第64話 もう壁はすり抜けられませんが

「ラウ・バッタール。先ほどお前は、手を下していない、指示はしていないと言った。だが……我が息子リヒトの件に関しては、どうだ?」

「同じだ。手は下していない」

「暗殺のための集会を開いていたと聞いたが?」

「失敗するように手をまわしていた。それの何が悪い?」


 この辺りは、予想通りの質問だったのかもしれませんわね。事前に尋問の中でも聞かれていたのかもしれません。よどみなく答えていますもの。

 けれど。


「陛下、発言の許可を」

「……あぁ」


 リヒト様は被害者の一人なのです。ご自身には何の非もないのに、王族というだけで命を狙われ続けた、悲劇の第一王子。

 けれどここからは違いますわ。おそらくはリヒト様も、わたくしと同じ結論に達しているのでしょうから。

 それ、すなわち。


「お前の王族に対する憎悪は理解した。だが、それならばアルージエ辺境伯とその令嬢に対する仕打ちはなんだ?」

「……それは…………」

「自らが糸を引いていることが露見しそうだったからこそ、口封じを狙ったのではないのか?アロガン・アプリストスと、同じように」

「ッ!?!?」


 そう、同じなのです。わたくしにもお父様にも、非はありませんでした。それどころか、お父様は辺境伯。王城で開かれる夜会になど、滅多に参加されないのですから。当然ラウ・バッタールの悲劇の日にも、その場にいなかったのです。


「お前の家族に対するアロガン・アプリストスの行為は、到底許されるものではない。当然だ」


 民衆の目の前で、陽の光の下堂々と立つリヒト様。輝く金の髪に、真っ直ぐと罪人を射抜く鮮やかな青の瞳。

 誰もが惹かれてやまないそのお姿に、ラウ・バッタールですら言葉もなく見つめる中。


「だが!!その事件にも関与していない人物を亡き者にしようとしたことは、アロガン・アプリストスと何が違う!?私利私欲のために誰かの愛する者達を奪おうとしたのは、お前とて同じ事だろう!!」


 強く糾弾するその言葉は、真実でしかないのです。


(そう。わたくしたちが巻き込まれたのは、彼が家族を亡くしたのと同じこと)


 邪魔だったから。目障りだったから。悪事が暴かれそうだったから。理由と行動を照らし合わせてしまえば、ラウ・バッタールとアロガン・アプリストスは同じことをしていたことになってしまうのです。

 けれどだからこそ。だからこそ、彼は自ら気付くべきだったのです。憎き相手と、同じことをしているのだ、と。


「お前も、アロガン・アプリストスも。本質は同じだったということだ」

「ち、がう……違うっ!!俺は!!」

「時間だ」


 陛下の言葉に必死に否定しようとするラウ・バッタールの言葉は、けれど無慈悲にも訪れた刑の執行によって続きませんでした。

 最期に、彼は。


「俺はっ……俺はぁぁ!!」


 絶望に染まった表情で、叫びながら。

 その首は、落とされたのです。


(……復讐に染まってしまった彼には、何も見えていなかったのでしょうね)


 絶望の中生きずに済んだのは、彼にとって救いなのか。それとも最後に絶望だけが残されたのは、報いだったのか。

 ただいずれにしても、リヒト様がとてつもなく怒っていらっしゃったのだけは伝わりましたわ。


「お嬢様」

「……えぇ。今のうちに、戻りましょうか」


 ようやく得られた自由に沸く、民衆たちの声を聞きながら。わたくしは広場の見える部屋を後にしたのです。



 そうして戻った、王城の一室で。



「ヴィクトリア嬢!!」


 なぜか、リヒト様がお一人でお出迎えをして下さったのですけれど……。

 なぜでしょう?


「あの、リヒト様?」

「気分は?どこかつらいところはないかい?」

「いえ、あの……」

「あぁ、まずは座ろうか。立たせたままなんて良くないね」


 いえ、そういうことではないのです。


「君たちは戻っていいよ。ご苦労だったね」


 いえだから、リヒト様。


「……え!?侍女も護衛も下がらせたんですの!?」

「当然だろう?彼らは自分の役目をしっかりと果してくれた」


 いえいえ!!どうしてわたくしたちを部屋に二人だけにしたんですの!?もう少し疑問を持つべきですわよ!?


