第3話 ちょっとドキドキ!?とタヌキ騒動
翌日、川での洗濯を終えて帰ってくると、家のすぐ側では桃太郎が今日の分の薪割りを行っていた。
諸肌を脱いでいることから丸見えである上半身は綺麗な筋肉がついており、何故か目を逸らしたくなるような、反対に凝視したくなるような、そんな何年も味わっていない乙女のような気恥ずかしさが感じられた。
煩悩を消し去るように頭を振って、抱えている樽を棚に戻そうと家の中に入る。が、毎日樽を棚に戻すのも一苦労だ。ここ数年身長が縮んだのか、目一杯背伸びをしないと棚へ戻すことができないのだ。
「よっ・・・・・・と!」
ふと背後に気配を感じたと思ったら上からスッと腕が伸びてきて、その手が宮子の持つ樽を易々と棚に戻す。背伸びをしていたため思わずバランスを崩し後ろへ傾いたところ、背後にいる桃太郎に肩を抱き止められた。背中が直に桃太郎の肌に触れ、先ほどまで薪割りをしていたためか汗の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
「ひゃっ!」
一気に恥ずかしくなり、肩が上に跳ね上がる。
何よ、『ひゃっ』って気持ち悪いと自分でも恥ずかしくなり顔に熱が溜まるのを感じていると、肩から離された手が今度は宮子の腕を掴んだ。
「宮子さん何ですかその可愛らしい反応・・・・・・やっぱ俺、俺宮子さんのこと諦められません。大切にします俺と結婚しましょう」
「いやいやいやいや」
息子の諦めがとてつもなく悪い。これを期に、一端終わらせた話が振り出しに戻ってしまい、今まで無口過ぎるぐらい無口だった青年は変に饒舌になってしまったのだった。
数日後、山菜を採りに森へ行った桃太郎を見送り昼食の用意をしていた宮子は大きな溜息を吐いた。連日の桃太郎のアタックに、精神は疲れ切っていた。
あれほどそういう目では見えないと伝えているのに・・・・・・と溜息を連発しながら今朝採れた野菜を切っていると、背後でガタンと物音がした。
もう帰ってきたのかとギクリとしながら振り向くと、そこにはなんと一匹のタヌキ。ふさふさとした胴体に小さく円らな木の実のような瞳。その姿を目に入れた瞬間、宮子は背筋が凍るような気がした。
つい最近、隣の家のおばあさんがタヌキにババア汁にされそうになったのを、おじいさんが間一髪で助け出したという話を聞いたのだ。人間への報復だったらしいが、自分も汁にされてしまうかもしれない。そう思って逃げようとしたが、身体が竦み動こうとしても動いてくれなかった。
「なんだババア一人か・・・・・・てめぇもババア汁にされたくなければ――へぶっ!!」
今にも飛びかからんという気迫に思わず目を瞑ったが、タヌキは話半ばで奇妙な声を上げて静かになった。恐る恐る目を開けると、そこにはタヌキの首根っこを掴み持ち上げている無表情の桃太郎の姿。背中の籠には溢れるほどの山菜が顔を出していることから、今帰ってきたのだろう。それよりも、桃太郎の顔が怖い。
「宮子さんはババアじゃない・・・・・・」
「あばばばば・・・・・・勘弁・・・・・・!!!」
目に光はなく、ギチギチと締め上げる力にタヌキは苦しそうにこちらへと助けを求めてきた。
「宮子さん、今日はタヌキ鍋ですね楽しみです」
そう言って輝く笑顔を寄越す桃太郎に宮子は、とりあえず離してあげなさいと静かに言い放った。
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