第5話 本当の“愛”

 「宮子さん、好きです」

 「おはよう桃太郎。朝ご飯できてるわよ」


 スルーされたことにぶすりとむくれながら黙々と食事をする桃太郎。そんな空気を紛らわすように、宮子は先日耳にした話を話題に出した。


「そう言えば、こないだ近くに住み始めた浦島さんっていう人知ってる?あの人虐められていた亀を助けたら海の中にあるお城に招待されて、帰るときに貰った土産の箱を開けてみたら一気に何十歳も歳を取っちゃったらしいわ。怖い話があるものねぇ~」

「宮子さん、その浦島さんっていう人の家、教えてください」


 浦島という人の話をした途端に箸を置き目を光らせた桃太郎に、一体どうしてだと尋ねる。


「俺、その箱貸して貰いに行ってきます。宮子さん俺の歳も気にしているのでしょ?俺がじいさんになれば――

「やめてちょうだい!!」


 宮子は桃太郎の危険な考えを蹴り飛ばし、荷物を持たせ街へと送り出した。今日は、知り合いから頼まれた手紙を街へ届けに行くのだ。街で一泊するのでいつもよりも荷物が重い。

 早々に街に着き、目的の人に手紙を渡し終えた後街でぶらぶらしていると、向こう側から大勢の軍人がやってきた。気になって一人の男に声をかけてみると、突然『お前も来い』などと手を引っ張られて連れて行かれたのはどこぞの屋敷。

 なんでも帝が恋慕を抱く女性が故郷へ帰ってしまうのを阻止すべく結成された軍隊らしい。


 翌日、桃太郎は一つの小瓶を手に歩きながら溜息を吐いていた。手の中にあるのは不死の薬、らしい。女性を必死に引き留めようとする帝に、恐れ多いながらも『彼女を行かせることもまた、愛なのではないでしょうか』と進言した桃太郎。その言葉に納得し彼女を見送った帝に褒美として賜った、女性から渡された液体から数滴小瓶に分けたもの。

 これを宮子さんに飲ませれば、永遠に一緒にいられる。そんなことが桃太郎の頭に浮かんだ。


 桃太郎は桃の木の精。その生命は母体である木が枯れるまで続くのである。宮子はもちろん、桃太郎が生きている間たくさんのものがなくなっていくだろう。やっと宮子と共にいられるようになったのに、別れがくるなんて残酷すぎる。

 しかし・・・・・・帝に申し上げた言葉が思い出された。彼女は死にたいとは思っていないが、きっと摂理を超えてまで長生きしたいとは思っていない。それに勇男にも会いたいだろう。そんな彼女をずっと引き留めることの方がもっと残酷だ。そのときが来たら勇男の元へ行かせる、それも自分が宮子に対してあげられる愛なのだ。


 桃太郎はそう思い、手中にある小瓶を手すりの下の川へと投げ捨て帰路へと急いだ。

 

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