第7話

 ニヤッと笑いながら包丁を片手に近づいてくる妹に、俺は一生懸命止めていた。


「やめろ……!」

「なーにがー?」


 妹はゆったりゆったり進んでくる。包丁の刃先は完全に俺と彼女の腹の方を向いていた。妹の目が完全に逝ってしまっているだけでなく、ニヤニヤと笑う顔はまさに狂気そのものだった。


「近づくな……!」

「……お兄ちゃんが悪いよねー」

「何がだよ!」

「だってさ。お兄ちゃんの好きな場所は家のソファで、好きな食べ物が牛のお肉とピーマン。好きな遊びはかくれんぼで、好きな漫画・ゲームはHEGAから出ているゲームで漫画は戦闘系で、お気に入りの抜き漫画はサキュバスが出てくる奴で」

「も、もういいから!」


 俺は妹の暴走を止めようとした。そしてここまで自分の好みを把握されていることに恥ずかしさ、そして怖さを感じて、急いで妹の持つ包丁を取り上げようと近づくと、妹はキッチン側に包丁を投げ捨てて、俺に抱きついてきた。


「なっ?!」

「ねぇ。お兄ちゃん」

「……」

「あの女と付き合えば?」

「は、はぁ?」

「いやごめん。女じゃなくてだったね」

「は?」


 俺は恐る恐る後ろを振り向き、妹の言葉にどう反応するのかを見ると、彼女はニヤッと笑った。


「妹さんよく分かりましたな」

「……やっぱりね」

「何歳なんです?」

「あんたに年齢教えるほど私は軽くない」

「見た目からして10〜13でしょうが、それはさておき、どこでバレましたかね」

「……あんたの匂いよ」

「ほう。興味深い」


 俺は妹と、そして女の振りをしていた男に、同僚に驚きすぎたせいか、言葉の何ひとつとして出てこなかった。そして男は俺の方に向かってスタンガンを構え始めた。


「俺さん。私はね、男の身体なのに女の心を持っていまして」

「……トランスジェンダーってやつか?」

「まぁ。そんなものです」

「……それよりスタンガンを降ろしてはくれないか?」


 俺が彼に、いや彼女に夢中になっている間に、妹は包丁を取りに行っていたようで、スタンガンを構える男の方に向かって、包丁を俺の後ろから投げつけた。


 見事に手にクリーンヒットし、男は刺さった痛みからスタンガンを落としてしまった。


 妹の包丁投げテクニックに違和感を感じつつも、俺は警察を呼ぼうとスマホに手をかけた時だった。

 妹はもう一本キッチンに置いてあった包丁を持ちながら、スマホを掴もうとした俺の手に向かって刺そうとしてきていた。


「……なんのつもりだ!」

「お兄ちゃんこそどういうつもり?」

「警察を呼ぶんだよ……」

「それは困る。させないよ」

「……包丁を降ろせ」

「お兄ちゃんが私と結婚するって約束できるならいいよ」

「……」


 妹と俺の高度な駆け引きの中、彼女は手を抑えながら苦しみもがきながら包丁を手にして妹に突き刺そうとしてきていた。


 修羅場そのものに巻き込まれてしまった。

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