「伊勢くん。今の、なに?」

 こわい顔をしている。伊勢くんが、あたしを見た。

「おれらがミエちゃんと出会ってから、三時間以上は経っとるよな。せやのに、迷子の届けがない……」

「迷子やなくて、一人で、ここまで来たのかもしれんよ。親も、ミエちゃんがここにいることを知らん、とか」

「そうやとしたら、ますます、ミエちゃんの話の信ぴょう性が増すな」

「異世界転生?」

「そお。ミエちゃんな。鳥羽ちゃんに抱きついて、わーわー泣いとったやろ。これが演技なら、天才子役や。

 おれらの後ろから、『ドッキリでしたー』って、テレビクルーが出てこなあかん」

「そやね」

「親に黙って、伊勢まで出てこられるような子は、ああいう泣き方はせんやろ……」

「そう、かも。そしたら、どういうこと……?」

「わからん」

 あたしと伊勢くんは、顔を見合わせた。

「伊勢くん。どうするん?」

「そうなあ」

「このままやと、あたしたち、誘拐犯になってしまうのやない?」

「けどな。鳥羽ちゃん。ミエちゃんの親が、本当にこっちの世界におるのか、おれには確信が持てん」

「おらんとしたら、あたしたちが、どうにかしてあげんと。警察に預けるとか……」

「そやな。……まいったな。なあ、ミエちゃん」

「あい?」

「おれらと行くのと、知らないおじさんやおばさんに世話してもらうんと、どっちがええかな?」

「イセとトバと、いっしょにいたいですねい」

「そうかあー……。鳥羽ちゃんとこ、どうやろうか。居候さしてあげられへんかな」

「ええよ」

「あっさりやな。ええの?」

「うちは、親もおらんしね。美夏ちゃんさえ、オッケーしてくれれば」

「よかった。そしたら、帰ろうかあー」

「うん。行こう。ミエちゃん」

「トバ……。『親もおらん』とは、どういう意味ですかねい?」

「そのまんまよ。あたしと美夏ちゃん……姉は、二人だけで暮らしとるの」

 ミエちゃんは、あたしの顔を見て、じっと考えこんでいるみたいだった。

「ミエちゃん?」

「トバのお母さんとお父さんは、どこに?」

「母さんは、アメリカにいたり、中国にいたり。日本にも、年に二回くらいは帰ってくるわ。父さんのことは、あたしにも、ようわからんのよ」

「そうなんですねい……」

「あ、母さんは再婚しとってね。その人のことは、『パパ』て呼んどるよ」

「パパ……」

 つぶやくような声だった。ミエちゃんには通じなかったかも……と思った。



 片田のバス停からの帰り道で、大きな夕やけを見た。

 バス停の先にも続いているパール街道は、ここから北西に向かう上り坂になっていて、夕日がきれいに見える場所のひとつだ。それもそのはずで、この道の正式な名前は「ゆうやけパール街道」という。

「きれいですねいー……。世界の終わりに見る景色みたいですねい」

「悪いけどな。こういう景色なら、しょっちゅう見とるわ」

「ほんとですかい! はー。わたしは、こんな美しい国に飛ばされてきたんですねい……」

 ミエちゃんは、首をめいっぱいのばして、西の空を見上げている。

「元の世界には、夕日はなかったん? こういう、赤い……夕暮れの景色」

「なかったですねい。いつもうす暗くて、うす明るい……。

 朝とか昼とか夜とか、言葉としては知っていますがねい。ここへ来て、はじめて、ちゃんと理解した気がしますねい」

「太陽がない、ってこと?」

「かもしれんな」

「すごい世界やね……」

「向こうは暑い? 寒い?」

「どっちでもないですねい。過ごしやすいでいす」

「夏も暑くないんか。それって、どうなんやろな。味気ない気もするわ」

「そやね。そろそろ、行こうか」

 ミエちゃんは、あたしたちの後ろを歩きながら、何度もふり返っていた。鮮やかな赤い空に、すっかり夢中になってるみたいだった。


「海、見てく? すぐよ」

「うみ! 見たいですねい!」

「帰りのバスからも、見えとったけどね」

 家を通りすぎて、海をめざした。

 堤防に続く坂道の手前で、伊勢くんがあたしの手を握った。それから、自然に手をつなぐことになった。

 びっくりしてしまって、なにも言えなかった。その場に立ちどまって、伊勢くんを見つめていると、困ったような顔をされてしまった。

「嫌やった?」

「ううん」

「ミエちゃんも、つなごか」

「えっ? あ、あい」

「どっちがええ? おれか、鳥羽ちゃんか」

「トバ……」

 ほっぺを赤くしたミエちゃんが、おずおずと手を差しだしてきた。かわいかった。

「かわいいなあ。ふふっ」

 ぎゅっとつなぐと、握りかえしてきた。小さな手は、冷たかった。

「つめたい。あたしが、あっためてあげるからね」

「あっ、ありがとうでいす……」


 堤防の上から、青と緑がまじった海を見下ろした。

「浜まで下りる?」

「ええよ。寒いし」

「そやな。風が強いわ。……ミエちゃん」

 ミエちゃんの目には、涙がたまっていた。

「かなしくなった?」

「なんでしょうねい。なんだか、むねにせまって……。

 この向こうには、わたしの知らない世界があるんでしょうねい……」


 あたしの家まで、二人を案内した。

「お邪魔します」

「美夏ちゃんは、たぶんおらんと思う。

 家で仕事しとる時と、会社でしとる時があるの」

「そうなんや」

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