第2話 子どもの成長ってこんなものなのかしら
初めて触れる新しい世界に、猛々しく泣き声を上げる赤ん坊。
子どもをもったことのない宮子は、赤ん坊がこんなにも力強く泣くことを知らなかったので、だいぶおったまげた。
絞った洗濯物と共に樽に乗せ、やっとの思いで家に持ち帰った大きな桃。朝の一仕事を終え、喉も渇いたので早速桃を切ってみようと唾を飲み込み包丁をその実に滑らせた瞬間、桃が独りでに割れた。
少ししか入れていない力と反対に簡単に真っ二つになった桃に目を剥くと、なんと中には目を閉じている赤ん坊。
信じられない光景に一瞬『はぁ?』となったが、すぐに驚きに腰を抜かした。
いきなり明るくなった視界に赤ん坊の方もびっくりしたのか、顔をぐしゃっと歪めると、家全体を揺るがすような大音量で泣き始める。
わぁあ~どうすればいいんだ~!?とあたふたしながら、数年前に会ったきりで最近は会っていない知り合いのことを思い出した。確かあの人も生まれたばかりの子どもを育てていた。その時は、こんな風に抱いて宥めていたような・・・・・・と、昔の記憶を掘り起こし、なんとか見よう見まねで泣き止まぬ赤ん坊を抱いてみた。
しばらくの間首を大事に押さえて胸に抱き優しく一定のリズムで揺っていると、徐々に泣き声は止んでいき、目を瞑ったままだが宮子の顔を見てにこぉと笑った。
その瞬間、宮子は感じたことのないものに触れた気がした。暖かく、心地よい液体に心臓が浸されていくような・・・・・・そんな居心地のよい気持ちがしたのだ。
きっと知っている者からすれば、それは“母性”なのだと言うのだろう。宮子は、なんだかよくわからないような温かい気持ちと共に、腕の中にいる子どもを守り育てよう、と決心したのだった。
桃から生まれたので、桃太郎。
少し安直すぎるか。だが桃の中から生まれてきたのは事実。
宮子の渾身の子育てに答えるように、桃太郎はすくすくと育っていった。ついこないだまで地面を這っていたのに壁に掴まって立ち上がり、数日後には箸を器用に使って飯を六杯も平らげていた。
艶やかな黒髪に一筋の桃色。それが桃から生まれた証拠のようだ。
桃から生まれて僅か三年、桃太郎はどんどん大きくなり、身長は宮子を超して天井につくほどだ。今では宮子の代わりに畑を耕したり薪を割ったりと力仕事をしてくれている。
なんだろうか・・・・・・ちと早過ぎはしないだろうか。
と宮子は思った。桃栗三年柿八年ということか。と、用があるため少し離れた人家へと向かいながら納得しようとしていると、子育ての仕方を盗ませて貰った相手と偶々顔を合わせた。
彼女の横には桃太郎の腰の高さにも満たないほどの子どもが、母の手を握りこちらを見上げていた。
『いやこれおかしいわ』と宮子は悟る。六年前に会った時に赤ん坊だった子どもが今目の前にいる子ども。比較すると、桃太郎の成長の早さは異常であるということに気づいたのだ。
「桃太郎、あなたは一体なんなの?今日、あなたの成長の速度がおかしいことに気づいたの」
焼きすぎて焦げた魚が並ぶ夕食の席、宮子は相対する桃太郎に向かって質問をぶつけた。
家に帰ってからも受けたショックを引きずってしまい、家事も上の空で魚を焦がしてしまったのだ。なんとなくピリピリとした空気を感じていたらしい桃太郎は、普段よりも無口だった。が、渋々といった風に箸を置くと、口を開いた。
桃太郎の話によると、彼は桃の精なのらしい。
十数年ほど前に夫の勇男を亡くし、彼の生前の好物であった桃の木の側に彼の亡骸を埋めた。その、桃の木の妖精であるという。
そして、毎日そこへ訪れていた自分に、こ、恋心を抱いたのだとか。
「太陽があなたを熱する日も雪が視界を覆う日も、毎日毎日勇男さんに会うためやってくるあなたを見ていて、ぜひあなたと共に生きたいと思いました。そして願い続けた結果、俺はあなたの元へと来ることができた。宮子さん・・・・・・、俺、宮子さんのことが好きなんだ」
真っ黒で無垢な瞳が真剣さを滲ませていて、それは宮子から一寸たりとも逸らされはしない。宮子は、桃太郎は本気だと思った。
だが宮子は彼の心に答えることはできなかった。三年という年月だったが、桃太郎は自分の息子だという思いがあるからだ。まさか息子のように思っている相手から恋慕を抱かれているなんて、思いも寄らなかったのである。
「私は、あなたの心に答えることはできないわ。だってあなたは私の息子同然なんだもの」
「わかっています。宮子さんが勇男さんのことを愛していることも。宮子さんの心が俺へ向かないことも。でも、でも伝えたかった・・・・・・。お願いします。これからも俺を、宮子さんのお側に置かせてください」
姿勢を正し深々と頭を下げられ慌てて頭を上げさせる。
「いいに決まっているじゃない!!桃太郎は私の子どもなんだから。それに、私も桃太郎のことを愛しているわ」
家族としてねと伝えると、桃太郎の目には見る見るうちに涙が溜まり、静かに静かに泣き出した。それを見て宮子は、まだまだ子どもだなと思ったのだった。
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