あたしは、もやもやとしていた。少しだけ、不安でもあった。

 伊勢くんは、ミエちゃんのことを、自分のこどもみたいにかわいがっている。美夏ちゃんも、すごくよくしてあげている。

 ミエちゃんと出会ったことで、二人の心の中に、あたしの居場所がなくなってしまったような気がしていた。

「こんなん、あかんわ……」

 ミエちゃんがとてもかわいいから、よけいにみじめな気持ちになるのかもしれなかった。きれいな二重のまぶたを、うらやましいと思いながら見てしまう時がある。

 長い髪を三つあみにしてあげたりするのは、好きだった。やわらかな金髪の手ざわりが気持ちよくて、いろんな髪型を試した。ポニーテールにしてあげることもあった。

 あたしが髪をいじってる時のミエちゃんは、いつも嫌な顔ひとつしないで、おとなしくしてくれている。

 あたしの髪は、くせっ毛で、長くのばすとまとめづらいから、のばそうとは思わなかっただけなのに。今になって、のばしておけばよかったなあと思い始めていた。

「べつに、金髪になりたいわけや、ないけどな……」


 電話から四十分くらいで、伊勢くんがうちに来た。

「いらっしゃい」

「お邪魔しますー」


 伊勢くんとリビングに入った。ミエちゃんは、正座をして待っていた。

「イセー。こんにちは!」

「こんにちは。元気そうやな」

「おかげさまで」

「お? 眼鏡が変わっとる」

「美夏ちゃんが『ごつすぎて、かわいそう』って。鵜方まで車でつれていってくれて、かわいい眼鏡を買うてくれたんよ」

「おー。よかったなあ」

「よかったでいすー。ありがたいことですねい」

「ミエちゃん。翻訳の仕事を始めたんやって?」

「あい。元の世界では、わたしがわかる言葉、三十種類以上ありました。

 でもですねい、この世界では、ちゃんと使えそうな言葉は、ニポン語とスワヒリ語だけだったですよ。残念ですねい」

「お、おう……。その二つがわかるだけで、じゅうぶんすごないか?」

「そうですかねい」

「残りの二十八種類の言葉は、また別の世界の言葉ってこと?」

「その可能性は高いですねい。まだ、あらゆる言葉を調べたわけではないのでいす。他にも、わたしにわかる言葉があるといいのですがねい……」

「仕事は忙しいんか。いつまでに終わらせなあかんとか、ある?」

「今月いっぱいだそうでいす。まだまだ、余裕はありますねい」

「そっか。なあ、鳥羽ちゃん。三人で鳥羽に行かん?」

「ええけど。なにしに?」

「水族館に行きたい」

「鳥羽水族館か。ええよ」

「スイゾクカン?」

「そお。めっちゃ楽しいとこ」

「でも……。あたしもう、あんましお金ないよ。伊勢くんは?」

「バイト代が入ったから。おれが持つわ」

「三人分?」

「もちろん」

「わーい」

「本気で喜んどるよな」

「もちろん!」


 鳥羽水族館では、ゆっくり楽しんだ。

 ミエちゃんは、歩く度に感心している様子だった。

 アシカのショーを見た。お昼は、水族館の中のレストランで食べた。


 水族館を出てから、フェリー乗り場に行ってみた。

 ちょうど、鳥羽と伊良湖いらごの間を往復する伊勢湾フェリーが、遠くから近づいてくるところだった。遠目でも大きなフェリーを見て、ミエちゃんが「わーっ」と言った。

「ふね! あれが、ふねなんですねい!」

「船も、なかったん?」

「小さなものなら、ありましたねい。かいでこぐ、二人乗りの」

「そうなんや」

「川はありましたねい。海は、見たことがなかったでいす。はわー。ふね……」

 ミエちゃんがあまりにも興奮しているので、急いで切符を買って、フェリーに乗ることになった。


「伊良湖まで、五十五分やって。ちょっとした旅気分やな」

「そやね」

「けっこー、揺れるな。ミエちゃん、大丈夫か」

「あい!」


 伊勢くんの提案で、伊良湖港から菜の花ガーデンまで、一時間くらいかけて歩いた。

 ミエちゃんは、長い距離を歩くことに慣れてるみたいだった。むしろ、あたしたちの方がへろへろになっていた。

 一面の黄色い菜の花を見て、ミエちゃんはまた興奮していた。

「はな! はな! すごいですねい!」

「菜の花やー」

「ええ時に来たね」

「な。ここ、愛知県やで」

「アイチケン……」


 帰りのフェリーに乗って、鳥羽へ戻った。

 それから、歩いて真珠島まで行った。

 博物館を見てから、ショップに行った。伊勢くんが、本物の真珠がついたキーホルダーを三つ買った。

 伊勢くんからキーホルダーをもらったミエちゃんは、すごく喜んでいた。かばんのひもにキーホルダーをつける姿を見て、つれてきてあげてよかったと思った。

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