「あなたは、誰?」

「わしは『わたもり』だ。

 『ここではない、どこかへ行きたい』と心から願う者の前に現れて、その願いを叶える役目を担っている」

「どこか? それは、どこにあるの?」

「この世界とは異なる次元にある、別の世界だ」

「別の世界……? それは、なんていう世界?」

「わしは『彼岸の国』と呼んでいる」

「願いを叶えるって、どうやって?」

「彼岸の国で生きられるように、その者を向こうへ飛ばす」

「飛ばす……」

「命ごと、体を移動する」

「わかったような、わからんような……。ここにおる女の子を、この世界に飛ばしたのは、あなた?」

「そうだ」

 あたしの問いかけに、『渡し守』はあっさり答えた。

 ミエちゃんが、あたしの後ろから、前へと進んでいった。ゆらっとしたような動き方で歩いていく。長い髪が、生きものみたいに揺れた。

 いつもはにこやかな口もとは、きつく結ばれていた。ミエちゃんは、怒っていた。すごく。

「おかしいですねい! わたしは、ここへ飛ばされる時に、あなたに会ったりはしていないでいす!」

「おまえの場合は、他の者とは事情が異なる」

「さっぱり意味がわからないでいす」

「おまえは、おまえの運命に導かれて、ここへ来た。……まあ、わしがそうしたんだが」

「あなたは、ごうまんですねい……」

 ミエちゃんの声は、ふるえていた。

「あなたは神様かもしれませんがねい、人を、自分勝手に、あっちこっちに飛ばしていいとは思いませんねい!」

「わしには、わしの考えがある」

「それは、あるでしょうねい。わたしにも、わたしの考えがありますからねい。

 あなたに、どんな立派な考えがあるかは、わたしにはわかりませんがねい!

 あなたは、わたしの人生を狂わせたのでいす!

 本人の許可なく、人を異世界に飛ばしまくっては、あかんのでいす!」

「『あかん』とか……。胸熱」

「ぐっとくるわ」

「緊張感がないなるから、外野は黙っとれなのでいす!」

「怒られてしもたわー」

「マジのやつやな」

「声量を落としても、だめなのでいす!」

「すいません」

「ごめんね」

「わかってくれれば、いいのでいす。

 『渡し守』さん。あなたには、わたしを、ニポン村に帰す義務があると思いますよい!」

 ミエちゃんが叫んでも、『渡し守』は平然としていた。さめた目で、ミエちゃんを見つめている。

「おまえ、この世界で生きて苦しんだか。本当に、元の世界に戻りたいか?」

「あいー……?」

 ミエちゃんの怒りが、しゅーんとしぼんでいくのが見えた。

「あれっ。どした? ミエちゃん」

「くるしい? くるしくは……なかったでいす。むしろ……」

「むしろ?」

「楽しかった、ですねい」

「ミエちゃん。こっちの世界のことも、好きになってくれたん?」

「そっ、それはあ……。あい。好きですねい」

 『渡し守』が片手を上げた。なにかが起きるのかと思って、びくっとしてしまったけれど、ただ自分の頬をなでただけだった。それは、人間っぽいしぐさに見えた。

「飛ばされたというのは誤りだ。おまえは、ただ帰ってきただけだ」

「帰ってきた……?」

「おまえは、この世界で生まれた命だ。縁あって、彼岸の国で育つことになった。

 彼岸の国で長く過ごした者は、それぞれに定められた時を経なければ、元の世界には帰れない。わしは、おまえの時が満ちたのを感じて、おまえをここへ帰した。それだけのことだ。

 ここが気に入らないなら、向こうに戻してやってもいい。だが、今戻れば、おまえは二度とここには帰れない。

 どうする? 戻るか」

「……えっ」

「三分だけ待ってやる」

「えらく短いですねい……」

「おまえら、時間をはかれ。わしは時計は持っていない」

「おっとー。上からやな。びっくりするわ」

「タイマーではかるわ。はい、スタート」

「スタート?」

「始まりってことよ。……二分四十秒ー」

「それな。将棋の、残り時間を読み上げる時の感じな」

「あ、わかってしもた?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る