第2話 どうやら死んでしまったようです

『わたくし、どうやら死んでしまったようですわね』

「冷静に分析をするな!?」


 あら、だって。鏡に映らない幽霊ということは、つまりは死んでしまったということでしょう?


『現実を受け入れなければ、前には進めませんわ?』

「何の説教だ!?」

『お説教ではなく、最近流行りの"ぽじてぃぶしんきんぐ"ですわ!』

「知らない単語を無理に使うな!?」


 あらあら、ご存じないのかしら?

 最近何事も前向きに捉えましょうという考え方が流行り始めていると、何かの本で読みましたもの。


 本のタイトル、忘れましたけれど。


「とにかく、まずはどうして私の部屋にいたのかを知りたいんだが?」

『分かりませんわ』

「は?」

『気がついたらここに浮いていましたの!』

「浮いて……って、いや。確かに浮いてはいるが」


 どうしてここにいるのか、わたくしのほうが知りたいくらいですもの。

 教えてもらえるのであれば、誰か教えてくださらないかしら?


「はぁ……。とにかく、まずは覚えていることだけでも教えてくれ。出来るだけどこの誰なのか調べさせてみるから」

『分かりませんわ』

「は?」


 あら。先ほどと同じような会話の流れになってしまっていますね。

 でも仕方がないんですの。


『以前の記憶が何一つありませんので、名前どころか自分が死んだ瞬間も覚えておりませんわ』

「いやいや!困る上に怖いことをサラッと言うな!?」


 あらあらまぁまぁ。どうして怯えていらっしゃるのかしら?

 ご自分が死ぬ瞬間でも想像されたのかしら?


「全く……。確かにここはある意味で魔窟だが、まさか幽霊にまで出くわす日が来るとは思わなかったな」

『あら。人生の初めてになれて光栄ですわ』

「紛らわしい言い方をするな!!」


 そんなため息をつかれて……。

 それに紛らわしいって何でしょうか?実際にわたくしは、この方の人生初の幽霊なのではないかしら?

 人生初めての幽霊との遭遇、ですわよね?何か間違ったことを口にしたかしら?


「しかし困ったな。見た目はどこかの令嬢のようだが、名前が分からないんじゃ調べさせようもない」

『そもそもわたくし、いつの時代の幽霊なんでしょうか?』

「いや、聞かれても……。私は女性のドレスに詳しくはないからな。年代など答えようがないぞ?」

『そうですか』


 そうですよね。男性がドレスに詳しいはずがないですものね。

 見下ろした体は透けているけれど、確かにドレスを着ているのは分かるので。ここから何か手掛かりのようなものが見つかればよかったのですけれど。


『そう簡単には、いきませんよね』


 せめてどこの誰なのか。そして出来ることなら、死因まで知りたかったのですけれど。

 なにかしらねぇ?魔窟とおっしゃっていたから、毒殺とかだったのかしら?それとも暗殺?


「そう落ち込むこともないだろう?幽霊なら、時間はいくらでもあるだろうし」

『そう、なのですか?』

「いや、知らんが」

『まぁ、無責任!酷いですわね!』

「酷いって、私が責任を取らなければならない理由がないからな。それにいい加減、私の部屋から出て行ってくれないか?」


 あら?そういえば、ここはこの方のお部屋でしたわね。

 わたくしとしたことが、長居をしてしまったようで。


『そうでしたわ。失礼いたしました』

「いや、いい。貴重な体験だったからな」


 見ず知らずの幽霊に、最後にそう優しく声をかけて下さるから。


『ありがとうございます。それでは、ごきげんよう』

「あぁ」


 お礼を告げて、高いところからで申し訳ないけれど頭を下げて。

 そうしてわたくしは、部屋から出ていくのです。

 そう、あの扉から。


『…………』

「どうした?」

『いえ、その……』


 そう。たぶんこの扉は、部屋の外へと繋がっているはず。そのはず、なのです。



 が。



『わたくし、今いる場所も分からないので……。どこへ行けば、よいのでしょう?』

「…………はぁぁ!?」











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