第5話 王子様だったようです
結局わたくしが天井から解放されたのは、所作が綺麗なおじさまがリヒト様に退室を告げた後のことでした。
何でもまだ少し時間に余裕があるとのことで、温かい紅茶を用意するのだとか。
「……で?いつまでそこに張り付いているつもりだ?」
『あら、そうでしたわ』
「全く。まさかそんなところに行くとは思ってもみなかったな。見つかったらどうするつもりだったんだ」
『その時はその時で仕方がないのです。素直にごめんなさいと謝罪するしかありませんわ』
「謝罪?何を?」
『殿方のお部屋に勝手に侵入してしまってごめんなさい、と』
「…………そう、か」
あらだって、大切なことではありませんか。たとえ幽霊といえども、本来は居るべきではない所に入ってきてしまったのですもの。
自分の意思ではないとはいえ、いけないことをしているのは事実ですわ。悪いことをしたら、素直に謝るべきだと思いますの。
『あ、そうでした。先ほどはありがとうございました』
「何の話だ?」
『わたくしに隠れろと、仰って下さったでしょう?言われなければわたくし、きっと先ほどの方に見つかってしまっていましたもの』
そうなったら本当に大変でしたでしょうし、隠れるようにと指示を出してくださったリヒト様に感謝ですわ。
「いや、まぁ……私としても、変に誤解されては困るからな。そこはお互い様だろう」
『それでも助かりましたもの。ですから、ありがとうございます』
「あ、あぁ……」
あら?どうしてそんな驚いたような顔をしてこちらを見つめていらっしゃるのかしら?
鮮やかな青い瞳はとても綺麗なので、嫌な気はいたしませんが。
と。
二人して無言で。わたくしはちょっとだけ首を傾げつつリヒト様を見つめ返していたら。
またしても、扉がノックされる音が聞こえてきて。
「!!」
『!!わたくし、もう一度天井とお友達になってきますわね!』
「とも……?あ、いや。あぁ」
言うが早いか、再び天井に張り付くために上へと昇っていくわたくしに、どこか不思議そうな声がかけられたのですけれども。
それにお返事をする前に、先ほどのおじさまがワゴンを押して部屋の中へと入っていらっしゃいました。
「リヒト様、こちらでよろしかったでしょうか?」
「あぁ、構わない」
リヒト様の返事を聞いて、部屋の中のテーブルにワゴンを寄せたかと思えば。一脚だけの椅子を引いて、リヒト様が腰を下ろすのを待つおじさま。
リヒト様もリヒト様で、それを当然のように受け入れて。椅子に優雅に腰かけたかと思えば、ほんの一瞬だけこちらに目を向けてくださって。
「リヒト様?いかがなさいました?」
「いや、何でもない」
目聡くそれに気づいたおじさまに問いかけられたリヒト様は、本当に何でもなさそうに首を振っているけれど。
紅茶を淹れるのに気が逸れたおじさまの隙をついて、口の動きだけでリヒト様がわたくしに何かを伝えてきたのです。
"う ご く な"
(動くな、ですわね。承知いたしましたわ)
わたくしもそれに小さく頷いてみせて、ぶつからないギリギリまで天井にぴったりと張り付いてみせます。
出会って間もないのにこの連携。わたくしたち、もしかしたら相性が良いのかもしれませんわね!
そんなことを一人考えながら、小さく笑いたくなるのを何とか堪えていたわたくしの耳に。おじさまが意を決したように話す言葉が聞こえてきたのです。
「リヒト様。私共は、リヒト様こそが次期国王となられるべきお方だと信じております」
「……どうした、急に」
「急ではございません。近年の貴族たちの対立の激化は、リヒト様もご存じの通りかと」
「知ってはいるが、あれは勝手につぶし合いをしているだけだ。最も重要視するべきところは、そこじゃないだろう?」
いえ、むしろ。今のわたくしにとっては、とてつもなく衝撃的な言葉が聞こえてきたのですが?
話の内容よりも、重要視すべきは。
(リヒト様、まさかの王子様だったようです)
次期国王になるべきお方ということは、つまりはそういうことなのでしょう?
つまりわたくし、そんなすごいお方のお部屋に無断で潜り込んで……いえ、迷い込んでしまったということ。
決してわたくし自身の意思ではないとはいえ、すごいことをしてしまいましたわ。
さて、どういたしましょうか?
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