トロフィー・ヒロイン・モンスター
カタリ
第1話 現代社会がダンジョンに敗北してから一年が経ちました
岩をくりぬいて作られた洞窟の中で大勢の人間と怪物が争っていた。
「みんな慌てるんじゃない! 僕たちの攻撃はしっかり通じている! このまま戦えば勝てるぞ!」
そう言って先頭に立って剣を振り上げて敵のボスと勇敢に戦っているのはつい数時間前までただの大学生だった青年だ。
その周りでボスの取り巻き相手に戦っている少年も、後方から支援魔法や弓で援護している少女たちは中学生。
中学校の教室に突然浮かび上がった魔法陣に取り込まれ、このダンジョンに放り込まれた生徒と教育実習生たちだった。
幸か不幸か『異世界転生もの』が漫画やアニメで流行っている昨今、彼らも自分たちの状況がその『異世界転生もの』そっくりだと思った。
混乱はあったが、教育実習生の青年がリーダーになってクラスをまとめ上げ(教師は巻き込まれていなかった)、ダンジョン探索を開始。
その途中で【ジョブ】という不思議な力を得た彼らはダンジョンを踏破し、今まさにボスに挑んでいた。
「これで、トドメだ――!!」
【勇者】のジョブに目覚めた青年の活躍は目覚ましく、一人も犠牲者を出さずにボスを倒してしまった。
そして、ダンジョンの最奥に出現した魔法陣にクラス全員で乗り込み――彼らは元の中学校の教室に戻っていた。
連絡を受けて来た警察や救急隊員に説明をした彼らは運び込まれた病院で驚きのニュースを見て驚いた。
日本中に、そして世界各国に無数のダンジョンが発生し、彼らと同じように大勢の人間がダンジョンに飲み込まれ、ダンジョンの中でジョブを得てボスを攻略して戻ってきたと報道されていた。
――世界中で同時に起こったこのダンジョン発生事件を、やがて人は《ダンジョン災害》、あるいは《第一次ダンジョン災害》と呼ぶようになるのだった。
◆ ◆ ◆
2021年1月23日に起きた《ダンジョン災害》によって世界中の人間が突如発生したダンジョンに飲み込まれ、世界に激震が走った。
そして半年後の2021年7月23日に《第二次ダンジョン災害》、ダンジョンの中からモンスターが溢れ出て来る、
なんとか二度のダンジョン災害を乗り越えた人類だが、人々は恐怖した。
2022年1月23日に《第三次ダンジョン災害》が降りかかるのではないかと考えた人が多かった。
その結果、《第二次ダンジョン災害》の混乱を乗り越えた日本はそれまでの慎重なダンジョン探索を擲ち、多くの人員と資金と時間をダンジョン探索に費すことを決定した。
同時に民間人から「いざという時に政府、軍に任せきりにするのではなく自衛の為に力を得たい」という声があった。多くの民間人がダンジョンに入り込み、ジョブを得て、モンスターを倒し、自分たちを鍛え上げた。
そうして最初の《第一次ダンジョン災害》からわずか一年足らず。
ダンジョン関連法案の設立、民間人のダンジョン探索者制度の制定、さらに未来を見据えたダンジョン探索者育成校の設立まで。
恐ろしいほどのはやさで世の中は移り変わり、世界は運命の時を迎えた。
――2022年1月23日。
《第三次ダンジョン災害》は起こらず。
人々は安堵した。
ようやく安心した日常が戻ってきたと。
だが、現代社会はすでにダンジョンに浸食され、変質し、一年前とは大きく姿を変えていた。
現代社会はとっくにダンジョンに敗北していたのだった――。
◆ ◆ ◆
2022年4月5日 AM10:17。
荷物をまとめて一階に降りると、父さんと母さんが待っていた。
「……もう行くのか。忘れ物は大丈夫か」
「……うん、しっかりチェックしたから大丈夫」
「マサル。怪我には注意してね。病気にも。体調が悪かったらすぐに先生に言うのよ」
