第4話 苦渋の六枚目
突然だが、宮子は傘を編んでいた。
気がつけばもう年末。自給自足の生活のため、普段の生活では自然の恵みで食を賄ってきたのだが、年末年始はやはり餅を食いたい。
そこで桃太郎に竹を切ってきて貰い、それで宮子が傘を編んで街へ売りに行くという算段だ。
囲炉裏の火を受けながら、桃太郎は淡々と竹を編んでいく宮子の姿を見つめていた。竹を切り、編めるように細くしていく作業を全てこなした桃太郎は、今日はすっかり疲れているだろう。微睡みながらも時折頭を振って、慣れた手つきで編まれていく傘を見つめ続けていた。それがなんだか可愛らしく思われたが、宮子にしたら明日も朝早いのでもう寝て欲しかった。
「桃太郎。今日は疲れたでしょう。もうおやすみ」
そう優しく言うと、のそのそと近づいてきたかと思えばころりと宮子の膝に頭を乗せて寝転がった。驚いたがすぐに小さく寝息を立てだしたので、声をかけるのは止めておく。
最近は宮子へのアタックも少し落ち着いてきたように思う。宮子自身にその素振りがないからだと思われるが、希望がないのに宮子のことを思い率先して仕事をしてくれていることに少しの罪悪感と感謝を抱く。しかし桃太郎に対する愛情はちゃんとあるのだ。子どもに対する愛情が。
膝に置かれた頭はずっしりと重くしばらく経つと痺れてきそうだが、その重さが宮子には幸せに感じられた。きっと桃太郎が自分の元に来てくれなかったら感じることのできなかった幸せ。
知らず知らずの内に口の端が上がった宮子は、ゆらゆら揺れる火が手元を照らす中必死に傘を編み続けるのであった。
「雪が酷いから気をつけるんだよ」
「はい。行ってきます」
雪が吹雪く寒い朝、桃太郎は宮子が作った六枚の傘を持って家を出た。立っていることでやっとという風の強さに負けず、桃太郎はずんずんと踏み進んでいった。
常人よりも早いスピードで進み、街の入り口まで来たがそこで桃太郎の足は止まった。
雪が積もりすぎたため、街への道が塞がっていたのだ。
どう見ても今日中には街へ行けそうもない、さらに家に帰ることもできないことがわかり、桃太郎は仕方なく家に帰ることにした。桃太郎にしたら、年末年始に餅が食えないくらいどうとでもなかった。大好きな宮子と共に過ごせればそれで。
それに、桃太郎は宮子が編んだ傘を売ってしまうのはもったいないと思っていた。できることならば全て自分の物にしたいと。
来た道を返してると、道の脇には六体の地蔵。はてこんな所にあったかと首を傾げて近づくと、皆それはそれは寒そうな顔をしていた。
そこで桃太郎は背負っている傘を手に持ち、しばし思案した後愛しの宮子作のそれを地蔵の頭に掛けてやることにした。一枚ずつ一人一人に被せていく。一枚手に取る度に、なんとも名残惜しい気持ちが襲ってくるが、きっと宮子もこの方が喜ぶだろう。
最後の一枚。じっと手元を見つめ後に地蔵の笑顔を見つめる。逡巡し、結局それも最後の一人に被せることにした。指を咥える様な気持ちで改めて地蔵たちを見ると、彼らの微笑みは一層深くなったような気がした。そらそうだ。宮子の手作りなのだから。
哀愁漂う表情の桃太郎は、自身の手に息を吹きかけ、温かい家へと足を動かした。
大晦日の夜、宮子と桃太郎の家の前にはたくさんの餅や米、他にも大量の野菜などが置かれた。桃太郎が遠くを見やると、ぼんやりと六体の地蔵が見えた。宮子は不思議がっていたが、桃太郎は知っていた。それらが宮子の優しさ、温かさへの礼であるということを。
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