第63話 黒幕の最期
「まさか、結婚の条件にラウ・バッタールの処刑への立ち会いを出されるとは……。本当に君は、私の予想もつかないことを言い出すな」
「あらだって、立ち会わせて下さらないご予定だったのでしょう?わたくし、今回の被害者の一人ですのに」
「当然だろう!?どこの国に令嬢を処刑に立ち会わせる王族がいるんだ!?しかも婚約者になる相手を!!」
「あら、ここにおりますわよ?」
「不本意ながらな!!」
まぁまぁ、リヒト様ったら。けれどこれだけは、どうしても譲れなかったのです。
だってわたくし、バッタール宮中伯とは面識すらなかったのですよ?それなのに馬車が事故に見せかけて襲われるなんて。
「納得できないのですもの。わたくしが狙われた理由も、分からないままだなんて」
「……はぁ~。そうだな。君はそういう女性だった」
あらリヒト様、目頭なんてもみ込んで。最近お忙しそうでしたし、やはり書類の見過ぎでは?
……なんて、冗談は今は言っている場合ではありませんわね。
「それに、わたくしはリヒト様に嫁ぐ身なのです。王族に嫁ぐというのは、こういった覚悟も必要なのではないですか?」
「それは……そう、なん、だが……」
国を揺るがすほどの大罪人の処刑に、黒幕の最期に。王族が立ち会わないなどということは、あり得ませんもの。万が一にでもあるかもしれない将来のためにも、今からこういった事柄には慣れておかなくてはいけませんわ。
それが、リヒト様と共に生きると決めたわたくしの覚悟、なのですから。
「とにかく、まだ安静にしててくれ」
「えぇ。全てが終わるまで、このお部屋からは一歩も出ませんわ。お約束します」
処刑のために準備された広場。そこを一望できる一室を、今回はお借りしているのです。
本来であれば宿屋のはずなのですが、この日ばかりはお休みをしているのです。飲食店やブティックも含めて、この辺り一帯は全て休業。
それだけ、大きな事件だったのです。
(そしてきっと後世に残るような、語り継がれる日になる事でしょうね)
リヒト様もいなくなり、数人の侍女と騎士がいるだけの部屋の中。わたくしは窓の近くから、王族の登場に沸く民衆の姿を眺めておりました。
その空気が変わったのは、バッタール宮中伯が処刑場に現れた瞬間でした。いえ、もう宮中伯ではありませんわね。
彼が現れた瞬間の、一瞬の静寂と。その後の割れるような罵声の嵐。
(これが、彼がして来たことの結末)
淡々と罪状が読み上げられ、刑の執行が宣言され。そしてお決まりの温情として、最後に発言が許される。
「っ!!」
その間下を向いたまま、一切顔を上げなかったラウ・バッタールが。その時になって初めて、ゆっくりと頭を持ち上げたのです。
真っ直ぐに、憎悪のこもった目を王族に向けながら。
「仮初でしかない能無しの王が、なにを偉そうに」
「貴様っ……!!」
「先代の王もそうだった!!夜会に侵入した賊を始末するだけで犯人を突き止めようともせず!!挙句被害者に対して仕方がないなどとのたまった!!あんなにも国に尽くしてきた我が家に対して!!仕方がないの一言で終わらせた無能な王が!!」
衛兵に押さえつけられても、なお言葉を発することをやめない彼の口から出てくるのは。ただの事実ではなく、きっと血反吐を吐くような思いで紡がれた彼の中の本音。
長年積み重ねられたそれは、もはや憎しみだけに染まってしまっているのでしょう。
(あぁ、けれど。だからこそ……なにも周りが、見えていなかったのですね)
彼自身が気付かなければならなかったことにすら。
「あの日我が家は狙われた!!偶然なんかじゃない!!あの男は王族なんかじゃなく我が家を狙ったんだ!!それをっ!!みすみす取り逃すだけではなくっ!!城の中の腐敗にまで気付かず殺された王も!!王妃も!!第一王子も!!誰もかれもが無能なだけだった!!」
「……その事故に、お前は関与していない、と?」
「手は下していない!!指示も出していない!!ただ馬車に細工されているのを見て見ぬふりをしただけだ!!腐敗に気づかなかった者達の自業自得だろう!?」
そこで彼が止められたかどうかは、分かりませんけれど。少なくとも報告は、出来たはずです。
それをしなかった時点で、共犯と同義なのですけれど。きっとその頃には冷静な判断も失っていて、復讐だけに燃えていたのでしょうね。
「第二王子の毒殺も!!第三王子の衰弱死も!!どちらも首謀者はアロガン・アプリストスだ!!あの頃には既に、城の中は腐り切っていた!!そのことは第四王子だったお前が一番知っているだろう!?」
「…………そう、だな……」
「"仕方がなかった"んだ!!もう誰にも止められなかった!!今更その責任の所在を、俺に押し付けるつもりか!?腐敗に気付かず何もできなかった王族が!!」
そう、言われたのでしょうね。先代の王に。仕方がなかった、と。同じように。
けれどそれは、彼の一方的な言い分でしかないのです。真実そうだったかどうかは、また違うのでしょう。
その証拠に。
「……ラウ・バッタール。当時の王族は、腐敗に気づいていなかったのではない。その対策を整えている間に、兄上たちは次々と殺されたのだ」
「……は?」
「お前たち貴族が、当時何の力も持たず最も帝王教育から遠かった私を傀儡(かいらい)に仕立て上げようとしていたことは、知っていた。だからこそ、私はそれを利用したのだ」
当然、ですわね。いくら第四王子とは言っても、全く教育を受けていないわけではないのですから。すぐに真相にはたどり着けたことでしょう。
けれど腐敗した部分は、簡単には切り落とせないものです。その部分が大きければ大きいほど。
「敵か味方か分からない以上、下手に動けなかった。その上自由に動けた王子まで、私一人になってしまったのでは……」
「ラウ・バッタール。お前のしたことは、結果的に自らの首を絞めただけに他ならないわ」
「ッ!?」
両陛下の言葉に目を丸くしておりますけれど、夜会に賊が侵入したことを追加調査しないはずがないのですよ。
次は本当に、王族が狙われる可能性もあったのですから。
「だっ、だがっ!!アロガン・アプリストスはあの後も何の沙汰もなく……!!」
「証拠を集めに向かう最中に、兄上は事故に見せかけて殺されたのだ。お前が見逃した、細工をされた馬車に乗っていて、な」
「なっ……!!」
衝撃の真実に、広場の民衆はもはや静まり返っていて。ただ王族と罪人の言葉を聞き逃すまいと、固唾をのんで成り行きを見守っているだけでした。
そんな中、わたくしは一つの真実にたどり着いてしまって。
一人小さく、ため息を零してしまったのです。
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