第3話

 彼女とともにカラオケから出たのは二十一時を回った頃だった。涼しい風が吹く中、彼女と俺はギュッと手を握り、公園を歩いていた。


「……ね、ベンチ座ろ?」


 彼女からの提案に俺はうんと頷きながら、近くにあったベンチに座り、彼女との時間を有意義に過ごしていた。そんな彼女も俺と居れることが嬉しかったのか頬を赤らめながらそっと肩に頭を乗せてくる。


 俺もそれに寄り添うように頭を軽くトンと乗せ、幸せな時間を過ごしていた。

 気づけば一時間過ごしてしまっていた。夜二十二時。そろそろ帰らなければならない。そんな時間に差し掛かった頃、彼女は俺に目を瞑るようにお願いしてくる。


「そのままじっとしててね?」


 俺は彼女に言われるがままに目を瞑ったまま待っていると、唇に何かが当たるような感触がした。それも数秒間。俺は思わず目を開けると、目の前には目を瞑りながら俺とキスを交わす綺麗な彼女の顔が見えた。


「……」


 彼女が目を開けようとした途端、俺は急いで目を瞑り、彼女の声を待った。


「目、開けていいよ」


 目を開けると、今までにないくらいの恥じらいの表情を見せる彼女。俺は思わずもう一度キスを交わした。彼女は驚きながらも、俺の背中側に手を回し、ギュッと抱きしめてくる。


 そんな幸せな時間を過ごした。


「じゃ、じゃあ送るよ」

「うん。でも大丈夫。一人で帰れるよ」

「夜道は危ないから……」

「ううん。大丈夫!」


 彼女はそう言いながらタクシーを拾い、家に帰って行った。


 俺は彼女を見送った後、キスの余韻に浸りながら家に帰宅していた。家に着いた頃には二十三時を回り、誰も起きていない真っ暗な部屋を歩き自室に戻った。


 あー良かったな。付き合えたな。


 そう安心しながら呟いていると、妹が俺の部屋に侵入してきていた。


「こんな時間まで何してたの。女の匂いぷんぷんするし」

「お前には関係ないだろうが!」

「……ふーん。ま、いいけどさっ」


 妹はやけに素直に自室に戻って行った。いつもなら「結婚しようね?」などと言ってから寝に行くのに。


 俺は何故か胸騒ぎがした。その胸騒ぎ、そして不安は当たってしまっていた。


 ☆☆☆


「おはよー。母さん」


 俺が母に朝の挨拶を交わす翌朝のこと。妹は俺よりも早く家に出て、既に学校に行っていた。時刻は午前の七時。


 あまりにも早い時間に出かけたことに俺は恐怖心まで覚えた。


「な、なぁ。母さん」

「なーに?」

「妹はどこへ?」

「どこって学校よ。日直があるだかなんだかで早く行くって言ってたわよ?」

「だ、だよな。うん。そうだよね。ごめんごめん」

「変な子ね……」


 俺は三十分後、学校に彼女と一緒に行っていた。


「おはよう。生徒諸君。卒業まであとわずか。大学が決まった者も、就職が決まった奴も浮かれるなよ!」


 教師の挨拶が終わり、俺は彼女と廊下に居た。他愛もない会話をしながら、帰りの予定を組み立てる。


「昨日はありがとね」

「めちゃくちゃ遅くになったけど、親御さんとかなんも言ってない?」

「うん。俺君も大丈夫だった?」

「大丈夫!」

「良かった。なら今日は行きたいカフェがあるんだ。一緒にどう?」

「行こ!」


 彼女と放課後の約束も取り付けて、学校の下校時間までウキウキしながら待った。


 妹が見ているとも知らずに。

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