(我が家からアンシーだけでも連れて来るべきだったかしら……)


 いくら婚約者に内定しているとはいえ、この状況はあまり褒められたものではないですもの。むしろなんで許されたのか疑問でしかありませんわ。

 けれどまずは。


「リヒト様。わたくしはそこまでか弱い令嬢ではありませんわよ?これでも辺境伯の娘。幾度となく血は見ていますもの」

「ヴィクトリア嬢、それはそれで返答に困るんだが?」


 領地にあるのは砦のような我が家ですからね。時折侵略を試みる他国を迎え撃って、そのたびに負傷者の手当てもしてきましたもの。

 言葉にはしませんでしたけれど、正直なことを申しますと侵略者の亡骸もこの目で見たことがありますわ。数えるほど、ですけれどね。


「そんなことよりも!!」

「そ、そんなこと?」


 そんなことですわ!!それよりももっと重大なことがありますもの!!


「トリア、ですわ!リヒト様」

「……はい?」

「ですから!その他人行儀な呼び方をやめてくださいませ!」

「え、っと……」

「確かにわたくしはヴィクトリアですが、だからこそ今までと同じように呼んで下さいませ。普段家族からは呼ばれない、リヒト様だけの特別な名前なんですの」


 わたくし、ヴィクトリア、ですもの。トリア、でも問題はありませんわ。それにお父様もお母様もお兄様も、全員わたくしのことをヴィーと呼ぶのです。トリア、と呼んで下さるのはリヒト様だけなのです。

 それになんだか、距離が遠くなったようで悲しくなりますもの。


「え?あぁ、うん。トリア」

「はい、リヒト様」


 何よりようやく得られた、リヒト様の隣。他の令嬢と同じだなんて、嫌ですわ。


「……うん、そうだね。私もこの方がしっくりくる」


 そう微笑むリヒト様は、とても穏やかで。そしてあの日々が幻などではなかったのだと、ようやく実感できたのです。

 だから、こそ。


「リヒト様」

「ん?」

「もう壁はすり抜けられませんが、これからもわたくしをお傍に置いていただけますか?」


 あの頃のように、幽霊として様々な情報を持ち帰ることは出来ませんが。けれどきっと、これが本当の在り方なのでしょうから。


「勿論だよ、トリア。これからもずっと、よろしくね」


 片腕で抱き寄せられて、額に口づけを一つ。そのまま嬉しそうに笑うリヒト様の髪が、一筋だけさらりと流れて。

 わたくしは体温を感じられる喜びを噛みしめるのです。


「はい、リヒト様」




 多くの別れがありましたが、これでようやく国は正しい方向へと舵を切れることでしょう。

 とはいえまだ、課題は山積みなのでしょうけれども。


 けれどきっと、今度こそ間違えずに済むはずです。

 民たちが、笑顔で幸せに暮らせる国に。誰もが命を脅かされない国に。

 そんな未来を、目指しましょう?




「あぁ、そうそう。言い忘れていたけどね?」

「何でしょうか?」

「トリアが疑っていたモートゥ侯爵は、私の数少ない協力者で、アルージエ辺境伯の親友だよ?」

「…………はい?」

「様々な場所に潜入して、私に情報をもたらしてくれていたんだ。だからアルージエ辺境伯も、トリアの絵姿をモートゥ侯爵に渡したんだ」


 つまり。

 万が一の場合に備えて、リヒト様を生かすために城外へと連れ出そうとしていたと?

 破棄されてしまわないように、お父様も侯爵様にお渡ししたと?

 そして何よりも、モートゥ侯爵こそが二重スパイをしていらっしゃった、と?

 以前カーマ様が仰っていた「あのお方」とは、モートゥ侯爵だったのだと?


「なっ、そ……!」

「今度からはもう疑わなくていいよ」

「そ、そんなっ……」



 そんなの、聞いていませんわよーー!?!?








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