あたしが伊勢くんと知り合ったのは、高校に入ってからだ。

 伊勢くんは、ちょっと変わっている……と思う。男の子にしては長めの髪は、前髪は横一直線。後ろも切りそろえられていて、おかっぱみたいに見える。

 漫画やアニメが好きで、自分でも、小説を書いてるらしい。あたしには、まだ読ませてはくれないけれど。ネットで発表してると教えてくれた。

「リュックの中は、なにが入っとるん?」

「ノートパソコン。あと、あれや。ガイドブックとか」

「パソコンを持ってきたん?」

「ちっちゃくて、軽いやつな。バイト代でうた」

「すごいなあ」


 二人でバスに乗って、伊勢神宮に向かった。かなり時間はかかるけれど、それでも、電車よりもバスの方が早い。

 家を出てから二時間くらいで、内宮に続く宇治橋までたどりついた。

 大きな鳥居の前で一礼してから、ふくらんだような形の橋を渡る。足をすべらせないように、気をつけて歩いた。

 伊勢くんについていくと、小さな橋があった。渡ったところに、手を清める場所があった。すごく混んでいて、列ができている。

「伊勢くん、知っとる? 五十鈴川で、お清めできるところがあるって」

「あー、御手洗場みたらしな。ここをまっすぐ行って、右やな」

「ありがとー」

「なんも」


「あっ。ここやね」

 あたしが思っていたよりも、ずっと広いところだった。五十鈴川を挟んで、向こう側に森が広がっている。

 石畳は、川に向かって下がっている。低いけれど大きい、三段の階段になっていた。

 下の段まで下りて、川の水で手を清める。水は冷たかった。あたしが出したハンドタオルを、伊勢くんと二人で使った。

「ありがとうな」

「ううん」


 すぐ近くに、門のようなものがあった。お社はないけれど、木の板でぐるっと囲われている。

「これは、なんやろね。『瀧祭神たきまつりのかみ』やって」

「五十鈴川の神さんやな。地元の人は『お取次ぎさん』て、呼ぶんやて」

「へー。お参りしてこ」


 あたしとお参りをしてから、伊勢くんが歩きだした。

「このまま行こか。はじめに『しょうぐう』をお参りしたい」

「しょうぐう?」

「正しい宮と書いて、しょうぐう。天照大御神の神さんが祀られとる」

「日本で、いちばん有名な……有名っていったら、おかしい? メインの神様よね」

「うん。合っとるよ」

 五十鈴川から離れて、せまい道を進んでいく。

 緑の葉っぱの間から、金色の光が見えた。

「待って」

「鳥羽ちゃん?」

 砂利道から外れた、木がたくさん生えているところに、誰かがいる。

 小さなこどもだ。隠れたがってるみたいに、小さな体をもっと小さくして、木と木の間にしゃがみこんでいる。

「伊勢くん。あそこ……」

「んー?」

「ちっちゃい子が……。あたし、ちょっと行ってくる」

「待ってーな。おれも行くわ」

「立ち入り禁止やんね? ここ」

「しゃーない」

 足もとに散らばってる落ち葉を踏んで、こどもに近づいていった。

 あたしが光だと思ったものは、こどもの髪の毛だった。ゆたかな、としか言いようのない、長くて多い金髪が、腰のあたりまでのびている。

「泣いとるん? どうしたん?」

 話しかけてから、日本語わかるんかな?と思った。

 濃い紫のワンピースから、真っ白な、細い手足が出ている。血管がすけて見えるんじゃないかと思うくらいの白さは、日本人の肌には見えなかった。

 ポシェットみたいな、小ぶりの布のかばんを肩からさげている。

 こどもが顔を上げた。

「えっ……」

 ものすごい美少女だった。ぱっちりした二重の、大きな目。小さめの鼻と、つんととがった、形のいい唇。まるで、お人形みたいだった。

「かわいい!」

「おー。かわいい子やな」

「すみれ色の目やね。外国の映画に、出てきそうやね……」

「はあーっ! やっと、言葉わかる方に会えたでいす!」

「えっ? え、なに?」

「うわーん!」

 声を上げて泣きながら、あたしに抱きついてくる。

 頭がくらっとした。こんな小さなこどもに抱きつかれたりするのは、あたし自身も小さかった、こどものころ以来だった。

「え、どうしよ……。大丈夫。大丈夫よ。

 落ちついたら、あなたの名前を教えてくれる?」


 しくしく泣いていた女の子は、しばらくすると、だんだん冷静になってきたみたいだった。

 あたしにしがみついていた手から、力が抜けていく。

 白い手が、ほっぺをぬらした涙をごしごしと拭いた。

 女の子が立ち上がる。小さな足は、動物の皮で作られたような靴をはいていた。

「わたしは、ミエーラ・テレマカシ・なんちゃらかんちゃら・サンキュー・グラシアス・アサンテでいす」

 なんちゃらかんちゃらの部分は、さらっと耳から流れていって、聞きとれなかった。

「な、長いなー……」

 伊勢くんが、しぼりだすような声で感想を言った。

「縮めよか。うーん。『ミエちゃん』って呼んでも、ええかな?」

「いいですよいー」

「ねえ。今、『サンキュー』入っとったよね?」

「あったな」

「テレマカシとグラシアスも、聞いたことがあるような……。『ありがとう』って意味やなかった?」

「そやったかな」

「お父さんとお母さんは、どこかな? 誰かと、一緒に来たんよね?」

「ちがいます」

「……ほんまに?」

「ホンマ?」

「えっとね。『本当ですか?』って、きいたの」

「ああ! あい」

「そしたら、年は? 今、いくつ?」

「わかりません……」

「えぇー? ほんまに?」

「あい……」

「あたしの名前は、鳥羽っていうの」

「トバ?」

「うん」

「おれは、伊勢です」

「イセ。どうもでいす」

「もっと教えて? ミエちゃんのこと」

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