ミエちゃんの話をよく聞いていったら、こんなことがわかった。

 ニポン村の祠をお参りしていたら、気分が悪くなって倒れてしまった。目が覚めたら、ここにいた。来た時は、まっ暗だった。

 明るくなってから、見かけた人に話しかけたけれど、誰とも言葉が通じなかった。

 この世界に飛ばされてきた気がする。こころぼそい。

 お手洗いに行きたい。

「トイレか! それは、急いだ方がええな」

 ミエちゃんの手を引いて、あわててトイレを探した。


「そんでね、パンツを下ろして……。って、わかるよね?」

「すそよけのことですかい?」

「すそよけ?」

「パンツ……」

「う、うーん? ごめん。わからんわ。……ええと、おしっこしたら、手を洗って、出ておいでね。鍵のかけ方はわかる?」

「わかります」

「じゃあね。外で、待っとるから」


 トイレの外には、困ったような顔をした伊勢くんがいた。

「どう思う? ミエちゃんのこと……」

「うーん……。おれの正直な感想は、『いせかいてんせい』っぽいなあー、やな」

「いせかいてんせい?」

「『異世界』と、『転生』な」

「あー。『異世界転生』。そういう言葉があるん?」

「言葉っちゅうか、ジャンルやな。違う世界へ飛ばされたり、違う世界から飛ばされたり……」

「それにしては、日本語うますぎとちゃう?」

「せやな」

「あと、言葉がぜんぜん通じんかったっていうけど。あたしたち、ちゃんと会話できとるよね?」

 伊勢くんの返事はなかった。遠くを見るような目をして、なにか考えているみたいだった。

「伊勢くん?」

「あーっ。そうか!」

「うん?」

「伊勢は観光地や。外国の人がようけおるやろ。ミエちゃんが日本語で話しかけても、外国の人には通じんかったんや!」

「なーる。日本語がわかる人に話しかけへんかったから、ってことやね」

「ほんまの迷子かもしれんし、ゆっくりお参りしよか。その間に、保護者の人がミエちゃんを見つけるかもわからん」

「そやね」


 トイレから出てきたミエちゃんと合流して、正宮に向かった。

 ミエちゃんは、きょろきょろとまわりを見回している。

「ニポン村にある、お社さんに似てますねい……」

「そっちにも、同じようなもんがある?」

「ありますねい」

 伊勢くんの質問に、まじめな顔でうなずく。嘘をついているようには見えなかった。


「ここからは、静かにお参りしようか」

「せやな」

「あい」


 長い階段をのぼって、一人ずつお参りをした。


「厳かやったね」

「な。ほんまやな」

「伊勢くんは、伊勢にはしょっちゅう来とるん?」

「どやろな。年に数回くらい……やな。おかんがおとんとデートする時に、よう伊勢に行ってたいう話を、こどものころから聞かされててん。

 家族で来る機会は、多かったかもな」


 内宮の中をゆっくり歩きまわってから、伊勢神宮を出ることになった。

 宇治橋を渡って、鳥居をくぐる。駐車場に止まってる観光バスを見て、ミエちゃんが「うわーっ」と声を上げた。

「鉄のイノシシがいるですよい!」

「おかんが持っとる、昔の漫画で見た言葉や!」

「もっと近くで見たいですねいー」

「やめときなさい。ぶつかったら、死んでまう」

「えっ。おそろしいですねい……」

「おかげ横町で、ごはんにしよか」

「うん。ええよ。

 ミエちゃん。おなかすいとる? お昼ごはん、食べようか」

「いいんですかい?」

「うん」

「ふわあー。ありがたいですねいー」


 風がでてきた。白い雲が、すごい早さで動いていく。

 ミエちゃんが、くしゅんとくしゃみをした。

「寒そうやな。上着、買うたるわ」

「ええの?」

「うん。ジャンパーみたいなん、あるかな」


 雑貨屋さんで、こども用のはんてんを買った。色や柄は、ミエちゃんが自分で選んだ。

 お昼は、伊勢くんが探してくれた定食屋さんで食べた。

 その後は赤福の本店に行って、三人分の赤福を頼んだ。

「これ、できたて?」

「やと思うで」

「う、うみゃーい! うみゃい。うみゃいぃー」

「泣いとるわ。大丈夫?」

「三重県人としては、うれしいことやな」

 伊勢くんは、にこにこしている。

 それから、伊勢くんは家族に、あたしは美夏ちゃんに、お土産の赤福を買った。


「ちょっと、ええかな。ついてきて」

「うん?」

 あたしたちをうながした伊勢くんが、伊勢神宮の方に向かって歩きだした。

 どこまで戻るのかなと思いながらついていった。伊勢くんが足を止めたのは、参宮案内所の前だった。

「迷子の届けって、出てますか?」

「いいえ。今日は、ありませんね。そちらのお子さん?」

「いや。この子は、ちゃいます。いとこの子です」

「なにか、お心当たりが?」

「この子くらいの年の外国の女の子が、五十鈴川の御手洗場のところにおって。一人で泣いとったんです。おれらについてきたんで、迷子なんかなと思うて、気にしとったんですが。途中で見失ってしまいました」

「そうでしたか。わざわざ、ありがとうございます」

「これ、おれの電話番号です。もし、その子を探しとる人がいて、見つけられへんようなことがあったら、どういう状況やったかくらいは、お話できると思います」

 手作りの名刺を案内所のスタッフの人に渡すと、あたしに「行こう」と言った。

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