おうなとももたろ。

狼蝶

第1話 大きな桃を拾いました。

 とある人口の少ない村の大きな山の麓に、一人の女が住んでいた。

 名前は宮子みやこ、今年でよわい43。数十年前に夫を亡くし、それから一人でひっそりと暮らしてきた。

 夫の勇男いさおが生きていた頃は彼が山に柴刈りに行き、刈った柴を町で売って生計を立てていたが、それもできず今は家の側に小さな畑を作りそこから採れる物や山菜などで生活をしていた。


 宮子の日課は、まず朝一番に川に洗濯に行くこと。

 夏に入り、日中は気温が高くギラギラ光る川に行くと目がチカチカするので、朝一番に行くことにしている。それに朝は涼しくて洗濯物を運ぶ際も汗をかかないのが良い。



 宮子は今日もせっせと着物を洗濯板に擦りつけ、着いた汚れを落としていた。


「はぁ・・・・・・」



 白い着物をずりずりと洗っていると、ふいに口から重い溜息がこぼれ落ちる。

 川面に映るのは、いつもと変わらない自分の顔。面白くとも、何ともない。




 代わり映えのしない、毎日。


 なんだかとても、疲れた。生きたり、そのために食べたりする日々の細々としたことに、ごっそり疲れてしまったのだ。

 くたびれた という言葉がしっくりくる。



 小さい家だったが、一人になってそれが大きく広く感じられた。夜は物寂しく、何を食べても同じ味。

 何かを考えると決まって浮かぶのはあの人と過ごした日々。雪が吹雪いていた冬のとても寒い日の夜、囲炉裏で小さな鍋をくつくつ言わせ、頬を赤くし鼻を啜りながら食べた汁。


 とても、おいしかった


 ような気がする。




 今ではもう、あの味も思い出せない












 意識が暗い方へ行きかけたことに気づき、慌ててそれを払拭する。が、あまりに代わり映えのしない日常に再び溜息を零しそうになってしまう。


 洗濯に集中しようと手に力を入れたとき、かすかに『ぽちゃん』と音がした。


 無視して洗濯を続けていると、それは段々近づいてくるようで・・・・・・。思わず川上の方に顔を向けると、




 大きな、おおきな桃が、まるで屈伸運動のように顔を出したり沈んだりしながらこちらへと流れてくるのが目に入った。





「なんだありゃ・・・・・・」



 宮子の口から驚きの声が漏れた。無感動だった日々が大きな音を立てて割れていくような、それほど衝撃を与える風景だったのだ。



 宮子は心のどこからかわくわくが沸いてきて、胸がどきどきと音を立て始めた。震える手で洗濯物を樽に入れて脇に置き、着物の袖をおもいっきりたくし上げる。


 裾を大きく持ち上げて、思い切って川の中へと足をぶち込んだ。

 どっぷら、どっぷらと不安定な様子で流れてくる桃に、宮子は思わず『こい、こっちへこい!』と声をかけた。



 するとそれに呼応したように、桃は宮子の方へと吸い寄せられるように流れてきたのだった。



 『もう少しで手に触れる・・・・・・』


 倒れないように腰を引きながらも、大きな桃を腕に迎える準備をする。



 『あと少し・・・・・・!!  っよし!』




 桃は無事に、宮子の腕の中へ捕まった。




 














 代わり映えのしない退屈な日に、宮子は川で大きな桃を拾ったのであった。











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