◇書籍化記念SS◇ ※本編ネタバレ注意※

【前日譚SS】二人が出会う数日前 ~トリアの場合~

「駄目だと言っているでしょう?」

「いやです!! 私はお嬢様についていきます!!」


 何度説得しようとしても頑固なまでに首を縦に振らない侍女は、たとえわたくしが置いて行こうとしても何らかの手段を使って馬車に乗り込んでくるでしょうし。困ったわ。


「ねぇ、アンシー? 何度も言うけれど、今は王都も危険なのよ?」

「だからです!! なんでそんな危険な場所にお嬢様お一人で向かわせないといけないんですか!!」


 せっかくお父様を説得したのに、これでは意味がないわ。出来る限り少人数での行動にしたいと思っているのに、上手くいかないわね。


「確かにお嬢様はお強いですよ!? お一人で暴漢だって退治できてしまうでしょうけれども!! お召替えですらお一人で出来るのは知っておりますけれども!!」

「分かっているのならいいのではなくて?」

「それとこれとは別なんです!! そもそも領地が危ないかもしれないと言いながらお一人でお嬢様が王都へ向かわれるなんて、本当は使用人一同誰も納得していませんからね!?」


 そうでしょうね。

 辺境伯令嬢が侍女を一人も連れず、護衛二人と御者一人だけを連れて王都入りなんて、普通ではないもの。それはわたくしだって理解しているわ。

 けれどきっと、本当に危険なのは王都へと向かう旅路の方。そうわたくしの直感が告げているからこそ、被害を最小限に留めておきたいのに。


「いいですか? 私は侍女長や執事長からもお嬢様のことをくれぐれも、くれぐれもよろしくと言われているんです。今回ばかりは引く気はありませんからね?」


 まっすぐに見つめてくる瞳には、嘘は一つも含まれていないのですもの。しかも使用人全員の総意なのでしょうね。後ろの方で事の成り行きを見守っている侍女たちも、力強く頷いているのだから。本当に、困ったものだわ。


「……仕方がないわね。今回だけは特別よ?」

「はいっ!!」


 ため息をついたわたくしに、そんなに嬉しそうな表情を向けられるのはアンシー、あなたくらいよ? だからこそ、彼女がわたくしの専属侍女としてつけられているのでしょうけれど。

 アンシーも辺境伯領で侍女をしているくらいだから、ある程度腕は立つものね。侍女としての能力も高いのは知っているから、その二つは心配していないのだけれど……。


(今回の危険は、そういった類のものではないのでしょうね)


 何か嫌な予感がするわたくしは、無意識に王都のある方角を睨んでしまっていたようですが。

 それが杞憂でも何でもなく現実のものとなるのを知るのは、ほんの数日後のお話。







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