいる世界とは違う所から来ている」

「殺人鬼……てのは?」

「本当だ。たしかに僕は人を殺している。数えきれない程に。だけど、あれは使命だ」

「使命?人を殺すのに必要なのかよ?」

 思わず片眉を上げる。

「僕が罪のない人を殺していると思っているだろ」

「……いや」

 彼が転生者しか狙わない暗殺者である事はツバサから訊いている。


「転生者というのは世界の理を歪ませる。言ってしまえば星にとっては百害あって一利なしだ。転生者達アイツらは、ただ手をかざすだけで簡単に世界の均衡を崩せることができる。そんなヤツがごまんといたら、世界は確実に壊れる」

「世界が壊れるって……そんなに転生者ってのはヤバいのか?」


「禁忌創成、全能付与、無限射程……」

 途端に呪文の様に何かを呟くエル。


「僕がこれまで殺してきた転生者の能力さ。これでも転生者の一部分しかいない」

 エルは堂々と語る。

「あらゆる理を度外視している。そんな馬鹿げた事が出来る者など、存在するハズがない。いや存在してはいけない」

「だから殺す……って訳か」


「アレを人間だと思わない方がいい。ただの異常。人間の皮を被った災厄だ。それを僕が止めるだけの事」


 何故だろうか。妙にエルが輝いて見える。

 だが、ケントはそんなエルが不快だった。

 何せ正義を掲げて行われているのはただの殺人。

 テロリストと考えが同じじゃあないか。

 そんなものを正義だとは思いたくない。


「それで、君はどうなんだ。立神ケント」

「……ん?どういう事だ?」

「なんだ。?」

「気づいて、って…何が…?」


 ケントがあたりを見回す。

 エルが呆れて天を仰ぐ。


「お前……身体動いてるだろ」

「それがどうし…………あ!!」

「やっと分かったか…」


 そう、身体が動いている。

 さっきまで筋肉断裂と診断され、ボロボロになっていたはずの身体が動いている。


「いつの間に……」


 思わずベッドから飛び起きる。

 回復……というより身体が軽くなっている。


 ケントは自分の身体を見わたす。

 包帯の巻かれている右腕が目に入る。

 以前の戦闘で、ツバサにナイフで刺された傷。


 恐る恐るその包帯を解くと、生々しい刺し傷が 動いている。その傷を今にも修復しようと周りの皮膚が繋がろうとしている。


「“竜の力”……」

「そうか、この力が竜のものか」

 エルが興味津々に傷口を覗き込む。

「さすが、竜といった所か。しかし思った以上に再生力が強いな……」


「エルは竜を知ってるのか?」

「もちろんさ。フィランディアの山の外れには沢山いた」

「へ、へえ〜」

 マジでフィランディアってどこだよ。


 エルはまじまじと傷口を見続けている。

「この魔力の強さは……コイツ、もしや原初か?」

「原初?」

「古代……いや、星が生まれた時から存在した竜の事だ。原初のドラゴンは破壊の"竜"と豊穣の"龍"の2体しかいない……そしてその破壊の"竜"の方が君の中にいる」


 そして、エルはケントを睨む。


「破壊の竜は全てを燼滅させる災禍の主と言われる程の最強の存在という程……」

「あの関西弁もどきが?」

「ただのドラゴンなら君に憑依なんか出来ない。どんなに高位のドラゴンでもな」

「そんなヤツだったのか……」


 ケントはドラコの凄さを改めて知り、唖然としていた。

 腕を組んで冷たい視線でそれを見ているエル。

(ホントに何も知らないのか……)


「なぁ、エル。原種のドラゴンについて他にないのか?」

 瞳を輝かせるケント。

 エルはため息を吐いて、原初について語る。

「原初はそれぞれ対極した属性を操る。

破壊は、炎と、闇と、光の3つ。

豊穣は、水と、雷と、風の3つ。

全部まとめて使えるんだよ」

「す、すげえ!!」

 目を輝かせるケント。


「今の君じゃ3属性どころか魔力放出すらもできないけれどな」

「あ、そう……」

 純粋に項垂れるケント。


「そして……原初の竜の一番の特徴は、

「どういう事だ?」

 首を傾げるケント。

「……実際に試してみようか」


 そう言ってエルは、ケントの頭に触れる。

「【祭壇】」

 虚空に手をかざし、紫色の魔法陣を顕現させる。

「【贄を捧げよ】」

 そして魔法陣の中に拳を突っ込んだ。


 しかし、何も起きない。

 紫色の魔法陣は塵となって消えていく。


「何をしたんだ、エル?」

「僕は今、を発動した」

「ぬをっ!!?」

ケントは慌てて頭を払う。


「安心しろ。からな」

「喰われた……?」

「それが原種のドラゴンの力だ。普通のドラゴンは魔法を喰らう。しかし、原種はんだ」

「んん〜?それってどういう…」

首を傾げるケント。


「魔法は魔力を通じて発動される。例えば召喚魔法や僕のした設置魔法は、魔力で発動を継続させる事が出来る……原種の竜はそれまでもを喰らうんだ」

「え。てことは、無敵じゃね!?」

「それは……分からない。魔力を喰いすぎて、君の精神に影響をきたしてしまうかもしれない」

「なんだよ、それ…」

 せっかく期待したのにガッカリした。


「そして…だ。君に言わないといけない事がある」

「……?」

 エルの言葉にケントは顔を上げる。

「先ほど言った通り、君が宿しているのは【破壊】。魔法を無に帰す事が出来るほどの力というのは、その世界の理を“破壊”している訳なんだ」

確かに、魔法がある世界で魔法を喰らうというのはある意味世界を壊している。

 

「僕の世界において竜は“悪”。司教に断罪されるべき存在、世界を破壊する力を持つというのなら尚の事」

 その言葉でケントは、エルが次に言うであろう言葉を悟る。

「君が狙われている理由——それは」


 エルの声が低くなる。

 「君自身が存在する事自体、悪だからだ」

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