「わかった。気をつけるよ」
「ああ、心配だわ……ねえマサル、今からでもやっぱりやめにしましょう? 高校なら近くにも幾つかあるわ。やっぱりそっちに……」
「ごめん母さん、もう決めたんだ」
一年前に起きた《ダンジョン災害》。世界中に突然ダンジョンが発生し、多くの人間が飲み込まれた歴史の転換点となった日。
あの日をきっかけに俺と父さんたちの運命も変わってしまった。
俺が通っていた中学も運悪くダンジョン災害に被災し、俺もクラスメイトたちもダンジョンに飲み込まれてしまった。
それでもなんとか全員ダンジョンから生還することができたが、中学校は封鎖、クラスメイト全員が入院、そしてダンジョンで得た【ジョブ】という力に関する検査と調査を受け――その後、俺は不登校になった。
学校に通うのが嫌で、クラスメイトに会うのが嫌で、とにかく部屋に引篭っていた。
『――俺の息子なのに、情けない』
一階で酒を飲みながら吐き出した父さんの苦々し気な声。
『――今は見守ってあげましょう?』
何かにつけては世話を焼こうとし、俺の様子を伺っている母さんの視線。
そうした諸々に息が詰まりそうになりながら、中学最後の一年をリモート授業で終わらせた。
そして春。ダンジョンなんか生えなかったらきっと地元の高校を受験していただろう。
だが、新しく創立されたばかりの『国立探索者学園』から俺宛に名指しで入学案内が届いたのでそちらに進路を決めた。試験も無試験で軽い面接だけであっさり終わった。
この探索者学園は「今後発展するダンジョン産業の最前線で働ける人材の育成」を教育方針に掲げていたが、ネットでは「《ダンジョン災害》に遭遇してジョブを得てしまった未成年の隔離施設」や「徴兵制度の復活」と噂になっていた。
賛否両論あるが、俺自身はジョブの力の恐ろしさを知っているからこういう学校は必要だと思っている。
この探索者学校は国立の学校で全国に五十校もあった。全寮制で家からの距離が離れていても入学可能だったので、元クラスメイトたちと鉢合わせしないようにわざわざ頼んで遠くの学校に入れてもらった。
そういうわけでこれから三年間は探索者学園で寮生活だ。長期休暇でも帰ってくるつもりはないから両親の顔をもしばらく見納めとなる。
「そろそろバスの時間だから行くよ。いってきます」
「……ああ」
「いってらっしゃい、気をつけてね……」
家の前まで出て見送ってくれた両親に別れを告げ、俺は生まれ育った家を後にした。
三年か。それだけ間が空けば、父さんと母さんともちゃんと向き合えるようになるだろうか。
何度も歩きなれた道。
この道を次に歩く時、俺はどんな人間になっているんだろう。
◆ ◆ ◆
「……行ったか」
「ええ……。ああ……心配だわ……」
マサルを見送った母は、息子との日々を思い浮かべて不安そうに呟いた。
「あの子ったら寮の部屋にもあの女の子を連れ込むつもりなのかしら……いくらモンスターだからって、そんなこといいのかしら……」
マサルの部屋の中から聞こえてくる女の子モンスターの声に、母は「そういう関係なのか」と気が気ではなく。
「いくらモテないからってモンスター相手とは……なんて情けない……」
今まで彼女どころか仲のいい女友達すら連れてこなかった息子を思って、父は深い深いため息をついた。堂島家の末代はあいつかもしれん、と。
「あの子、新しい学校でちゃんと友達をつくれるのかしら……ああ、不安だわ……」
「できればガールフレンドでもつくって、そのうち孫の顔を見せてほしいもんだ……」
親の心子知らず。
両親がこんな心配をしているとは夢にも思わずマサルは故郷を旅立ったのだった。
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