第6話

 俺は目を覚ますと、自宅のソファに寝転がっていた。スマホをチラッと見ると午前七時半。会社へすぐに向かわなければいけない時間だった。


 俺はバッと跳ね起きて、既にスーツだったことから家から飛び出そうとした時だった。


「俺さん今日会社休みですよ〜」


 あの女性の声がした。

 勘違いかと思い、無視してもう一度家から出ようとした時だった。後ろからギュッと誰かに抱きつかれたような感覚、そして背中側に感じる暖かさに背筋がゾッと凍るように固まってしまった。


「……なんでここに」

「俺さん覚えてないんです?」

「……あぁ。覚えていない」

「そうですか。あと今日会社休みですって」

「え?」

「会社のエレベーター修理とか、なんだかで一日お休みですよ?」

「あ、あぁ。そうだったね……」


 俺は離れるように伝え、静かに静かに居間へと戻った。そして彼女から話を聞こうと、珈琲を淹れて、差し出すと彼女はおもむろに話し始めた。


「昨晩はタクシーの中で眠っちゃった先輩を私がここまで運んだんですけど、私もなんか眠くなっちゃって気づいたら寝ちゃってました」

「……まずは運んでくれてありがとう。だけどいいかな?」

「はい?」

「眠っている男一人。脱力しまくってる人間を女の子が持ち上げられると思わないんだけど」

「タクシーの……」


 俺は彼女の言葉に重ねるように言った。


「さっき自分で運んだって言いましたよね?」

「……」

「……何が狙いですか。お金ならいくらでも渡します。死ねと言うなら死にます」

「……俺さん」

「はい」

「私と付き合ってください」

「すみません。お断りします」


 俺はあの日から女性と付き合うなんてことはしないと決めた。自分が傷つかないためにも、相手が傷つかないためにも、そして妹に二度と近づかれたくないから。


 彼女の言葉を待っていた時だった。


 玄関の扉がガチャッと開いた。


 嫌な予感がした。


 俺は恐る恐る玄関の方に目を向けた瞬間だった。


「お兄ちゃん〜!」


 あの不快な声が俺の鼓膜を殴る。


「……何しに来たんだ!」

「怒鳴んないでよ〜」

「帰れ」

「あれ。女の人居るじゃん。なに彼女?」

「違う!」


 俺は食い気味に否定をした。

 すると彼女は目に涙を浮かべながら、言った。


「彼女にしてくださいよ……」

「無理だって言ってるだろ……」

「俺さあああああん」


 すると妹はあの恐ろしい笑みを浮かべながら彼女の肩を叩き言った。


「……お兄ちゃんはね。昔から女性にトラウマがあってさ。あんたみたいな振られただけで涙を浮かべるような女に支えられると思っているの?」

「え?」

「それにさ。お兄ちゃんの好きな場所、好きな食べ物、好きな遊び、好きなゲーム・漫画、お気に入りの抜き漫画、好きな女優さん声優さん、好きな人、嫌いな人。全部分かるの?」

「……え?」

「こんなのも分からないでお兄ちゃんに告白したのって本当?」


 妹はまさに狂気そのものだった。

 誰だって好きな人は出来る。俺にだって以前までは出来ていた。好きな人の好きな物や嫌いなもの全てを把握しなきゃいけないわけではない。


 なのにこの妹はこんなことを言い、彼女を追い払おうとしていた。俺はそんな妹が許せず、気づけば妹の頬を殴っていた。


「いい加減にしろよ……!」

「お兄ちゃんの久しぶりのパンチ……」

「お前は俺のなんなんだよ!」

「……お兄ちゃん。まだ分からないの?」

「は……?」


 妹はニヤッと笑いながらキッチンにあった包丁を持った。


 そして……

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