第2話 学校生活の始まり

 探索者学園は今年度から開校されたばかりの学校だ。今回の新入生が第一期生として今後の探索者教育の指針となる。

 入学資格は中学を卒業した十五歳以上。ただし、今年は十六歳・十七歳や社会人の入学希望者も多かった。


 現在の民間探索者制度は十八歳以上を対象に、一か月程度の教習を受けるとダンジョンに入れることになっている。

 つまり十八歳未満の少年少女は探索者資格を取得できずダンジョンへ立ち入ることができない。だが、探索者学園に入学した生徒は十八歳未満でも学校の指導教員の監督下でダンジョンに入ることができる仕組みになっていた。


 そういうわけなので十八歳まで待てないやる気のある少年少女たちが集まっていて、今年の新入生には新高一相当(十五歳)から新高三相当(十七歳)までの少年少女が多数存在していた。

 また、ダンジョンの危険性を踏まえて一か月程度の教習では足りないと考えた者たちも、しっかりとした教育を受けることを希望して探索者学園に入学していた。


 これらの入学生は学習進度などによってクラス分けされ(高一・高二・高三・高卒以上)、カリキュラムもそれぞれ異なっている。きちんと授業を受ければ高卒資格も取得でき、これは高等専門学校の仕組みを参考にしている。


 無事に入学したマサルも高一相当のクラスに入り、どこの学校でも代わり映えのしない入学式やクラスでの自己紹介を終え、その後さっそくダンジョン実習が行われることになった。

 バランスを考えて学園側で班分けされたクラスメイトたちと協力してダンジョンのモンスターを軽く狩ってみるというもの。初回の授業ということもあり、お互いの様子見を兼ねて本当に簡単に終わるはずの授業だった。


 ◆ ◆ ◆


 黒いリストバンドをはめた手の中にカードが出現する。


 タロットカードのように縦長で艶やかな質感の上に描かれているのは恐ろしいモンスターの姿。

 赤い赤いコートを着込み、目深にフードを被った闇の奥からナニカがじっとこちらを見つめている。

 両手に持ったナイフはたった今哀れな犠牲者を切り裂いたばかりと言わんばかりに鮮血が滴り落ちていた。


 俺は自分のジョブ【魔物使い】のスキル【使役術】に意識を籠めた。

 自分の中のナニカが動き出し、右手を通じてカードに力を注ぎ込んでいく。


「――来い、“赤ずきん”」


 カードという【器】を満たした瞬間、パキィン、と『空気を振るわせない音』が響き、モンスターカードが粉々に割れて舞い散る光の中からそのは現れた。


 真っ赤なコートは膝まで伸び小柄な体躯を完全に覆い隠している。それだけ見るとまるで雨の日にレインコートを着ている子供のようだった。

 だが、両手に持った大ぶりなナイフがその印象を完全に覆している。そしてフードの奥に表情を隠したまま、油断なく周囲を警戒している。


 赤ずきんと呼ばれたモンスターは周りに大勢の人間が――マサルのクラスメイトたちが囲んで立ち、自分を見ていることを理解した後、マサルに振り向いた。

 こてん、とコミカルな仕草で首を傾げて尋ねる。


「ねえマスター。こいつらを血祭りにあげていいの?」


 歓喜、そして狂気。

 言葉の端からにじみ出る赤ずきんの狂喜にあてられた周囲のクラスメイトは顔をこわばらせ、自分たちの武器に手を伸ばした。

 腰に佩いたままの剣、矢筒に収められていた矢、魔法の補助となる杖――とっさに臨戦態勢を取った少年たちの姿を見て、ニイィ……と赤ずきんはフードの奥で笑みを浮かべた。


「こら、脅かすんじゃない」

「きゃあっ!?」


 ずるっとフードを引っ張り脱がせる。危険な闇の中身が白日の下に晒された。


「お、女の子……?」

「……エルフ!?」


 コートの下から出てきたのは肩口までのびた綺麗な金髪と新緑色の瞳。作り物めいた整った顔立ち。

 そして人間離れした長く尖った耳。

 赤ずきんはまさに伝承の中に存在するエルフそのものの姿をしていた。


「うう……マスターひどい……、どうしてこんなことをするの……?」


 【名付】 “赤ずきん”

 【ランク】 ★★  【大種族】 妖精

 【スキル】

 ・対人特攻:【人型生物】に対してダメージ増加

 ・鮮烈ナ赤:攻撃に【流血】の状態異常を付与


 赤ずきんが俺の手を振り払って睨んでくる。

 だが、小柄でほっそりとした赤ずきんに見上げられてもこれっぽっちも怖くない。ちょっと涙目になっていて可愛いくらいだ。


「お前がパーティメンバーを脅かすからだ。これから一緒に討伐に出るんだかちゃんと協力しろ」

「……マスターだって、こいつらと組むのは嫌じゃないの?」

「だから、そういうことを言うな」


 コツン、と軽く拳骨を落としてまた元のようにフードを被せた。

 、一人で勝手にダンジョンに潜ったりできない以上、パーティメンバーと協調する必要がある。


「俺は堂島どうじままさる。ジョブは【魔物使い】、見ての通りこの赤ずきんを使ってモンスターと戦う。前衛はちゃんとできるからよろしく」


 ふてくされた様子の赤ずきんの頭を下げさせ、パーティメンバーに挨拶をした。


 ◆


 その日の夕方。

 ダンジョン探索実習の初日の結果が出た。


 結果は100チーム中83位。

 トップと倍以上の差がつけられてしまった……。

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